Taasan's PROFILE
05/12/31 Updated

196×年 オギャーッ! 東京の日通病院にて出生っ!

1973年 アッシは小学生をやっていたけど、思えばこの年の3月に URIAH HEEP が初来日したんだよね... この時のHEEPのメンツは、Mick Box , David Byron , Ken Hensley , Lee Kersleke & Gary Thain 。ちなみに翌4月には現 URIAH HEEP のベーシスト Trevor Bolder DAVID BOWIE (& THE SPIDERS FROM MARS) のメンバーとして初来日した!

1974年 従姉の好きだった BAY CITY ROLLERS で洋楽に感化されはじめる。ちなみに従姉はレスリー・マッコーエンが好きで、自分はパット・マグリンが好きだった。この頃は洋楽聴いてるのはカッコイイぐらいのミーハーな思い込みだった。

(注)BAY CITY ROLLERS ...メンバーのルックスがチョベリグ(死語)だったせいもあってか、BEATLES以来のアイドルの到来とまで騒がれ、世界中の女の子を熱狂させた大英帝国エジンバラ出身のバンド。ステージで演奏する彼らを見て失神する女の子が続発するほど凄まじかった。演奏テクはともかく、「Saturday Night」「Yesterday's Hero」などのビッグ・ヒットを連発。日本でいうところのジャニーズ(特にTOKIO)のような存在だった。また、彼らのトレードマークであったタータンチェックの衣装も大流行した。チェッカーズよりも早かったわけだ。全然関係ないかもしれないけど、当時 BAY CITY ROLLERS で熱狂した年代のファッションデザイナーが女子制服にチェック系制服を取入れた?

1975年 TV『ぎんざNOW』の洋楽トップテンのコーナーで KISS に衝撃をうける。とは言っても、それはあくまでもあのメイクやコスチューム、火を吹く Gene Simmons に、という感覚だった。まだまだ、ロックには目覚めていなかった。ロックというより、みーんなヒットチャートものだったわけ。洋楽のレコードはまだゲットするに至らず、西城秀樹フォーリーブスが好きでよく母親にシングル買ってもらったっけ。それと、忘れちゃなんねぇ...この年の12月8日に URIAH HEEP のベーシスト Gary Thain が自宅の風呂場で死亡していたんだよね。死因はドラッグ。感電死じゃないぞーっ! あぁ悲し(合掌)

(注)KISS...AEROSMITH と並ぶアメリカンHRの王者。「Rock'n'Roll All Night」「I Was Made For Lovin' You」「Beth」などのヒット曲を生む。1980年代になってメンバーの脱退が続き、メイクを落として新体制で活動するも大きなリアクションは得られなかった。しかし、1997年にオリジナルメンバー(&メイク)で復活し、ツアーは大成功!KISS が存在していたからこそ、聖飢魔Uや King Diamond らのメイクも存在したといっても過言ではなく「事実」だ(笑)

1976年 ピンクレディーにうつつを抜かす(笑)あまり、洋楽から離脱。ミーちゃんが好きだった。TV『ザ・ベストテン』をよく見ていた。そーそー、この頃、友達のモンチ盆踊りがあると開始から終わりまでずーっと踊っていたものだ。それから、替え唄メドレーを作るのが好きで、編曲に没頭していた。また、『週刊少年マガジン』掲載の「イヤハヤ南友」で男であることに目覚める(笑)

(注)ピンクレディー...代表ヒット曲は「ペッパー警部」「渚のシンドバッド」「カルメン'77」「UFO」「サウスポー」「透明人間」「カメレオン・アーミー」など。奇抜なコスチュームで踊るミーちゃんとケイちゃんは国民的アイドルだった。みんな”振り付け"を覚えて歌っていたよね。

1977年 TVゲームの口火となる爆発的な人気TVゲーム「スペース・インベーダー」にはまる。よく学習塾の帰りにゲームセンターに行ったものだ(学習塾にいる時間より長かったり(汗)) また、友人たちと漫画クラブを結成。たーさんは「地球動物ノラサマなのだ」「ハゲの町」など自作漫画作品を残すも、数ヶ月の活動期間を経てクラブ解散。パンク・ロックが台頭してきたのもこの頃だった。ちなみに、6月には URIAH HEEP にも在籍していたベーシスト John Wetton BRYAN FERRY BAND の一員として初来日! 

(注)TVゲーム・ブーム ...最初は「ブロック崩し」とか「アクロバット」だったよね。亜流インベーダーの「スペースファイター」とか「インビンゴ」とか「与作とドン平」なんかあったなぁ(笑)。好きだったのは「ヘッド・オン」「ギャラクシー・ウォーズ」「トランキーライザーガン(麻酔銃)」とか、ちょい後の「パックマン」とか。「ロードランナー」あたりまではやっていたか。アニメで「ゲームセンターあらし」なんちゅーのもあったね。

1978年 プロレスにはまる。といってもTVを見るだけ。ザ・シークがテリー・ファンクの右腕を永遠10分程フォークで突き刺すシーンを夕食中に見て、吐きそうになったことは言うまでもない(何年だったかは記憶にないけど)。女子プロレスではビクトリア富士美が好きだった。世の中は映画「サタディ・ナイト・フィーバー」の大ヒットでディスコ・ブーム真っ盛り。じんっじんっじんぎすかぁ〜ん...ってか。それと、映画のタダ券をもらえていたので、有楽町や銀座によく映画を見にいってた。ちなみに、1月には URIAH HEEP に在籍することになるベーシスト Bob Daisley RAINBOW のメンバーとして初来日。 

(注)第1次女子プロレス・ブーム...マッハ文朱やジャンボ宮本の引退にピリオドを打つ形で現われた「ビューティー・ペア」! キューティー鈴木なんかと比べると、お世辞にもビューティーとは言えなかった(笑)けど、当時はプロレスラーがリングの上で歌を唄うなんてチョー画期的だった。悪役のブラック・ペア、お友達のゴールデン・ペア、どっちつかずのシルバー・ペアなんてのもいた。ジャッキー佐藤とマキ上田の引退をかけた一番は泣いたなぁ...

1979年 校内放送で流れていた THE KNACK「My Sharona」に衝撃を受け、再び洋楽の世界に! :この曲をキッカケに、どんどん洋楽にはまっていった。ゲーセンでBGMに流れている洋楽や、文化放送の「小林克也のポップタウンエキスブレス」を聴いて洋楽に浸っていった。初めて買った洋楽シングルは ABBA「Gimme! Gimme! Gimme!」か、QUEEN「愛という名の欲望(Crazy Little Thing Called Love)」だった。だだし、まだ特定のアーチストが好きってのはなくて、THE POLICEBLONDIE とかいろいろ聴いていた。学校の校友たちは、Y.M.O.(イエロー・マジック・オーケストラ) に夢中で、ちょっと影響された。「スネークマンショー」って面白かったよね。「だぁ〜れ〜?こ・ここは警察じゃないよぉ〜!」とか言っちゃって(笑)ちなみに5月には John Wetton UKを率いて2度目の来日。まだプログレも聴いてない自分が知る由もなかった(泣)

(注)THE KNACK ...強烈なビートで聴く者を圧倒したデビュー曲「My Sharona」が大ヒット。"アメリカのBEATLESか!"とまで騒がれ(そんなのばっかり)、続く「Good Girls Don't」「Baby Talks Dirty」も聴けば THE KNACK とわかる佳曲だったが、好チャートを得ることができず、一発屋というレッテルを貼られてしまった。1998年に、なんと Terry Bozzio (ex.U.K.〜 MISSING PERSONS 〜 JEFF BECK GROUP.etc)をドラマーに迎え、5th Album『ZOOM』を発表したが、やっぱりパッとせず。気の向いた時に再結成を繰り返しているようだ。

1980年 STYX に完全にノックダウン。「Babe」を聴いた時は別に好きじゃなかったけど、中期の名曲群の特集をラジオで放送していて、録音したテープをシングルスピーカーのラジカセで毎日のように聴いていたら、はまってしまった。今でも大好きなバンド。みんな聴こうぜ! あと、当時は『Mr.BOO!』のようなコメディー映画が好きだったな。

(注)STYX ...KANSAS や JOURNEY と並ぶアメリカン・プログレ・ハードの雄。KANSAS よりも親しみやすく、 JOURNEY よりもハードだ。なにしろ、オペラチックな歌唱で魅了するDennis DeYoung (Key/Vo)のバラード、ヘヴィメタ野郎 James Young (G/Vo)の骨太のロック、軽い疾走感がゴキゲンな Tommy Shaw (g/vo) と3人のリード・ヴォーカリストが交互に唄い、かつツイン・ギターが堪能できるのは STYX ならでは! 「Come Sail Away」「Renegade」「The Best Of Times」などのヒット曲がある。1999年に新作『BRAVE NEW WORLD』を発表、2000年2月に新メンバーで来日!

1981年 2畳半の部屋にステレオ購入。洋楽アルバムの初購入は BLONDIE『軌跡!ブロンディ(ザ・ベスト・オブ・ブロンディ)』だった。この頃、洋楽専門誌『MUSIC LIFE』を購読しはじめる。DARYL HALL & JOHN OATES の「Kiss On My List」のメロディに感銘され、しばらくファンになる。N.W.O.B.H.M.はまだ気がつかなかった(苦笑) 貸しレコード屋が出来たのもこの頃で、よく借りていた。たのきんトリオ(田原俊彦やマッチのね)や松田聖子がヒットチャートを賑わす中、河合奈保子が好きだった♪

(注)DARYL HALL & JOHN OATES ...モダン・ソウルを得意とするニューヨーク出身の2人組。Daryl Hall は GULLIVER というバンドをやっていたが、John Oates が エレベーターにのってきた Daryl Hall を誘いデュオを組む。1970年代に「Sara Smile」「Rich kid」などのヒット曲を生むものの単発。KING CRIMSON の Robert Fripp やCHEAP TRICK の Rick Nielsen との出会いにより、一時はロック色が強くなるが、1980年代に突入すると都会的な洗練されたサウンドを創り出し、「Private Eyes」「Maneater」などの連続ヒットで快進撃。サザンの桑田圭佑とコカコーラのCM曲でデュエったので知っている人もいるのでは? Mick Jagger と競演したこともあったなぁ...

1982年 1月に初のライヴ体験! バンドは「酢亭久洲」、そう STYX です! これで益々どっぷり漬かり、ライヴ後に「STYX FAN CLUB JAPAN」に入会。 そしてそして〜っ! つ・ついに運命の出会い...FM『クロス・オーバー・イレブン』で URIAH HEEP「7月の朝(July Morning)」を聴いてぶっ飛んだ! イントロのヘヴィなワウワウ・ギターとハモンド・オルガーン!(笑)、そして後半の Manfred Mann のキーボード・ソロが左右のチャンネルを縦横無尽に駆け巡るっ! とにかく、ガーン!ときた。時既に『魔界再来(ABOMINOG)』の時だったから、かなり遅蒔きのファンに。それまで RAINBOW や M.S.G. はそれなりに聴いていたけど、URIAH HEEPに大きく洗脳された(笑) そしてどんどんメタルの世界へBLACK SABBATH の『悪魔の掟(MOB RULES)』とか好きだった。HM/HR以外では ASIA のブレイクがあり、ようやく John Wetton を知ることに(遅いって)。

(注)URIAH HEEP ...アッシが一番リキ入れているバンド。LED ZEPPELIN, DEEP PURPLE, BLACK SABBATH と共に4大ブリティッシュ・ハードロック・バンドとして地位を築いている。URIAH HEEP は Mick Box のワウワウ・ギターと、Ken Hensley の重厚なハモンド・サウンド、そして華麗なハーモニック・コーラスが武器。ハイトーン・ヴォーカルの初代ヴォーカリスト David Byron や、Ronnie James Dio,Klaus Meine と並ぶほど歌が上手過ぎる2代目ヴォーカリスト John Lawton らの名歌唱により一時代を築いた。3rd『対自核(LOOK AT YOURSELF)』で日本盤デビュー。4th『悪魔と魔法使い(DEMON AND WIZARDS)』からの「安息の日々(Easy livin')」がヒット。以降も「Stealin'」「Sympathy」「Time Of Revelation」など数えきれないほどの名曲がある。ところで、アッシは STYX、HALL & OATES、QUEEN など、コーラスがグッドなものを好きになってるみたい。

1983年 校友とサウンド・クリエイター軍団『地獄の鉄面党』を組織し、「なににぎりやしょ〜か?」「ハリケーンキッド&ギャラガ」など数十曲を製作。また、MTVが全盛期で、TV『ベストヒットU.S.A.』を毎週楽しみに見る。当時はまだビデオデッキが普及しだしたばかりだったので、友達とロックのフィルム・コンサートに行ったりしていた。ちなみに、1月には URIAH HEEP の3代目ヴォーカリスト John Sloman GARY MOORE BAND のメンバーとして初来日した。

1984年 バイトに明け暮れる日々が以降4年間続く。西武球場の「SUPER ROCK '84 IN JAPAN」では、半分脱水症状になりながら5組のバンド(ANVIL, BON JOVI, SCORPIONS, WHITESNAKE, M.S.G.)を見た。この年に「BURRN!」が創刊されて、現在まで購読中。

1985年 斉藤由貴を好きになり、『スケバン刑事』録画したさにビデオデッキを購入。おニャン子クラブが空前の大ブーム。CDプレーヤーを購入。初めて買ったCDは LOUDNESS『撃剣霊化(英語ヴァージョン)』L.A.Metalが隆盛。RATT は最初良くて好きだったけどね(六本木のディスコでやったサイン会にも行ったし)。この年の2月28日 David Byron がアルコール依存症がたたって肝臓障害で死亡! 再び合掌。

(注)おニャン子・ブーム ...コギャル・ブームの原点。TV「夕焼けニャンニャン」を舞台に、現役女子高生をオーディションし、会員番号をつけて増殖していった。シングル「セーラー服を脱がさないで」のヒットを皮切りに、分家のうしろ指さされ組やニャンギラス、もしくはソロとして河合その子・国生さゆり・渡辺美奈代・渡辺満里奈・工藤静香などが次々に歌手デビューしていった。個人的には富永春美と永田ルリ子が好きだった。息っ子クラブとかおニャン子B組なんてーのもいたね(笑) 「夕焼けニャンニャン」には伊藤政則氏も出演していました! また、おニャン子ブームが モーニング娘。の題材になったことは明らか。

1986年 URIAH HEEP ファンのバイロン下田君と会う。まだまだオリジナル・アルバムさえ全部揃えていなかったアッシを、よりマニアックなHEEP道に導いたのがバイロン君だった。バイロン君の勧誘にて、ツバキハウス「HEAVY METAL SOUNDHOUSE」を初体験。LDプレーヤーを購入。初めて買ったLDは STYX『コンチプチュアル・ライヴ(CAUGHT IN THE ACT)』。11月に METALLICA 初来日公演を体験し感動! この来日の前に Cliff Burton がバスのスリップ事故で死亡したので、後任の Jason Newsted がプレイした。続く ANTHRAX にもはまり、スラッシュ・メタルの虜に!

1987年 奮闘期。地道な就職活動。SLAYER の3rd『REIGN IN BLOOD』にノック・アウト!

(注)SLAYER ...アッシが一番大好きなスラッシュ・メタル・バンド。Kerry King と Jeff Hanneman のツイン・ギターが炸裂する中、Tom Araya の怒涛のヴォーカルと"ギターに追走する"ベース、そして余りにも強烈過ぎる Dave Lombardo の凄腕ドラムが聴く者全てを圧倒させてしまう。1983年に『SHOW NO MERCY』で鮮烈のデビュー。今なお、チョ→大活躍中!

1988年 深民淳氏の著書「ルーツ・オブ・ブリティッシュ・ロック」に触発され、貴重アナログ盤にはまる。『進撃/ベイカー・ガーヴィッツ・アーミー』とか、そういうものを収集していた。

1989年 CARAVAN を聴いてカンタベリー・サウンドにはまる。牧歌的な歌声と、ほのぼのとしたサウンドが魅力的。5月には URIAH HEEP のドラマーだった Chris Slade が GARY MOORE BAND のメンバーとして初来日した。

(注)CARAVAN ...1969年にデビューしたケント州カンタベリー出身のプログレッシヴ・ロック・バンド。THE WILD FLOWERS から派生した SOFT MACHINE と並ぶもう一つのバンド。Richard Sinclair の温か味のある歌声と Pye Hastings の普通過ぎるボーカルが交錯する中、Dave Sinclair のハモンド・オルガンが印象的なサウンドを奏でていた。代表作は『グレイとピンクの地(IN THE LAND OF GREY AND PINK)』。Richard Sinclair がその後結成した HATFIELD AND THE NORTH や、EGG、NATIONAL HEALTH などもお薦め!

1990年 ドイツの Repertoire Records が発売する一連の1970年代バンドの再発CDにはまる。BLACKWIDOW や QUATERMASS の再発CDを購入した人も多いのでは? 9月には ASIA 来日。初めて生で体験した John Wetton に感動。あとは、サイクリングにはま..る?

1991年 この年は、やっぱり URIAH HEEP の19年ぶりの再来日公演に尽きる! この時のHEEPのメンツは、Mick Box , Lee Kersleke , Trevor Bolder , Phil Lanzon & Bernie Shaw 。9月19日のクラブチッタ川崎公演の日は台風直撃になってしまい、タクシーで2時間もかけて(しかも渋滞)なんとかライヴ開始に間に合ったのであった。タクシーの中で「何でこんな大切な日に限って...」と半ベソ状態だったのは言うまでも無い(微笑) 続く9月20日もクラブチッタ川崎公演に出掛ける。仕事を放棄して地方公演も行きたかったけど断念。10月には OZZY OSBOURNE のラスト・コンサートがあったけど、結局ラストじゃなかった。でも日本武道館でみたあのライヴは、会場が揺れんばかりの異様にでかい観客の声援に感動した。11月24日は QUEEN の Freddie Mercury がエイズで死んじゃったんだよねぇ...合掌。

1992年 胃カメラを年に4回も呑むほど体調を崩し、堪り兼ねてついに転職。精神的に暗中模索の日々。8人YESのライヴに感動し、2回観に行った。

1993年 DREAM THEATER を聴いてファンになる。8月の再来日公演で彼らのライヴ初体験。忘れちゃなんねぇのは、11月の BRIAN MAY BAND のライヴ。Cozy Powell の最後の日本公演だった... ちなみにこの年に半1人暮らし開始。

1994年 かなり無謀に遊び、そして飲みまくってた... 不良な日々... 9月には John Wetton 来日(Voice Mail Tour)。またまた感動。

1995年 といろいろあった....影響で、シャ乱Qにはまる。

1996年 本格的にマイ・カー(スターレット)に乗り始める。GONG初体験、Daevid Allen みたいなスマートでカッコイイお爺ちゃんになりたいね。11月の KANSAS公演にも感激! 12月には John Wetton Steve Hackett & Friends の一員として来日。王様の『高速道路の星』とか面白かったね。女王様とか王女様とかいたっけ(笑)

1997年 アニメタル関係にはまる。アニメタル・レディはピンクレディーのミーちゃんだった。アニバンクとかアニテクノとかナツメタルとか亜流が沢山出たっけ。恐るべし、ファン・ハウス!松本恵って好きだった。10月には太ってしまった John Wetton 来日(Arcangel Tour)。

1998年 マイ・パソコンついに購入。念願のユーライア・ヒープ・ホーム・ページを11月21日に開設っ! この年の一大事は、4月に Cozy Powell がカー・クラッシュで死んじゃったこと...合掌っ!

(注)Cozy Powell ...ハード・ロック界で最も有名でカッコ良いドラマー!! JEFF BECK GROUP 〜 BEDLAM 〜 RAINBOW 〜 MICHAEL SCHENKER GROUP 〜 WHITESNAKE 〜 EMERSON, LAKE & POWELL 〜 BLUE MURDER 〜 GARY MOORE BAND 〜 BLACK SABBATH 〜 BRIAN MAY BAND 〜 BLACK SABBATH 〜 PETER GREEN SPLINTER GROUP 〜 YNGWIE MALMSTEEN BAND と渡り歩いたため、「渡り鳥」コージーとの異名をとる。それでも、いろいろなバンドからオファーが来るのは、一聴して彼のドラムと判るパワフルなドラミングが大人気だからである。彼のソロ第1弾『オーバー・ザ・トップ(OVER THE TOP)』を聴こう! この作品で何も感じなけりゃ、何を聴く? 彼の動く姿を見たけりゃ、RAINBOW の1977年のミュンヘン・ライヴのブート・ビデオを見よう! あぁ、彼の熱い勇姿はもう見れない...

1999年 それは6月7日のことだった... Ken Hensley に感動のご対面、一緒にホテルの展望ラウンジでビール飲んだ!! この年はこれっきゃないね。ホーム・ページを開設したことで、世界中にHeepsterの友達が出来たし、Ken HensleyやJohn Lawtonなど元HEEPのメンバーとメル友できるまでになったけど、5月下旬にKenちゃんから急に「日本行くから会いましょう!」の連絡! ちゅーことで、会いました。すっげー、キンチョーしたけど、楽しいひとときを過ごした。こんなこと出来たのもインターネットのお陰だね。"Circle of Hands in Tokyo"なる日本のHeepstersとのオフ会も何度か開いて、ますますHEEP熱にはまっていった。7月下旬〜8月初旬にかけて John Wetton 来日(ReUnion ASIA崩壊の為の代替公演)。

2000年 MDウォークマンを初購入。5月にイギリスのHEEPVENTION2000に参加。その会場で、John Lawton, Paul Newton, Iain Clarke, Alex Napier に感動の初対面。もちろんそこにはKen Hensleyもいて再会を果たす。3月には大好きなSTYXが再来日して地方公演まで観に行った。忘年会の"Circle of Hands in Tokyo 2001"では、キーボードの練習1ヶ月そこそこで TAASAN BANDとして人前で初めて演奏。これも楽しかった。また、日本では誰もオンリー・サイトを作っていなかったジョン・ウェットン・ホーム・ページを開設。

2001年 1月に Trevor Bolder を含むCYBERNAUTSのライヴ。握手会にも行って、Trevor Bolderと軽く挨拶。"Circle of Hands in Tokyo 2002"では、マニアルズで演奏したりと楽しかった。6月には John Wetton 来日(Welcome To Heaven Tour)。12月には再び渡英、THE MAGICIAN'S BIRTHDAY PARTY 2001に参加。Uriah Heep ( Mick Box , Lee Kersleke , Trevor Bolder , Phil Lanzon & Bernie Shaw ) のライヴを約10年ぶりに観て感動。このライヴには Ken Hensley John Lawton もゲスト参加して、見ていて泣けた(汗)。John Lawton Band Kenちゃんが参加したライヴと、Ken Hensley & John Wettonの1夜限りのライヴもスゲー良かった! Roger Deanにも会えたのも良かった。Elton Johnのバンドで Nigel Olssonが日本公演に来たし、言うことない1年だった。Beatleg誌のディスク・レヴューを始める。

2002年 ヴォイス・オブ・カンタベリー Richard Sinclair (ex.CARAVAN)の限定30名ワンマンライヴに感動。そして生涯忘れることの出来ない John Lawton & Steve Dunning の初来日公演!! 構想から実現に向けて企画・宣伝などCOHスタッフといろいろやった。John Lawtonに招待してもらって11月に THE LONDON CLASSIC ROCK FESTIVALも見に行った(KARNATAKA/JOHN LAWTON BAND/URIAH HEEP/ASIAなど出演)。また、半強制的にマイ・カーをチェンジ。

2003年 ユーライア・ヒープ・ホーム・ページのバイオグラフィー&ディスコグラフィーを集中して作成。9月には John Wetton 来日(Rock Of Faith Tour)、ツアー5公演中4公演を見て余りの出来・不出来の差に複雑な思いに。THE MAGICIAN'S BIRTHDAY PARTY 2003に参加(John Wetton/JOHN LAWTON BAND/FOCUS/URIAH HEEP出演)。

2004年 ジョン・ウェットン・ホーム・ページのバイオグラフィー&ディスコグラフィーを集中して作成。9月にドイツのヒープ・ファン・クラブ"Stay On Top"が主催するイベント"Circle Of Friends"に参加(THE BONDS/EASY LIIN'/Trevor & Stella Hensley/JOHN LAWTON BAND/Ken Hensley出演)。10月には再来日したJohn Lawtonに金魚の糞。11月にイギリスのTHE MAGICIAN'S BIRTHDAY PARTY 2004に参加(Ken Hensley/WHITE NOISE/URIAH HEEP出演)。12月にはJohn Wettonファンの集いをやって、ジャムセッションを行なった。また、積極的に飲み会を開催するなど飲む機会が増えた。

2005年 Mixiデビューで、Mixiに完全にハマってしまった...でも、飲み友との出会いが更に増えた。「STAR WARS エピソードV〜シスの復讐」で、スター・ウォーズがマイ・ブームに!! スピンオフ小説やライトセーバーも買うほどハマった。久しぶりに海外に行かなかった年だった。HEEP関係のライヴも観なかったけど、QUEEN+Paul Rodgers, HATFIELD & THE NORTHの来日公演に感動! 11月にはJohn Wettonファンの集いを再びやって楽しかった〜


Birthday 後藤真希(ex.モーニング娘。・'85)/稲葉浩志(B'z)/川平慈英('63)/鈴木杏樹('69)/木村世治(ZEPPET STORE'67)/中山雅史('67)と同じ日らしい。1日前だと、David Coverdale(Whitesnake・'51)/Joan Jett(ex.Run Aways・'58)/石井竜也('59)/渋谷すばる(ジャニーズJr.'81)/緒形直人('67)/今井絵理子(ex.SPEED・'83)/鈴木雅之(ex.ラッツ&スター・'56)、1日後だと、Helge Engelke(Dreamtide・'62)/田原健一(Mr.Children'69)/大久保伸隆(Something ELse'74)/櫛引彩香('75)/羽田美智子('68)/筒井康隆('34)だって。

Favorite Artists/Bands... URIAH HEEP / John Lawton / Ken Hensley / John Wetton / STYX / KANSAS / SLAYER / STRANGLERS / U.K. / Richard Sinclair / CARAVAN / CAMEL / DREAM THEATER / YES / QUEEN / RAINBOW / SOFT MACHINE ...

Favorite Vocalists... John Lawton(いつも), John Wetton(調子の良い時), Dennis DeYoung, Richard Sinclair, David Byron, Steve Walsh, Glenn Hughes, Ronnie James Dio, Tom Araya, James LaBrie, Freddie Mercury, David Bowie, Tommy Shaw ...

Favorite Guitarist... Gary Moore, Michael Schenker, Allan Holdsworth, Ollie Halsall, Ritchie Blackmore, Ken Hensley, Phil Miller, Andrew Latimer, Mick Taylor, Miller Anderson, Glen Burtnik ...

Favorite Bassist... Gary Thain, Jan Jaque Burnel, John Wetton(調子の良い時), Andy Frazer, Chris Squier, Steve Dunning, Hugh Hopper, Richard Sinclair, Geezer Butler, Steve Harris, John Myung, Tony Levin, Mark Clarke ...

Favorite Drummer... Cozy Powell, Dave Lombardo, Bill Bruford, Terry Bozzio, Steve Upton, Bobby Caldwell, Roger Taylor, Pierre Moerlen ...

Favorite Keyboardist... Ken Hensley, Dennis DeYoung, Steve Walsh, Kerry Livgren, Dave Stewart, Rick Wakeman, Keith Emerson, Don Airey, Eddie Jobson ...

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