なぜに人は文字を考え出したのか?
なぜ人は話すという事以外に活字というものに重きを置いているのか?
それは他人に向けての意思表示であるというよりも、自分にとっての自己確認の必要性が考えられる。
人は日記という情報伝達手段を使い、過ぎ去った日々の記憶というものをより鮮明に記憶中枢に思い起こさせる。
人の脳は必ず物事を忘れていくように設定してあるという。
でも、活字は決してかってに消えたりはしない人間の一種の記憶本能であるかもしれない。
志し半ばで挫けそうな時。
生きる目標を見失った時。
日記は君のあの輝かしい日々を思い起こさせてくれる。
日記は君が目標を立てた時の君の気持ちを蘇らせてくれる。
無理して前に進まなくてもいいじゃないか?
たまには後ろを振り返ってもいいじゃないか!
きっとそこにはキラキラ輝く君がいるから。
前に進むのが大事じゃなくて、前に進もうとする姿勢を持ち続ける事が大切なんだよ。
誰にも明るい未来は平等に存在している。
でも、それは自分で見つけようとしないと見つからないもの。
「偶然」ではなく「必然」なんだよ。
僕が本当の生きる意味を見失いかけた時。
きっとこの日記が教えてくれるだろう。
「お前はそんな自分を望んでいない!」と・・・・
そして僕は気づくだろう。
本当の自分に。
Listen the sound of secret minds!!
((隠した心の音を聞け!!))
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