ヘボン式ローマ字は駆逐さるべし 2
ヘボン式ローマ字は駆逐さるべし 2
さて、ここでは、「やはりヘボン式の方が英語話者にとって発音しやすい」と思っているあなたの淡い期待を打ち砕いてさしあげます。
6.「アカナーワ」「タヤウダ」「キャラーリー」?
ここで、どうせ英語圏の人間にはローマ字で書かれた日本語をきちんと発音するのは無理だという厳然たる事実を指摘しなければならない。
いうまでもなく、逆も真なり、である。つまりはお互い様ということ。どちらが優れているとか劣っているとかいう問題ではない。単に、「互いの持つ音声体系が違う」という言語学的事実を指摘しているに過ぎない。
まあ、それにしても日本語と英語の音、特に母音は余りにかけ離れており、その上英語には「場所によって発音不可能な母音がある」という少々不便な特性があるので、ますます彼らの発音は日本語から離れて行く。例をあげよう。
1.クリントン大統領が来日し、筑紫哲也(Tetsuya Chikushi)のニュース番組に出演したときのこと。沖縄の米軍基地問題について話しているとき、大統領閣下の発音がどうも気になった。「アカナーワ」「アカナーワ」・・・どうも「オキナワ」といいたいらしかった。
厳密にいうと、「ナー」は「ア」の長母音、あとは「ア」ではなくいわゆる曖昧母音(「シュワー」と名付けられている)で発音していた。これは、「語末のa は曖昧母音になる」「強勢(アクセント)のない音節の母音は曖昧になる傾向がある(特に米語)」という英語の特性による。
しかし、「キ」まで曖昧母音になるのはいかがなものか。
2.合衆国では自動車会社の"Toyota"は、どうも「タヤウダ」に近い発音で通っているらしい。"t"は"d"と"l"の中間あたりの音だ。これは、英語、特に米語には「子音の磨耗」といわれる現象が顕著だからだ。ま、要するに「アクセントのないところはいいかげんに発音する」ということである。"I want to"を"I wanna"とカッコヨク発音するアレである。どうも、文字の通りには発音してもらえないらしい。
3.「ベスト・キッド」という舶来空手映画を原語で見る機会があった。「カラテ」を「キャラーリー」と発音していた。
英語には、「単語の最後の音節では、後に子音を伴わないときは『エ』の短母音("bed"の"e")は発音されず、/i:/か/ey/もしくは曖昧母音で代用される」という特性がある。つまり、スペイン語の"es"は発音できても、フランス語の"j'ai"は英語の音声体系の中では発音できない。従って、「Kobe」という地名は「カウビー」「クベイ」はたまた「カウブ」と読まれてしまう。
さらに、英語話者はよく「君の名前の"Yamada"というつづりのどこにアクセントがあるのか?」などということをきいてくる。「ヤマダ」を「イマーラ」とでも発音しようと待ち構えているのか?
彼らのいうアクセントは「強勢アクセント」で、我々のは「高低アクセント」であるといってもほとんどの人はわかってくれない。
これらは彼らの言語体系の問題なので我々の預かり知ったことではないが、英語話者に日本語に近い発音で読んでもらおうという試みははっきり言って徒労である。それは、
ハナから無茶な相談なのだ。
互いの溝は余りに大きく、"shi","tsu"などとチマチマ直してやったところで、どうにもならないし、第一このような複雑な音声体系をもつコトバに
合わせてやる義理は全くない。
おや、また反論かな?「外国人でも流暢に日本語を話す人がいる」とな?
そんな人なら、一通り日本語を体系的に学んでいるはずで、ならば「サ行イ段」は「シ」であることも当然身についているはず。なおさら"si"を"shi"などと書いてやる必要はないはずだ。残念でした。
7.they say veil make mail break bouquet
上記は、全て「エイ」という二重母音を含む英語の単語である(実はまだある)。なんと、驚くなかれ、同じ音を表すのに7通り以上のつづり方が存在するのだ。
さらに、"ai"というつづり
plait sail said certain aisle
だが、これらは全て異なる発音を表す。文字と音声の関係は、「1対1」が理想であるのはもちろんだが、英語では「1対多」どころか、「多対多」が入り組んでいる、という複雑な様相を呈している。
こんなコトバは少なくともヨーロッパの他の国には存在しない。
さて、最後のとどめにとりかかる。結論だけ言う。
自らのコトバの音声を体系的に表す術さえ確立していないコトバにどうやって我々のローマ字のつづりを合わせろと言うのか。
現状では、英語話者には「我々に読みやすいようにしろ」と言う資格はない。「その前に自分らのコトバをなんとかせい」とつっこみを入れざるをえない。
少々荒っぽい議論になったが、いままで述べてきたことは実は単なる「客観的事実」に過ぎない。いかがかな?
次に、ヘボン式ローマ字のもたらす弊害について述べる。
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