はじめに

 私が当大学の深山教授のセミナー(臨床心理学、社会人間学)を選択したのは特に心理療法家やカウンセラーになるためではなかった。私は自分の人生を創造的に生きる力を養うためにこの修士課程にやってきたのである。今でもその思いは変わっていない。私は抱いていた信念と思想を洗練し、心理的な悩みの解決をやたらに専門家に任せることは有害なことであるという確信を得た。我々はまず自分で考えるべきである。結局のところ、問題を解決するのはセラピストではなく自分自身であるから。私は専門家の道を選ばずとも十分に学問を求めている。真実を自分で探し、人生を切り開いていくことは何と楽しいことであろうか。
 「いかなる学問もその前提を拒否するものにたいして自己の基本的価値を証拠立てることはできない」(マックス=ウェーバー著「職業としての学問」)
 私はこの言葉を深く受け止めている。ますます複雑化する専門家社会はどのような学問や知識が存在するに値するか、利用価値があるのかを、我々の目から逸らせている。それを証拠立てるのは我々の日常の生活なのである。
 我々はその前提を証明できない学問に従事する以前の問題、複雑な社会で生きていく以前の問題、すなわちいかなる生き方が人生に幸福をもたらし、そのためには何が必要なのかという問題を抱えている。このことに気づけば、学問は専門家だけのものではなく、すべての人間に開かれていることも自ずと分かる。
「人の心の状態を行動と意識の両面から捉え、一生を通してどのような姿を見せるかを調べ、人間いかに生きるべきかを考えるのに重要な手がかりを与える概念」(「自我状態(Ego States)」深山富男)
 交流分析(Transactional Analysis−以下TA)はその要望によく応えてくれるものである。私はこの根本的な問題を解決するための学問を求めていた。この論文は私がその問題に対して学び築いてきたものをTAの考察を通して著したものである。




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