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熊本大学体育会ボート部の歴史
年号 出来事
1895 第五高等学校端艇部として創部

「運動の種類多しと雖、我が国に於いて国民的遊技として、大いに奨励さるべからざるもの三あり。 曰く撃剣、曰く柔道、曰くボート是なり。前二者は、古の武士の課業となり居りしものにて、今日なほ全国に行はる。」(牛後生投)

1895 明治28年11月 龍南会附属端艇規定制定<41号>
1896 明治29年1月25日 花陵、金峰、龍田、進水
明治29年4月12日 第一回春季競漕大会
明治29年4月13日 第二代部長夏目金之助着任
明治29年12月 艇庫建築
1897 明治30年5月20日 資力乏しく、寄付を仰ぐ。発起人に二代部長夏目漱石の名あり。<176号>
明治30年6月12日付け 校長より鎮守府長官宛譲渡照会をし、 佐世保鎮守府より日清戦争の戦利品「鎮遠号」艦載カッター二艘を譲り受ける。 廻航のため佐世保に富田、○○両名滞在。
明治30年7月末まで佐世保町字濱田町海岸通船係留場にて修理
8月2日百貫港回漕、8月3日百貫港をたち4日に無事江津湖に安着した。 廻航参加者は、五高生16名、元五高生1名、商船学校生徒2名、攻玉社生徒1名、 済々黌生徒5名、数学院及び鵬翼舎生徒5名の30名であった。
「大連」「旅順」<176号>100円の借金を夏目金之助補填する。
1949 昭和24年9月〜12月 熊本大学漕艇部結成
1950 昭和25年1月 五高艇引き揚げ作業開始
25年1月から引き揚げにかかった。3月までかかって、 木部あたりに、漂流していたボートを一隻(ちから)、沈没していたのを二隻(みどり、艇名不明)を引き揚げた。
昭和25年4月 練習開始
25年4月から水洩りだけを修理して練習を始めた。希望に燃えてオールを握ったが、 ストラップは勿論ストレッチャーもないので体の反動を利用して起き上がらねばならず、 ちょっと油断をするとひっくり返る有様であった。 それでも漕ぐ者は集まった。
1951 昭和26年4月 クルーを結成し、練習
26年になると大学は三年生まで学生が入り、工学部からも参加があったので、クルーを組んで練習を始めた。 ストラップシートも大学と江藤さんのお陰で格好がついた。
1952 昭和27年7月? 大雨にたたられ、練習六日で九州地区大学レガッタ(於福岡)に出漕した。 集まる大学は、熊本大学のほかに九大、西南大、福岡学芸大、長崎大、鹿大。
1959 昭和34年2月7日 龍水会結成
熊本市坪井にあった県の「むつみ寮」において呱々の声をあげる。
2000 平成12年1月 熊本大学体育会ボート部に改称