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「鳴呼、筋骨堂」発刊にあたってのまえがき



 病める心の集う場所、筋骨堂。人はそこに魂の平安を見いだすのか、あるいは果てしない心の苦痛にさまようのか。
 歴史部冊子第七号「鳴呼、筋骨堂」は以上もって基本コンセプトを成している。ただし筋骨堂とは実在のそれでもなければ、この冊子でもない。むろん景子さんでもない。
 筋骨堂とはこれらレポート群を書いた我々の内に、そしていまこれを手にしたあなたの中にある。収録レポート(提示された問題への解答は、我々が自ら答えを出すべきものである。様々な解答は自分の中にしかない。どこぞのちょんまげ人間のように他人に解決を依頼して偽りの心の平安を得るのは……。
 なんてな、ほけが。
 ぜ一んぶうそ。今考えた。タイトルてきとー、コンセプトでっちあげ。あーまったく、高尚さのかけらもないのだ。
 歴史部刊行冊子も今回で七号目だ。「原発」「帝国主義」「PAXSOMEONEA」「ブルータスの子孫たち」「ワールドラブ通信」「コンドーム通信」そして今回の「嗚呼、筋骨堂」、こう俯瞰してみると、まんなかへんからなんだかおかしくなってきていることがタイトルだけでも分かる。バカばっかり。恥ずかしながら、俺はこのうちほとんどすべてにかかわってきた。あらためて書いてみるとほんとに恥ずかしいことだ。ストリップを見にいったら、おかんが脱いでいたのと同じくらい恥ずかしいことだ。
 さておき、歴史部冊子が発生した由来は、各自ばらばらにやっていたレポートを一貫性のあるテーマでくくり、言葉遊びの言語オナニーを言語セックスにしようじゃないか、という試みだった。高尚な言葉で言えば、モノローグからダイアローグへのアウフーベンがア・プリオリなシャンタル・トマスのトマス・アクィナスというわけだ。その試みは年々エスカレートしていき言語乱交パーティーと変わっていった。しかしインポテンツもいれば不感症もいる状況で、乱交パーティーを強制することの無理は年々露呈しつつあり、そこで今年首脳部はテーマでくくることを止め、各自の独自性を重視する冊子作成に踏み切ったのだ。下品メタファーで言えば、乱交パーティーをやめて集団オナニーに立ち返ったということで……。
 なんてな、ぼけが。
 コンセプトなんかねえんだ。したいことをする、したことを集めて冊子にする、良く言えばアンソロジー、悪く言えば寄せ集め。だからまえがくネタもねえんだ。何が悪いんだコノヤロウ。
 失礼。つい取り乱したようだ。ここはまえがきらしくセールスポイントでも書いてこの文の締めとしよう。
 1.鳴かない。
 2.糞をしない。
 3.去勢済み。
なんてな、ぼけが。

 1998/9/24
   六年D組  いくま

 そうそう、こんなもの捧げられてもかなわんだろうが、いちおう本冊子を魔首領奴素子嬢ならびに前顧問大石先生、現顧問松田先生に捧げる。捧げたところで何ほどの意味もない。

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