ああ、筋骨堂トップへ
カニバリズム
byかくちゃん
<まず・・・・>
今日、日本で人間の肉を食べたらどうなるでしようか? 栄養的にはOKかもしれませんが社会的にはどうでしょうか。殺人罪? 死体損壊罪? それとも精神病院送りでしょうか。でも確実に友達は減ると思います。自分が食べられたら困っちゃいます。ほとんどの人が人肉を食べるという行為に対して嫌悪感を持っています。それは何故でしょうか。私たちはたいていの動物の肉を食べています。でも人肉は食べません。虫とか食べれちゃうのに人肉は食べません。食べたら罪になるからでしょうか? それともまずそうだからでしょうか?
<カニバリズムとは>
「カニバリズム」という言葉は、西インド諸島に住む「カリブ」族の名前が転訛したものです。カリブ諸島を征服したスペイン人がその食肉習慣を報告した西インド諸島の原住民、カリブ族の名から来ている。後に、世界の民族の食人習慣を科学的に研究した人類学者たちはこれをギリシャ語の「アンソロポス(人)」と「ファゲイン(食ベる)」から「アンソロポファジー(食人風習)」と名づけた。
<肉食に付いて>
そもそもヒトは肉食なのだろうか。確かに我々はこの千年来肉食を続けてきたが、今までに常に肉食だったのか、もともとヒトが草食であったことを示す肉体的な証拠をあげて我々は本来草食であるようにできていると主張なさる動物行動学者もいる。しかし今日においては確実に肉食であるといえるだろう。進化論的にいうと、ヒトの知能が急速に発達した理由の前提条件の1つの説明としてヒトが肉食を学習したことがあげられる。肉食を覚えたことで絶え間ない食料あさりから解放されたおかげで色々なことを考えられる時間がもてたのである。現在では世界中の58億人に上る人々のうち圧倒的大多数の人々が驚くほど多様な種類の肉を食べている。
<カニバリズムの歴史>
人肉を食べることにヒトは生来の嫌悪感を抱いているのだろうか?
歴史的には紀元前50万年前にいた北京原人が人喰いであったという証拠が見つかっている。いくつかの頭蓋骨からは脳が取り出され、他の骨には黒く焦げた料理の跡があったらしい。またネアンデルタール人が住んでいた洞窟や岩屋の多くからも、彼らが人喰いであったことを示す証拠が見つかっている。初めてホモ・サピエンス(考える人)と定義されたクロマニョン人も仲間の肉を食べていた。その後の中石器、新石器時代、また青銅器時代初期の人間も人肉を食べている。現代においてもある地域においては決して消えることなく続いている。
<食べちゃう理由>
カニバリズムを考えるとき、人間には人肉食に対して本能的な嫌悪感はなく未開人たちは獣肉と人肉を区別していなかったことを頭に入れておくことが重要かと思われます。
カニバリズムの歴史をひもとくと最初は神の怒りをなだめる人身御供の一種だった。しかしそれだけではなく未開の部族たちは敵の勇者の肉を食べると、その力や徳を自分に吹き込むことができると信じていた。時には復讐であり、時には性的な動機から行われたことさえあった。
カニバリズムはインカやマヤの人間生贄のような宗教的な祭礼や儀式と結びつくか、あるいは単にタンパク質が豊富な食物の需要と結びつく。アフリカやオーストラリアで死んだ親族を食べるのは死者を崇めるためだと考えられていた。19世紀あるアボリジニの部族は人口抑制の手段として産まれた子供を10人ごとに1人を食べた。コンゴでは食料として売るために奴隷を太らせた。フィジーでは酋長が髪を切るたびに人肉を食べる習慣があった。ナイジェリアでは宗教的な儀式のさい、人の体を切り刻みむさぼり食った。南アメリカの部族は捕らえた女性に子供を産ませ定期的に人肉を供給できるようにした。死者の幽霊が戻ってきて部族に取りつくことを防ぐために、その肉を食べるという迷信が根強く残っている部族もある。
また人喰いの行為の裏にはヒトの肉を食べると被害者の力が自分のものになるという力の移行が信じられている場合もある。ヒトの肉を食べることで勇気、敏捷性、技といった資質が自分のものになると信じられていた。
また昔から軍隊は負かした敵を嘲る表現として、また基本的な食料として敵の肉を食べた。これはスキタイ人や王朝制以前のエジプトや中国の一部でも行われていた。タタール人は敵を食べることで悪名高かったが、中国では19世紀の初めまで人肉を供するレストランは珍しいものではなかった。
飢饉は常に人肉嗜食に大きく拍車をかける要因だった。450年イタリアの飢饉では親が子供を食べた。695年から700年にかけてイングランドとアイルランドを襲った大飢饉ではヒトが互いに食い合う状況に陥った。845年から851年今度はブルガリアとドイツが飢え、人肉食が行われた。963年スコットランドの5年飢饉が始まり、人々は互いをむさぼり喰った。1069年イングランドの一部に食糧不足が起き、人肉が食料に加えられた。そして、1201年のエジプトの大飢饉では人肉が公然と市場で売られた。というような感じです。
長々と書いてみましたが食べちゃう理由を4つに分けてみると、
1,宗教祭礼として人肉を食べる。
2,状況に迫られてやむをえず食べる。
3,経済的理由から人内を食べる。
4,人肉が好きだから食べる。
ということになると思います。だったら最初から4つ書けばよかったじゃん! と思ったそこのあなたすみませんでした。
<つなぎ>
結局のところヨーロッパを除く世界の大部分では人肉食という行為は当たり前の行為として受け入れられていたようである。つまりは習慣が支配していたといえるだろう。日本人は刺身を食べることに何の抵抗も感じないが外国には激しく嫌悪感をもつ人が存在しているし、同じように韓国では犬が珍味である。どんな習慣でもその中で生まれ育った人には当然に思えるものなのである。しかし今日において人肉食に対するタブーは存在するし、その行為は文明社会では激しい嫌悪の対象である。何故このように変化していったかといえばそれはヨーロッパ人である宣教師たちが接触しキリスト教を熱心にとくことによって変えようとしたためらしい。
<聞いて下さい>
ということで、ここにいる私たちはヒトの肉を食べるという習慣がないためにヒトの肉を食べないし、その行為に嫌悪感を覚えるらしい。しかし私は思いました。 2,で書いたように状況に迫られた場合、例えばここで何か食べとかな死ぬやろっという時に食べれるものがヒトの肉しかない場合食べちゃうかもしんない。どうしよう・・・・・。どうしようもないのですが皆さんはどうでしようか?
こんな事件がありました.
1972年10月13日の金曜日、試合のためアルゼンチンからチリヘ向かうアマチュアのラグビーチームを乗せた飛行機が雪に覆われたアンデス山頂付近に墜落しました。ちなみに彼らはカトリック学校の生徒で熱心なカトリック信者です。飛行機に乗っていた45人のうち激突死をまぬかれたのは32人。しかし日が経つにつれて次々と死んでいきました。食糧不足から遭難9日後、死んだ仲間の肉を食べるという考えが出され真剣に討論された。2週間目の終わり一部の者が肉を食べた。宗教的なタブー観から拒否する者もいたが結局食べなかった者は死んでいった。仲間の肉を食べて生きながらえた者は遭難後70日目に奇跡的に救出された。生存者は16人。
もし自分がこの立場だったらどうでしょうか。食べちゃうかもとおもいませんでしたか。
思うに人肉食に嫌悪感が強いのは快楽殺人のような犯罪のイメージがつよいからというのも一因だと思います。
<これから、もしかしたら・・・・>
現在、世界ではどんどん人口が増えている。またその中で食べ物が有り余っている国と飢えに苦しんでいる国とが両極端に存在している。これからの食糧不足が懸念される中、また人間の本質を考慮すると核などによる大量虐殺などによって将来、破局が訪れたら人喰い習慣が復活するかもしれない。
<強引なまとめ>
このレポートの主旨が何なのかわからないと思っている方、すみません。これを書いた私も何がいいたいのかよくわかりません。ただ私自身カニバリズムの本を読んでみて今までの人肉食に対するただ気持ち悪いというイメージが少し変わったのでちょっと書いてみよっかなと思って書きました。まだまだ書き足りないことがたくさんあって正確に書ききれていない部分が多いにあると思いますがお許し下さい。
ああ、筋骨堂トップへ
このホームページのホストは
です無料ホームページをどうぞ