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世界選挙紀行(独り「 うちの女房にゃ髭がある 」企画)
byきゃみさん
◆序説
遅ればせながら、今は退役したとはいえ歴史部元帥きゃみさんとしてはなんらかの形で大祭冊子に関与したいな……なんて未練がましく思ったりして書いてみた。いや本当の事を白状するとただ写しただけである。
あのね私、そういや〜昔各国の選挙制度について書いてる本買ったたな〜なんて冊子読んでて思ったわけよ。んでもって本を引っ張り出して読んでみると「これてアホいくまのショートショートやん」と言うことになったわけ。事実は小説より奇なり。まさに世界の選挙制度はすごいというかアホというか……。あ〜ん・みんなに教えたいな〜、今夜のおかずにしたいな〜なんて思ったわけ。 と、言う訳でこのレポートは「よい国」(イースト・プレス)という本のまったくの丸写しだ。別にコピーでもよかったじゃね〜んか、と今更ながら後悔しているしだいであるが、勉強になる?ので暇なら読んでみてくれ。
◆丸写し
第七章 選挙制度
◎選挙は大人になってから!? −何歳から投票できる?−
イギリス(近代選挙制度のベースづくり)
現在、世界で採用されている近代の選挙制度はイギリスでつくり上げられた。 選挙をする、つまり投票するのは18歳以上の人。選挙される、つまり立候補できるのは21歳からと決められている。世界中がイギリスのマネをしたので、ほとんどの国では、だいたい同じ年令制限が設けられている。
クウェート(女性は立候補できない)
国の政治を決めるのは、男だけで十分というのがクウェートの常識。
また、女性は選挙に立候補もできず、指導的公職や国家指導者になることも
できないのだ。これはイスラム法の規定によるものだ。イスラム法とは、イス
ラム国家全体のベースとなる法律で、コーランの教えにもとづいている。
女性が政治家になれないのは、なにもクウェートに限ってのことではないの
だ。
ではなぜイスラム法では、女性は政治に参加できないのだろうか。
そのわけは、古来の預言者のことばのためである。「自分たちの大事(政治・司法・行政)を女性に頼った民は栄えなかった」(預言者言行録解約書『平和への道』)。
近代以降、イスラム国家の中ではじめて国の代表に就任した女性は、パキスタンのベナジル・ブット首相である(13世紀、エジプトのマムルーク王朝のジャジャラットッドウル王妃以来、2度目)。1988年12月2日のことだ。
しかし、これは、パキスタンだけでなく、すべてのイスラム教国にとっても、イスラム法違反の大問題、大事件となり各国から非難の声が上がった。まもな
く、ブット女史は政権を失った。
男女平等があたり前の先進国、特に欧米からは、封建的だとして批判されて
いる。
日本(制度はもちろん立派なものです……が)
選挙権は男女とも20歳から。しかし、20歳になっても投票に行ったことのない若者はたくさんいる。年々若者の政治ばなれがすすんでいる。
また、日本は国民のほぼ100パーセントが字を書くことができるが、これ
は世界の国々から見ると、とてもめずらしいことである。したがって、投票用
紙に立候補者の氏名を直接書くことも、世界ではあまり例がないことなのだ。
日本では、今度初めての小選挙区選挙が行われることになったが、選挙区が
全国でなんと300。「自分の選挙区にろくな立候補者がいない!」という声
もすでに上がっている。(*きゃみ・〜この本96年5月に発行されたものです) オーストラリア(選挙制度のパイオニア的存在)
この国の場合、選挙は権利ではない、義務である。つまり、かならず投票に
行かないといけない。18歳以上の者が投票に行かなかったら罰金となるくらいだ。だから、オーストラリア国民は、みんな選挙に関心を持っている。
実は、オーストラリアは選挙制度にかんして、いろいろな面でパイオニア的
存在である。婦人に投票権をあたえた最初の国であり、無記名投票制を導入し
たのも、もちろん役票を強制にしたのも世界ではじめてだ。
投票を棄権した有権者は、最高10ドル(約1000円)の罰金。この制度のおかげで、投票率の平均はなんと95パーセントにまで上っている。
しかし、この制度は、保守派の党に有利にはたらくという傾向が生まれる。というのは、「だれでもいいや」という政治に無関心な人は、現状維持派のほ
うに投票することが多いからだ。
ブラジル(日本でいえば高校1年生、16歳から投票できる)
ブラジルでも18歳以上の投票は強制となっている。棄権した人は罰金を取られる。ただし、母国語であるポルトガル語が話せない人には、投票権がない。 そして、もうひとつ大きな特徴は、16歳と17歳の若者は希望すれば投票できることである。
この国では、若いうちから選挙に参加することは大切なことだと考えられて
いるからだ。
アメリカ(じいさん議員をやめさせろ!)
選挙で大事なのは、何歳から投票できるか、ではない。何歳になったら政治
家をやめさせるか、ということかもしれない。
オジイサンたちがいつまでも選挙に出てくるから、政治がちっとも変わらないのだ−今、アメリカでは被選挙権に定年制を取り入れる動きがある。
スウェーデン(選挙権と被選挙権の年の差なんて!)
選挙権があたえられるのは18歳から。投票日の当日に18歳になっていれば、投票できる。
ちょっと変わっているのは、被選挙権の年齢も選挙権と同じく18歳からということである。
スウェーデンでは、選挙権と被選挙権の年令に差をつけることは、なんの合
理的根拠もないと考えられているからだ。
また有権者は、全国に設置された投票所だけでなく、郵便局で投票すること
もできる。外国に住んでいる人は在外公館からの郵送投票もできる。
しかも、郵便局では投票日の24日前から投票が開始される。街頭で政治家が熱心に選挙活動を展開しているなかで、多くの市民は郵便局に足を運んで投票をすませているのだ。
投票日に行楽計画を持っている人、病院に入院している人、高齢で歩くのが
むずかしい人などにとっては、ありがたい制度である。
◎楽しくなければ選挙じゃない −行きたくなる選挙ってどんなの?−
フランス(さすがファッションの国。投票日にはバーゲンセール)
フランスでは、選挙の投票日に、各デパートがいつせいにバーゲンセールを
行う。
投票に足を運んだ帰りに、買い物をしてもらおうという百貨店のねらいなの
だろうか。いや、そうでもない。とにかく外出してもらって、そのついでに投
票してもらおうということらしい。
投票になるたびに、安く買物ができるのだから。
イタリア(おそくまで投票できて、遠くまで行った人に補助金)
投票時間が夜10時まで。これなら当日の予定がつまっている人も、昼間は寝ている夜のお仕事の人もなんとか時間をみつけて、投票できる。「あっ!」と思ったら、ちびまるこちゃんが始まっちゃった−という経験は
ないだろうか。日本国では、投票は6時でおわり。
一方、イタリアでは投票時間を延ばしたとたんに、投票率が飛躍的にアップ
した。
また、仕事などで遠くへ行っている人には、自分の選挙区にもどってきて投
票してもらうために、国が旅費の一部を補助する、というシステムもある。
出国しているイタリア人のうち、補助金の出る選挙期間に合わせて、帰国す
る者も少なくないそうだ。
イギリス(選挙はギャンブル。立候補者はまさに出馬?)
選挙結果に関心を持たせる。これこそ、投票率を上げる最高の手段といえる
かもしれない。
イギリスでは、ブックメイカーの業者が、選挙を対象にしたギャンブルを開催している。おかげで、選挙には競馬と同じくらい国民の関心が集まっているのだ。
投票することは、すなわち自分の応援する馬にムチをいれること。これなら
ば、自分が買った馬を有利にさせるために、たとえ1票でも投票に行かざるを
えなくなるというわけだ。
(*きゃみさん・〜ブックメイカーとは政府公認の私設賭博事業であり、競馬、サッ カーなどのスポーツはもちろんクリスマスの天気や王様の次の子供は男か女 かなど、世界中のあらゆることを賭けの対象としている。日本でも八九年に 窓口が開かれ、国際電話一本で賭けに参加できるようになった。ちなみに日 本向けのギャンブルにはプロ野球、甲子園、相撲、選挙、株価の上昇率など があり、イギリス人が作成したオッズは情報不足からか、おいしいオッズだ そうな)
アメリカ(投票カンタン、開票カンタン。ハイテクシステム)
投票用紙にマークシートやパンチカードを導入しはじめている。これならば、手間がはぶけて、読み書きのできない人でも投票できる。
また、アメリカでは、コンピュータを使ったオンラインシステムが、選挙に
も取り入れられている。
集計や開票が瞬時にできると評判は上々だ。
パプア・ニューギニア(投票箱を持って回る!まさに足でかせいだ票だ!)
パプア・ニューギニアでは、投票へ行くのがたいへんな山岳部に住む部族のために、選挙管理委員が投票箱を持って巡回するシステムがある。
やたらと時間がかかるのがタマにキズで、1982年の総選挙では全部の投票がすむまでに3週間もかかってしまった。しかし、投票率は抜群に高くなるそうだ。
バングラデシュ(女性が自ら選挙権を拒否?)
バングラデシュは民族対立が激しい国。 チッタゴン地方、ノアカリ地方では、女性の投票率がとても低い。
これは投票所において、民族対立から起こる暴動事件が多く、その騒動にま
きこまれたくないために、女性が足を運びたがらないのだ。一投票所当たり、
女性が15人くらいしか来ないこともある。
そのため、投票に来ない女性の身代わり投票をする者が出現。
その者は、「プルカ」という着物(イスラム教徒の女性が、頭からすっぽりかぶっている着物)で、正体をわからないようにして、何人もの女性の投票を代行するらしい。つまり、女装による不正投票だ。
こうした、二重投票を防ぐために、一度投票した人の親指には、投票後にイ
ンクで印がつけられるようになったそうだ。
しかし、そのインクはレモンで簡単に消すことができ、効果はあまりなかっ
たらしい。
ネパール(投票券に図柄のマーク)
ネパールでは、識字率が25パーセントととても低いので、投票用紙には立候補した政党のシンボルマークが印刷されている。有権者は、このマークにマル印をつけて投票するというしくみだ。
マークの柄には、傘や太陽、牛などが使われていて、ひと目でわかるように
なっている。
一方、このシンボルマークが用紙のどの位置にあるかによって、得票に大き
く影響するようである。マークはタテにならんでいるが、有権者は、なぜか一
番上に位置するマークに印をつけてしまうそうだ。
上にあると、みんなの上に立っている感じがするから、ついマルをつけてし
まうのだろうか。
◎大中小、どのサイズがいい? −選挙区の大きさくらべ−
アメリカ(でっかいアメリカの小選挙区)
アメリカは、議員の定数だけ選挙区をつくり、各選挙区からひとりの議員を
選ぶという「小選挙区制」というシステムを採用している。
これなら国民と候補者の距離はグンと近くなる。くわえて、2大政党制のア
メリカでは、同じ政党の候補者どうしの戦いにはならないから、純粋に政策を
めぐっての争いになるというわけだ。
イスラエル(システムがわかりやすい大選挙区)
イスラエルは、国全体がひとつの選挙区である。議会の定数すべてを国全体
から選ぶ。とてもわかりやすいシステムだ。
比較的大きな地域から、多くの議員を選ぶ選挙制度を「大選挙区制」という。もっとも大きな選挙区は、いうまでもなく国全体をひとつの選挙区にすること
である。
しかし、これでは、国民が何十、何百人といる候補者ひとりひとりの候補者
の情報を知ることは不可能である。
そのため、テレビの政見放送などで語られる、うわっつらの抱負や公約を参
考にするしか選択基準がなくなり、候補者の人物そのものを見ることはまずで
きない。候補者はたとえ当選しても、国民の信頼がうすいものになってしまう
危険性もある
スイス(チュウ立国だけに選挙区もチュウ選挙区)
スイスは、選挙区を全国26州ごとに分け、ひとつの州から数人ずつ議員を選ぶ制度になっている。
議席数は全部で2OO。州の人口数に比例するように、その州の定数配分を
決めている。
このように、国を大きすぎず小さすぎず、いくつかに分けて、それぞれの地
域から複数の議員を選出する制度を「中選挙区制」という。
この制度では、たとえどんなに獲得した票が少なくても、その地域の定数の
中にすベリこめば当選できることになる。
したがって多くの国では、スイスのように、地域の人口に合わせて議席の定
数を決めるシステムがとられている。
日本(小選挙区制がスタート。そのゆくえは?)
日本国では1994年、衆議院選挙に小選挙区制の導入が決定された。
それまでの中選挙区制では、候補者どうしは純粋に政策の是非を競うのでは
なく、どれだけ地元に利益をもたらすかということばかり競っていた。そのた
め、汚職事件が数多く起こった。そのため小選挙区制にして、純粋に政策を競
うアメリカのような選挙にしようというのがねらいだ。
しかし、日本国で小選挙区制で選挙が行われると、どうなるのだろうか。
ひとつの選挙区からたったひとりしか当選しないため、ますます選挙戦は激
化し、金権選挙になるという声もある……。
フランス(小選挙区制プラス決戦投票あり)
小選挙区制のフランスで、ちょっと変わっているのは2回投票制を取り入れ
ていることだ。
つまり、過半数以上の得票がある候補者は当選するが、どの候補者も得票が
過半数に満たないときは、2回目の投票が行われるのである。
2回目の選挙は、1回目の得票が上位2人の立候補者による決戦投票で、有
権者は2人のうちのどちらかを再投票する。もちろん多いほうが当選するのだ。 また、この2人の得票数がまったく同じだった場合には、なんと年長者が当
選してしまう規定になっている。 ……以上丸写し終わり
◆ 儂の息子にゃ髭が無い
儂の息子に髭が生えたのはいつ頃だったか……。
まだ息子に髭が生えていなかったころ純粋に先生に教えられる民主主義の建前を信じ、クラス会の無慈悲な多数決にも従順に従い猿蟹合戦の牛の糞の役もしかたなしにやっていたものだった。
そう、それは中学に入り息子に髭が生えてきた頃だった、民主主義そして多数決に対して疑問を感じてきたのは! 我々村民は中学では生徒の2割にも満たないマイノリティーであった。大多数の町民は我々村民に対して無残にも整理係や生き物係などの汚れ役を数の原理で押し付けていったのだ!!
時は流れ儂の息子どころか自分自身にも髭が生え、腹毛まで生え出した頃。M谷やM浦に局役や会計を押し付けた時、ふと儂の息子に髭が生え始めたころを思い出した。数の暴力、民主主義という名の虐待。そういや〜中学の時そんなこと思ってたっけ……、こんな決め方でいいのか?と。
そこで、冷静になって考えてみる。儂の息子に髭が無かった頃から髭が腹毛に達しようとしている今日まで「民主主義=多数決」だってことしか儂は民主主義について教わっていないような気がする。「皆がきゃみさんは牛の糞役がいいていっているから君は牛の糞ね。」という論理で政治が行われているとしか儂は教わっておらん。多数決の結果は絶対であるということしか教わっていないのだ。(儂の勉強不足か)
自分の息子に髭が生えていなかったころの学級会を思い出して見よう。
先生「今日はクリスマス集会の出し物を決めるぞ、なにがいい。」
生徒A「歌!」 生徒B「劇!」 生徒C「秘宝館!」
先生「じゃあ多数決をとるぞ、まず歌がいい人手を挙げて……」
先生「歌が一番多かったから歌な。」
生徒「ハーイ!」 (この間5分)
息子の髭がぼうぼうのころの部会を思い出して見よう。
部長「今日は局役の選出をするぞ、立候補はいないから誰か推薦する人。」
部員A「M谷」 部員B「A国」 部員C「不破哲三」
部長「じゃあ投票するぞ、この箱に名前書いて入れて……」
部長「M谷が12票で一番多いな、局役はM谷に決定。」
部員「M谷頑張れよ。」 (この間5分《かなり脚色》) やっぱりそうだ。何も変わっちゃいねえ! 息子が“つるつる”だろうが“ぼうぼう”だろうが多数決、いや民主主義に対する考え方が一緒じゃねーか!おかしい、民主主義ってこれでよかったけ?何が足りねえ?何が……。あれ?この決定の間に話し合いが無いぞ、何で「歌」なんだ?どうして「M谷」じゃなくちゃいけないのか?M谷の意思は?ひとつも話し合ってないぞ。そうなんだ日本の民主主義には「議論」が無いんだ。
◆多数決原理と議論
政治とは対立を調整する技術であり、その道具として我々は多数決を用いるようになった。「多数者の意向をもって全体の意思を推定する意思決定の制度」それが多数決である。多数決原理では集団の意思決定が全員一致に至らなかった時は、少数者も多数者の意思を全体の意思としてそれに同意することが重要である。しかし、それでもって少数者の意見は無視してもよいという制度ではない。多数決原理では、それぞれの意思は同等の意義を持っていることが前提にあり、少数者にできる限り発言の機会を与え、その意見は多数者の意見の中に組み込んでいくべきものなのである。多数決原理とは本当は「数の暴力」ではなく少数者尊重の原理なのだ。
その少数者尊重の原理を実現するためには「話し合い(議論)の場」、つまり議会が必要なのである。本当は順番が逆で、議会があって多数決があるのだが日本人の意識では、まず最初に多数決があるのではないかと思う。議会のあるべき姿を最も簡潔に表す言葉として「弁論の府」というものがある。どのような議会(部会)でも堂々たる弁論の戦いは、政治家(役員)や国民(部員)に国政(部政)の課題の所在や解決策を考えさせ、議会が最も生産的になり得る唯一の方法なのだそうな。しかし日本の国会でも教室でも弁論を戦わすようなことは無い。つまり政治の根本が間違っているのだ。
学校で我々は弁論を習ったか?弁論大会といえばただの作文朗読会であるし、学級会でも議論なんてあるわけもなく、あるのはただの口喧嘩である。まあ、息子に髭の無い奴らは弁論するだけの学がないから口喧嘩をおおいにやって少しでも議論に近づければそれで良しとしよう。問題は日本の国権の最高機関である国会だ。日本の国会では諸外国の議会で通常行われている口頭質問や時事問題の討論などが無い。委員会審査においても諸外国では議論や話し合いが中心であるのに一問一答方式といって発議者や提出者に法案の内容の疑義を正す質疑をして、それに対して答弁するという変ちくりんな方法を取っている。この国の議会にあるのは、うるさいヤジと秘書に作らせた答案文である。
五〇年前、マッカーサーといういかした野郎が、「日本人ノ精神年齢は12歳デ〜ス!」と言ったそうだが、日本人の政治意識も精神年齢同様幼いものかもしれない。こうして議論なき採決、議論なき選挙が一億人の人生を縛りつける。議論を知らない国民はただ無関心に従う。 嗚呼、儂らの息子にゃ髭が無い。
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