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選挙系
1998/10/1 いくま
ていうか、レポートじゃない。選挙系ネタのショートショート集。全部ワンアイデアストーリだから、そのアイデアとか問題とかについて話し合ってみましょう。
・ダフ屋
「はいはい安いよ」ダフ屋がダミ声で券を売る。
「おっちゃん、いくら」
「900円ね、はいありがとうぉ」
「おっちゃん、なんぼで買うてくれるん」
「はいはい、300円、あいどうぞぉ」
スピーカーを響かせながら軽トラが小学校の周囲を回っている。ダフ屋は舌打ちして独り言を言った。「誰にことわって商売しとんじゃ、ぼけが」
「……でございーます。いらなくーなりました選挙権、不要にーなりました選挙権、などがございましたら、高く買い取らせてーいただいてーおりーます。こちらは……」
・JEA
オープニング、タイトル「ニュースソテーション」、中年の男が一礼。
「こんばんは、米宏(こめ ひろし)です。昨日の参院選では、投票率97.2パーセントという数字が出ました。日本はどうなっちやってるんでしょうね、酢餓沼さん」
「先進国の中でこれ程高い投票率を出している国はないですよ。もはや国辱と言っても言い過ぎではないと思いますよ」
某都市JEA前。
近代的な建物の前におっさんの群れがたむろしている。耳に鉛筆、左手に新聞、右手にワンカップないしは缶ビール、目はいくつも並んだ大画面に、口はおのおの絶叫している。
「差せ! 馬鹿野郎!」
「逃げろ、逃げろ!」
やがて長丁場のレースは終了し、あるおっさんは狂喜乱舞を、あるおっさんは落胆して手元の券を破り捨てるのを、それぞれした。
この制度の歴史はアメリカのある州に始まった。投票率低下に悩むその州で、州知事選、で実施されて驚異的な投票率をはじきだして以来、この制度は先進国に徐々に広まっていった。
投票率増加、莫大な新規財源、政治無関心の打破を成し遂げたこの制度だが、知識人の評価はかんばしくない。
日本ではJEA、ジャパンイレクションアソシエイツ、または日本選挙協会と呼ばれ、JRA,または日本競馬協会と並ぶ公営ギャンブルとして政府財源を支えている。
・ポジティブキャンペーン
社会学者ウィリアム・ナニシトンネンが「謙譲の美徳」という本を出して、アメリカ社会に大きな衝撃を与えてから十年後のお話。
ハンガリー系のロバート・アホチャウカ候補と、トルコ系のアイフィール・ユルマーズ候補が、大統領選に向けて最後の公開テレビ討論を行っていた。
「それではおふたかたに大統領選に向けての意気込みを」有名レポーターがその場を仕切る。
「もう、とにかく私のような若輩者がここまでこぎつけられたのも、周囲の人々が私を盛り立ててくれたからです、ハイ」
「いえいえ、私こそアホチャウカさんのような優れた方と選挙を戦えるなんて、身にあまる光栄ですわ」
その瞬間、世論ではユルマーズが1ポイント支持率を上げた。
「それでは懸案の国防費について」
「削減という方向でいきたいと思いますが、国民の皆様の了解を得たうえで慎重に考えていきたいと思います」
「素晴らしいご意見ですわね。そのような御賢察に触れては、私言う言葉も見つかりません」
ユルマーズ2ポイントリード。
「景気問題については」
「私のすばらしいブレーンたちがその問題に取り組んでおります。まったく、私などにはもったいない人材ですよ」
「私の不徳のせいなのでしょうが、私の周囲にはアホチャウカさんのようにブレーンがおりません。良いアイデアがおありになれば、貸していただけませんか」
場内軽い笑い。ユルマーズ4ポイント。
「では次の話題ですが……」司会者は心持ちにやりとした。「ユルマーズ候補には認知してらっしゃらないお子さんがいるとうかがっておりますが」
ユルマーズがなにごとか口にしようとしたとき、アホチャウカが横から割ってはいった。「憶測にもとずいて個人を中傷するようなことはやめましょう。ユルマーズさんがこれまで積み上げてきた人格の高さは、そんな憶測で否定されるべきものではありません」
これで一気に流れは変わった。ユルマーズ有利だった世論の流れは一気にアホチャウカにかたむき、それば大統領選まで止まらずに流れ続けた。
「このように」カザフ大学国際政治学教授A・アジモフは、ビデオを止めて講義を再開した。「二十一世紀初頭のアメリカ合衆国では、愚にもつかない人格論が選挙の最大の焦点となっていた。合衆国の末路は周知のとおりである。この愚行を踏まえて、以来世界で選挙の争点はルックスとなっていることも、また周知の事実である」
・代議士緑川の驚き
代議士緑川武利が一週間の休暇を終えて日本に帰ってきたときのことだった。
空港内の報道陣が彼を見つけると、一斉にシャッターを切る。浴びせられる言葉に鷹揚に手を振りながら質問すべてを無視しようときめたとき、一人の記者が代議士に尋ねた。
「総選挙についてどう思われますか?」
緑川は自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。その音さえ聞こえたような気がした。つとめて冷静を装いつつ答える。「参院選かね」
「またまたご冗談を。衆議院に決まってるじゃないですか」
途中出迎えにきていた秘書をふんづかまえて、緑川は逃げるようにその場を去った。事実ハイヤーの直前で彼は走っていた。
「選挙はいつだ」車内で緑川は秘書に尋ねる。むろんいつかは知っている。
「今日ですよ」にくたらしいほど冷静な秘書。
「何で連絡しなかった!」
「絶対連絡するなって、連絡先も教えなかったの先生じゃないですか」
こうして与党大物議員緑川武利は衆院選に敗北したのである。
何もかも失った彼は、がらんとした事務所でつぶやいた。
「誰だ、抜き打ち選挙なんて考えた大馬鹿野郎は……」
秘書がかしこまった口調で言う。「日本国憲法改正第四十五条 衆議院議員の任期は三十日を下限、十年を上限として無作為に決定され、選挙管理委員が選挙前日まで任期を機密として保持し……」
「黙れぼけ」
一人の大学生が古本屋で一冊の本を手にとった。ペラペラとページをめくる。
「ルソーも言っているように、国民は選挙のときだけ自由であるが、選挙が終わると奴隷になる。直接民主制の多数の暴力を承認する気はないが、代議政治もその関係を打破する必要がある。そこで私は抜き打ち選挙を提案したい。これにより選挙民と代議士は、良い意味での緊張関係を築けると信ずるのである。また選挙期間だけの売名的選挙運動は姿を消し、代議士生活そのものが選挙運動となるのだ」
大学生はタイトルを見る。
<「ぬらりとひかる片肺国家」見名館書房刊行、著者緑川武利)>
「そういえばこんな議員いたなあ」大学生はつぶやいた.
・選挙前
「どうしようか、モハジ君」ホットフィールド大統領は首席補佐官に尋ねた。「もうすぐ選挙だってのに、俺の支持率わやくちゃだろ。今さら戦争やったってたいして支持率上がんねーしなー」
首席補佐官モハジは長い間考えて、一言つぶやいた。「暗殺されるってのはどう。支持率はね上がるはずですよ」
大統領は顔を輝かせて手を打つ。「それだよ、それ! 何で今まで思いつかなかったんだろ。さっそくCIAに連絡しなきゃ」
かくしてホットフィールド大統領は暗殺され、無実のメキシコ人が死刑になった。そしてホットフィールド大統領が再選に成功したことは言うまでもない。
ワットマン・ランブリング法にもとづき、このような不測の事態に備えて、大統領は記憶刷り込み済みクローン体を準備しておくのである。以後歴代大統領がみな暗殺されたことも、やはり言うまでもない。
・デーモスとクラツィア
「やったよ母さん!第一種デーモス試験合格したよ!」
アリストクラツィオスは家に飛び込んでくるなり母に報告した。
母親は涙をぬぐいながら息子を抱き締めた。「お父さんが生きていれば……」
デーモスは東ローマ帝国の花形公務員である。勤務内容は、皇帝の即位時に喝采を浴びせること、ただそれだけである。政変の多い東ローマ帝国ではあるが、一生のうちに働くことは十回もない。
デーモスとはギリシア語であり、日本語に訳すれば市民となる。これと政治という意味のクラツィアという言葉を組み合わせて、デモクラシーという言葉は主まれた。
今日もデーモスたちはだらだら養われて、皇帝に拍手喝采を浴びせる日を待ち続けるのだ。
デモクラシーの原点がここにあった。
・総理荒井加菜子
衆議院議長は近くの議員にたずねた。「兄ちゃん兄ちゃん、これなんて読むの? ふーん、ありがとな」このちょっとしたやりとりはマイクに拾われているが、議長はそんなこと気にもしない。「えー、荒井加菜子君、答弁をお願いします」
荒井加菜子首相は立ち上がってマイクの前に位置した。「キャー! タカシー、見てるー!」
「黙れ馬鹿女!」議長は怒鳴った。
「首相に向かって馬鹿とは何だ、馬鹿とは」関係ないところからヤジが飛んで、議長がそいつにつかみかかったり議長を取り押さえようとしたり、殴ったり殴られたりして瞬時に国会中継は中断した。
国会中継が再開したとき、議長席には青アザを作った副議長がいた。「それではあらためて荒井加菜子君、答弁をお願いします」
「ていうかー、アタシくじ引きで議員とか総理とかなっちゃったわけだしー」
「そんなもんみんなそうじゃボケえ」スマキにされた議長が言う。近くの議員が口にガムテープを張ったが、すでに遅い。
「ボケとは何だ、ボケとは」
「ムー!」議長
わーっとヤジか飛んで、わーっとまた乱闘。
「えーと、あらためて荒井加菜子君……あれ? 首相?」
答弁席に荒井加菜子はいない。副議長が議場を見回すと、首相は出口にいた。
荒井加菜子首相は腕時計を見て言った。「ここ残業手当つかないんでしょ、もう五時だからアタシ帰ります。じゃお先に失礼しまーす」
「しゅしょー!」
・ネット民主制
二〇三五年。
桐生は仕事を終えて帰宅し、まずネットにアクセスした。ホームページには六件のアクセスがある。「在宅盆栽家の集い」という彼のホームページの一日平均アクセス数は二・四件だから、今日は格段に多いといってよい。桐生はにやにやしながらそれらメールを読んだ。
続いて「ネット民主会議」のページを開いた。本日の議案は一四六六七八四件だ。桐生は検索プログラム「金太郎Ver.20.22」にそれらをかけた。
検索プログラムが桐生の志向に合わせて四件の議案を抽出する。
議案一一〇五号 障害者AV規制法。
議案一一一一号 障害者AV援助法。
議案四九〇〇九号 対コートジボアール共和国宣戦布告決議。
議案一一五三四〇〇号 非無機質コンタクトレンズ規制法。
毎日毎日、どこぞの聞いたこともない国への宣戦布告決議が議案にかけられている。百人の賛同者があれば議案は提出できるから、キ〇〇イのちょっとした思いつきで毎日毎日宣戦布告が提出される。しかし可決されたことは一度しかない−−五ケ月前にカリフォルニア独立自治区に宣戦布告をしてしまって大騒ぎになったあの一度だけ。以来検索プログラムは、宣戦布告決議を優先的に検索するように法で義務付けられている。
まったく、あの騒ぎのせいで桐生の勤めるマグロソフト社も大混乱したものだ。検索プログラム最大シェアを誇る「金太郎」シリーズはマグロソフト社製だからだ。桐生もここ五ケ月は毎日残業である。
四件にぞんざいな投票を行ってから、桐生は自らの手で百万件の議案からある一件を検索し始めた。この議案はシェア八十パーセントを誇る「金大郎」シリーズには絶体に検索されないようになっている。なぜなら桐生たちのプロジェクトチームがそのようにプログラミングしからだ。
長い時間をかけて、桐生はその議案を見つけた。
「議案三五八九〇二号マグロソフト社全権委任法」
一〇九対二二票の大差でこの法案は可決され、マグロソフト社は行政の全権を委任された。
選挙系 おわり
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