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あとがき


 コラポラゥール(売国奴)とシュヴァインフント(糞野郎)の祭典であった。
 低能と〇〇の共同便所であり、低予算と低脂肪のタルタロス(地獄)であった。
 学究のアカデミアであり、論証のマカダミアであり、思推のナッツ(き〇がい)であった。
 すべてを終了した今、編集副責任者の小生は、不快な、ただひたすらに不快な疲労感に包まれている。よってあとがきを執筆する気にもならないので、詩聖龍伯の漢詩などを引用して間を持たせたい。

「老人奴卑囲賦       対訳 長江を称える賦
 奴卑殴老人      長江の流れは美しく
老人曰 怒的字書女的又的心 とどまることを知らない
奴卑加殴老人 あたかも人の歴史を見るようだ
 老人曰 可口可来刺口 しかし目を凝らして見るならば
奴卑蹴老人 そこには生活の汚れが流れている
老人曰 芸低曰 芸低全言 しかし私にとっては
終奴卑撲殺老人 なお一層のこと美しく思えるのだ」

 嘘である。この漢詩は小生が作った。よりいっそう疲労を増して、今では生きる気力も失う。漢詩をつくると人は大僧正になるという仮説を思いつくが、学会に発表しても低能の学者どもには理解できまい。
 これまでの文章を見て少々悪ノリが過ぎると御思いの読者諸賢もいるだろうが、企画立案からして悪ノリ以外の何物でもなかったので、あとがきも必然的にこうなる。小生にあとがきを任せた筆者どもの苦渋の表情が浮かぶとともに消え、それにより小生は安眠を得るであろう。
 思えば魔神“赤いナポレオン”の企画を承諾した時点で、小生及び筆者一同はナインヘル(地獄の門)を叩いたのである。魔神の放つ最後の毒電波と思って、読者諸賢には読後の不快感を耐えて欲しい。
 ゲーテもこう言っているではないか。“不愉快な書物にこそ真実がある、と思われがちだがそれは嘘だ”。

 ひたすらに、ただひたすらにこの冊子が一般公開されないことを祈りつつ筆を置く。

1997年12月7日
 アマゾン激流下りの準備をしながら
    C・A・ペペロンチーネ(いくま)

※編集責任者注
 本稿執筆者であり、編集副責任者のC・A・ペペロンチーネ(いくま)は冊子の完成をまたずしてアマゾン激流下りを敢行した。マドリス付近で彼の消息は途絶え、この後書きが彼の遺稿となってしまった。彼の冥福を心より祈りつつ、この冊子の末尾としたい。
     編集責任者 夫婦生活(赤いナポレオン)
※HP管理者注
 なお、この後書きはフィクションなので、未だに“いくま”は中日の今中に激似の顔をぶら下げて、生きながらえております。そんな“いくま”より中日の今中の、選手生命の方が心配のきゃみさんでした。


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