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Sexual Violellce

                by蟻くん
 性別とは、人類を男性と女性とに分類するための基準である。父親は男性であり、母親が女性であるということについて今更疑いを持つものはいないだろう。しかし、もしも父親の胸にたわわに揺れるFカップの乳房が付いていたり、母親が立派な髭をたたえていたとしたら、一体何を基準にして彼等を分類すればよいのであろうか。

 「健全な・肉体に健全な精神が宿る」と言われるが、実際ごくまれであるが、肉体と精神とが一致しない場合もある。この場合、性別のような二者択一な分類では対処しきれない。それではこのような場合、社会的にはどのように分類されているのだろうか。このことについて考察を深める事により、性とは何か?人間とは何か?と言う根源的な疑問に対する鍵が見つかるかも知れない。

 「肉体と精神が一致しない場合」と前述したが、それにはどんなものがあるだろうか。例えば、ホモセクシャルやレズビアン、ニューハーフ、おかま、ゲイ、バイセクシャル、ユニセックス、etc、とまあ、細かく分類すればキリがないのだが、この中では最もポピュラーなホモセクシャルについて私の見解を述べてゆく。

 ホモセクシャルについて
 なにかにつけて迫害されやすい立場ではある。男子校出身であったり、彼女いない歴が2桁になってしまっただけでホモだのなんだのと言われるような低次元の話ではなく、真剣に同性を愛することの出来る人種について述べてゆく。
 なぜ男が男を愛することが出来るのか?この問いこそが一般人とホモセクシャルとを隔離する最大の原因であろう。この問いの中には様々な疑念が隠されている。例えば、男同士で性行為を行っても子供なんてできやしないのに、または、男同士で気持ち悪いのに、周りから白い目で見られるとわかっているのに「なぜ男が男を愛してしまうのか?」ということである。なるほど確かに、一般常識という足場からホモセクシャルを眺めたとしたならば、実に当たり前の疑問である。しかし、一般常識の足場を取り去り、ホモセクシャルと同じ目の高さに立って見たらどうだろう。子供を作ることが出来ないのにsexするのは不自然かつ非常識なのか?
 それでは問う、sexをした後必ず子供を生まなければならないのか?快楽だけを求めあうsexは認められないのか?もし認められないとしたなら、世界の人口は今の何倍にも膨れ上がるだろう。子孫を後世に残すことが遣伝子に組み込まれた宿命とするならば、快楽を追求するsexは遺伝子に対する反逆である。しかしそれはホモセクシャルに限られたことではない。避妊や中絶は多少モラル面での問題を残しながらも合法的に認められている。つまりsexは非生産的行為であろうとも、当人が拒絶しない限りまったく何の問題もない。
 それでも社会の目は、自分達の事は棚に上げておいてホモセクシャルに好奇の視線をなげかける。それはホモセクシャルが自分達の知らない世界で、破廉恥な行為を行っていると思っているからだ。闇に隠された部分は人々の好奇心をくすぐり、噂や中傷が膨らんでゆく。そのうち中傷だけが一人歩きを始め、ホモセクシャルのイメージを固定してしまう。
 その特異な例として世界中でエイズの話題がささやかれ始めた頃、一番に非難されたのはホモセクシャルであった。日本での最初のエイズ感染者は一時期同性愛者であると発表された。しかし実際のところはというと第一感染者は血液精剤による薬害エイズ患者であったが、ホモセクシャルを第一次感染者とすることで「まだエイズウイルスは一般社会には蔓延しておらず、ホモセクシャルと言う一部の特殊社会でのみ見られる病気である。決して日本全土を脅かすような病気ではない。」と言うメッセージを暗に含んでいる。
 つまり、ホモセクシャルは階層社会の底辺であり、差別の対象として認識されているのである。しかしながら、ここ十数年来カミングアウトと言って自分がホモセクシャルであることを公言する風潮が起こっている。ホモセクシャルは自分自身を世間に解放する事によって、自分達の存在を社会に確立させようとしている。それは人々の中傷の影に生きるのではなく、陽の当たる世界を歩くためのささやかな反抗なのだろう。

 それでは最後に、皆さんの意見を聞いてみたい。やはりホモは素晴らしい、やはり馴染めないなど、いろいろな意見があるとは思うがどんな事でもいいので胸の内をぶちまけてほしい。

ホモセクシャルに光り有れ!   終

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