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PAX AMERICANA
byぢ
《0》 パクス・アメリカーナとは?
第2次大戦から50年代まで世界秩序を形成・維持するため、圧倒的な経済力・軍事力・政治力を行使し得る唯一の存在、『アメリカ』による平和・世界支配。
・・・と、まあ簡潔に言えばこんなもんです。
アンダーラインで強調されている、経済・軍事・政治の三権に分けてパクス・アメリカーナを見ていきましょう。
《1》 Economic 〜経済力〜
第2次大戦後、欧州の列強国は激戦により経済はズタズタであったことは言うまでもない。更に、その植民地であった国々、戦場となったアジア諸国etc,,19c〜20c初頭の目覚ましい発展の後に残されたのは、大量殺戮兵器の爪痕だった。そうした世界の中で、ただ一人、おいしいものを食べ、きらびやかな服を着て、真珠のネックレスをまとい、ビールを飲んで、自由の歌を歌って居たものがいた。そして彼は、ネックレスに傷を付けられるや否や、そのビール腹の男(fat man)は激怒、憤慨して戦争を終わらせたのだった。と、、、話を本題に移しましょう。
1946年から47年にかけての冬は戦後のヨーロッパにとっては非常に厳しいものであった。フランス、イタリアでは共産党が勢力を伸ばしており、アメリカにとってはこの領国を何としても自分の味方に付けねばならなかった。更には、その他の西欧諸国への影響の心配である。そこで1947年6月5日、マーシャル国務長官はアメリカの資金を大量にヨーロッパに投資し経済復興を図り、同時にアメリカの経済を刺激する国際的な大規模経済援助計画を発表した。これがいわゆる「マーシャル・プラン」である。端的に言えば、「ヨーロッパの生活のしくみを元どうりに戻すこと」であった。それに伴いトルーマン大統領は、ヨーロッパ協力法を国内で可決させている。
こうしてみると「アメリカっていい奴じゃないか」と思う人がいるかもしれないが、そんなに甘くはない。援助金はドルで支払われ、その資金は米国の商品購入に当てねばならなかった。恩を売れば売るほど米国が儲かる仕組みだった。この巨額の経済援助によって、ともかくも西ヨーロッパ経済は息を吹き返した。
当初、この計画はヨーロッパ全域をその対象に含んでいたが、東欧圏の市場開放と経済情報の公開を恐れたソ連は、モトロフ・プランを開始し、東欧圏の経済的統合をはかり、西側諸国に対抗するための情報・宣伝組織、コミンフォルムを組織した。そしてこれが冷戦の幕明けであった。
《2》 Politics 〜政治力〜
(a)アメリカが世界平和のために絶大な権力を発動させることができたのは言うまでもなく『国際連合』での絶対的発言力と、それに伴う「世界の警察」としての『国連軍』=米軍の発動にほかならない。第2次世界大戦後もまだ世界の各地では紛争が絶えなかった。そこで「戦争による惨禍から次の世代を救うこと」(国連憲章より抜粋)を目的に安全保障理事会を中心とした国際連合が1945・4に発足、米・英・ソ・仏・中の五大国(戦勝国)が実質的に国連の意志を決定するものであったと言うことは周知の事実であろう。
1943・2のテヘラン会談で、米・英・ソ・中によりすでに原案が作成されていた。この時点で既に、安全保障理事会には優越権が与えられさらに常任人理事会の五大国の拒否権といった、五大国中心、はっきりいえば米&ソという2大国による世界秩序の構想が完成していたのだった。ただし、国連維持の条件としては米の親ソが前提である。
(b)アメリカの政治につきものと言えば国連ともう一つは『中央情報局(CIA)』である。1947年国家安全保障法により組織された。政治家の買収から暗殺、謀略的宣伝活動、クーデター援助などなど、ありとあらゆる秘密活動を行って来た。例を挙げると、53年イランのモサデグ政権の転覆、54年グアマテラのグスマン政権の崩壊等である。また、CIAの主な活動としては、アジア・アフリカ・中近東・中南米などのいわゆる「第三世界」の民主化、これら地域の「門戸開放」であり、最大の目的は米軍基地の設営、資源の収奪、アメリカ商品の流入による利潤と言った所にあった。
こうして、表向きは「世界の警察」として公儀の軍隊を派遣し、裏側ではCIAの活動により「親米民主主義国家」の育成をはかり、こうしてアメリカはパクス・アメリカーナを実現した。
《3》Force 〜軍事力〜
「、、、ルーク、ルークよ、フォースを信じるのだ、、、」
by ベンケノーバ
アメリカの軍事力と言えば『核・AtomicBomb』につきるでしょう。その核の威力を証明したのが、広島・長崎である。核兵器も持っているだけでは意味がない。実験、使用してこそ最大の威力を発揮するのです。、、、と、著者自身としてはもちろん核に反対です。核というものは一種の「法」のようなもので、戦争(犯罪)抑止効果が得られると考えられるのではないでしょうか。それでは本題に戻しましょう。
1945年7月16日5時29分45秒、この瞬間にパクス・アメリカーナが成立したと言っても過言ではない。ニューメキシコ州ロスアラモスで世界初の原爆実験に成功したのだった。このとき実験に関わった化学者のオッペンハイマーはヒンズーの詩の一節を思い浮かべたと言う。「我は死の神、この世を打ち砕くもの、、、」・・・結局アメリカは核により戦勝国となった。そして先に述べたように国連により「世界の警察」として軍事力を増大させ、50年の挑戦戦争では国連の承認として初の戦争を勃発させ、外交の面では「世界の平和を維持したのは安全保障理事会ではなく、アメリカが原爆(水爆)を保有しているためだ」という認識が世界各国の外交官の間で生まれた。
しかし、忘れてはならないのは、1949年にソ連が原爆実験に成功したことである。また、47年ソ連は米国務長官マーシャルによるマーシャル・プランにたいしてコミンフォルムを結成、それに対しアメリカはNATO(北大西洋条約機構)を49年に組織した。こうして冷戦時代の幕明けとなるのだが、第2次世界大戦直後の東西ベルリン分割によりその予兆がすでに現れていた。
《まとめ》 Pax Russo Americana
ベトナム戦争、キューバ危機、湾岸戦争などなどをとばしていきなりまとめに入ってしまうが、決して手抜きではないと言っておきましょう。私の考えでは、1945〜49年でパクス・アメリカーナの時代は終わっている。49年にソ連が原爆製造に成功してからは『パクス・ルッソ・アメリカーナ(米ソ世界戦略体制)』の時代になったと言えるのではないだろうか。補足説明として付け加えると、1952年アイゼンハワー大統領就任に伴いジョンフォレスター・ダレスが国務長官に任命された。彼は核兵器による「大量報復政策」を推し進め、軍事力拡大を促し、そして『恐怖の均衡』を生み出した。ここに冷戦は確定したわけである。
さて、ボブソン・レーニンの『帝国主義論』によると帝国主義とは、
・・・金融資本が国内市場を独占するだけでは満足せず、国際市場を独占するために後進地域を侵略し、植民地を奪い合うため軍事的行動を伴う政策に焦点がおかれた国家。
と、書かれている。、、何だかアメリカと共通するところがあるのではないでしょうか。植民地が第3世界に置き換えられただけに思われます。ただし、軍事面では国連による「デュープロセス(正当な手続き)」が与えられていますが、、、。
最後に、 パクス・アメリカーナ=PAX・ATOMICA 核による平和
〜参考文献〜
アレアステア・クックのアメリカ史(下) 日本放送出版協会
パクス・アメリカーナの光と陰 上杉忍 講談社現代新書
日本大百科全 ニッポニカ2001 小学館
1995年版 現代用語の基礎知識 自由国民社
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