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PAX JAPANA
〜日本の経済覇権の確立〜

by赤いナポレオン

 皆さん、「パックス・ジャパーナ」という単語を御存じでしょうか。あまり聞き慣れない単語ですが意味は「日本による経済的支配」ということです。そもそも日本という国家を論じるにあたって、「覇権」という言葉をからませることは私にとって違和感いっぱいですが、とりあえずは戦後の日本資本主義の成長過程を眺めていくことを中心に、当時の国際政治環境を考慮しつつパックス・ジャパーナについて考えたいと思います。もちろん笑いもあります。
 またこのレポートを読んで、「こんな日本って素敵」と思われた方は夜が更けるまで私と語り尽くしましょう。

1、PAX JAPANA成立の起源
 a)基盤
 明治維新以来、日本国家は「脱亜入欧」をスローガンに近代化を押し進めてきました。その結果が日露、一次大戦の勝利による国際的地位の上昇だったわけです。しかし国際社会での評判がいくらあがったところで日本国内の、特に農村の状況はあまり変わりませんでした。地主は江戸時代さながらに振る舞い、娘を売りに出すことなど日常茶飯事で、義務教育さえ受けていない者など数え切れないほどでした。一方、都市部では一握りの資産家や華族の子弟らが何不自由ない生活をしているという、同じ日本国内でも愉快なくらいの格差と不平等が横たわっている状況が推察できます。以上のことから戦前の日本社会とは半封建的な農村に代表される土着的な精神の上に帝図主義段階に達した資本主義が乗っかっている、二重構造社会であったと思われます。
 日本などの後発資本主義国(ドイツ、イタリア、ロシアもそう)では近代化の過程が上から強制される形でなされたので、近代化政策と併用して反動政策がとられることが歴史上何回もありましたが、このことも上記の二重構造社会の事例を念頭におけば、後発資本主義諸国では自らの発展を維持する為に近代民主国家を支える「国民」ではなく「臣民」を欲していたのでは?という結論が浮かんでくるのでないでしょうか。つまり「臣民」にとって必要なものは「忠誠心」なので、国家としてはそれが育ち易い環境を温存しょうとする。そのために、ユンカー、農奴制などの土着的かつ半封建的な存在を見てみぬふりをしてきたのです。(そりや「国民」なんぞ育てて口応えされる余裕なんぞないわなぁ)その後、日本は1930年から15年戦争に突入して1945年に敗北しましたが、この敗北も15年にわたって戦争経済を支え切れなかった日本資本主義の基盤の脆弱さに由来するんじゃないかなぁと思ったりしますよ。

 b)暗中模索
 日本にとって15年戦争の敗北は一つの転機でした。それはこれまでの日本の社会システムの敗北であることを認識すると同時に、1945年は日本の社会システムを改革するチャンスでもあったのです。(事実、GHQは農地改革、財閥解体などを実施することで戦前の社会構造の輪郭を担っていた半封建性と巨大な格差という二つの要素を緩和させようとした)。こうしたGHQ(アメリカ)の一連の改革は単純に「良い」とは言い切れないが、戦前の社会構造(寄生地主制、低賃金労働、教育水準の低さ、財閥独占)がそのまま残れば、ただでさえ大きかった上と下との格差がどんどんひろがっていき、そこにアメリカ製民主主義と生産形態(大量生産・大量消費)が導入されたとしても、いずれ支え切れなくなって、社会全体が崩壊しただろうと予測できるのです。
 アメリカとしては米ソ冷戦体制という新たな世界システムの中で一刻も早く西側資本主義陣営の一員として極東における拠点、反共防波堤的な役割を果たさせるために日本にいろいろとしてくれたんだろうと思いますが、私としては農地改革だけは、「封建的拘束」という目には見えない鎖から日本人を解き放ち「国民」の育成の補助となった改革として評価しているのですがどうでしょうね・・・以前に新聞か何かで「戦艦ミズーリは第二の黒船だ」という説が書いてあったような気がしますが1945年を境に日本がまっとうな資本主義国家に生まれ変わったと考えると何となく納得のいく説のように思えてくるのです。なんとなく悔しいですねいずれミズーリを第二のコンピエーニュになんておもっているのは私だけですかね(笑)

 まあa,bの結論からして国際競争力を持った資本主義社会にはある程度の社会環境が不可欠であると言えるんではないでしようか?とりあえずは下に1945年〜1970年代後半までの社会構造の変容過程を示したフローチャートがありますのでヒマだったら眺めて下さい。



2、ジャパンマネーの伸張
 a)パックス・サウジアラビアーナ
 上記の言葉を御存じでしょうか?いや、しっているはずがありません。私が作った言葉なのですから。なぜ急にサウジなのか不思議に思われるかもしれません。一応、言葉の意味を述べておくと「サウジによるアラブ圏の経済的安定」ということなのですが、その成立のバックグラウンドと性格がジャパーナと似ていたということで文章化した次第です。サウジアラビアは1970年代にオイルマネーをしこたま稼ぎ込むことで、自国の安全保障の面で全面的に依存しているアメリカに対し債権国の地位を一時獲得したのですが、サウジの溜め込んだ債権はそんなに基盤の強いものではなかったのです。サウジの栄華はある意味で基軸通貨国のアメリカのおかげであり、アメリカがその利益の還流をもとめてきたらイヤといえない立場にあった訳で、事実サウジはアメリカの指定する国に援助を肩代わりしたり、OPECの生産量の調節という名目で石油輸出を自主規制したのです。その結巣が「砂上の楼閣」になったことはいうまでもありません。さて、ここまで見てきてどこかの国に似ていると思いませんか?サウジアラビアーナは半分冗談として、ジャパーナに関してはパックスの語義からして半分くらいは妥当性を持っているような気がするのですが、私としましては一輪車を見ているような気がしてなりません。以上、好き勝手言ってきました。なかには、サウジと日本では経済構造が全く異なるので比較の対象にならないと思われる方がいるかもしれません。確かに、サウジは石油という単一産品の輸出に依存する国家で、それに対する日本はICを始めとする先端工業を誇っています。歴史上では、オランダのように自国の産業の育成を怠った国家は滅亡するなり衰退するなりしているものです。実際、そういう見地からすればモノを作る国家「日本」がサウジのようになるとは考えにくいと思えるのも正論だと思います。ただ「日本が誰の子分か」と思いを馳せると、私としては経済的債権国が必ずしも政治的債権国ではないと思ってしまうのです。

 b)パックス・アメリポンの妥当性
 上記の見方をすれば、「パックス・アメリポン」という考え方がジャパーナに変わる有力な考えじゃないかと、私は思うのですがサウジの例からするとアメリポンは成り立ちにくい考えということになってくるとおもうのです。しかしサウジと違って、日本はアメリカの極東戦略上の重要拠点ゆえに極東に強い影響力を持つ国家であった方が望ましい訳です。これは「米ソ冷戦構造」の崩壊後も重要性を失っていないと思うのです。加えて85年以来のドル不安と、双子の赤字という米経済の悪化によりアメリカは基軸通貨国としての地位を失いかけており、しばらくは日本に「世界経済の牽引車」の役目を負わせるつもりだと思うのです。つまりは、アメリカと日本による分業的支配と、とらえれば自然かもしれません。(ただし両者の間は平等ではない)

 c)バブルの栄華と崩壊
 世がバブル全盛だった頃、日本人はあちこちでジャパンマネーをはたいて海外で古美術品を買いたたいたり、あちこちで会社を乗っ取り、ビルを買いあさった。安田火災などその使いっぷりの良さは有名だが、バブル全盛時に特にアメリカ人の反発を買ったのは、ロックフェラーセンタービルの三菱グループヘの株51%売却であった。これに関しては「アメリカの魂を売った」と批判の対象となった。(投資摩擦)しかし本来、実態を持たない投機の拡大形態たるバブルはそのうちはじけることが目に見えている。歴史上、オランダのチューリップ投機がそうであったように今回も破局は1989年のマルタ会談から始まった。つまり社会主義経済圏の崩壊後の新たな経済秩序の中で「円」が取り残されるという懸念が生じたことや、東西ドイツの統一によリマルクが急騰したのである。これを皮ぎりにアメリカではリヴィジョニスト(日本異質論者)らが台頭し対日強硬姿勢をためらわないというクリントン政権の基本認識を理論付けている。また近頃では「ライジング・サム」という造語がアメリカでは流行っており、脅しかもしれないが着実に反撃体制を準備しつつあるようだ。
 考えてもみれば、PAX JAPANAも一つの「泡」だったのかもしれない。

3、新世界秩序の形成段階での暗中模索
 米ソ冷戦体制崩壊後、求心力を失ったいかにして秩序を再編成してゆくのだろうか?これに関して南委員会、ストックホルム・アピール、ガリ報告(平和への課題)をまとめると以下のようになる。

A,国際連合憲章に規定される主権国家の原則は状況によっては国際社会での不正義を容認することにもなりうる。
B,民族自決の原則の追求こそが世界経済を不安定にさせる要因となっている。
C,人権は国の発達の源泉だという認識が必要である。
D,強者なき時代の世界秩序は民主主義の全面開花が不可欠である。

 b)パックス・コンソーシアム
 「主要国による共同管理の平和」という意味だが、私は個人的にはウイーン体制のようで好きである。自分のことを秘密会議で好きなように処断されることをあなたはどう思うだろうか?

 c)覇権安定論
 強大な軍事力、政治力、資源を有する支配大国である覇権国家が存在すれば自由貿易体制は維持され、国際的依存関係を深め、ひいては世界システムの安定をもたらす。

 d)グローバリズム(汎地球主義)
 コミュニケーション技術革命によって地球は狭くなり、非国家行為体の相互交流を含めて「一つの世界」を現出させ、地球規模の政治へと転換させる。

4、新世界秩序のなかの日本
 米ソ冷戦構造下では、日本とアメリカの関係はモンゴル人とウイグル人のようなものであったと思う。つまリモンゴル族が武力でもって領土をひろげていくそして、領内の商売をウイグル人にやらせる。これがアメリカの核と日本の企業に近いものがあるのではでないか?
 冷戦も終わって、バブルも崩壊してテレビで「次の敵は日本かもしれない」なんてことを聞く。確かに3〜4年程前アメリカで「パワーシフト」や第2次太平洋戦争なんていった感じの本がよく売れていたそうだ。これらの反日感情の高まりは、バブル全盛の頃の日本企業の荒稼ぎに由来するものだということは容易に想像がつく。何年か前にどこかの新聞の社説で「日本−カルタゴ論」がのっていたが、私個人としてはどうでもいいことである。
 日本の競争相手はアメリカだけでない。韓国もそうである。少し前に「環日本海経済圏」という経済モデルが流行ったことがあったがその時に韓国側が、「日本海ではおかしい東海である」といってきたことがあった。このことは環日本海経済圏の中心になるのは自分達だという明確な覇権意識の現れと解釈することができる。でも次に政治的、経済的覇権を握るのは中国のような気がする今日このごろです。日本どうなるんかなあでも今が楽しけりゃそんでいいや、ウヒヒ・・・・

5、自民党英雄列伝
 ここでは長らく政権党の座にあった自民党のおもしろ話を・・・

 a)自民党選挙戦略
 さて、ここでは自民党の選挙戦略について書こうと思う。自民党の巧妙な選挙戦略はもちろん、金に由来しているわけである。(政界用語で金のことを実弾と呼ぶ)実際の選挙では平均的な議員で1億2千発〜3千発消耗すると言われている。(もちろん地元や政財界にぶちまける分も含む)
 一方、派閥のボス達は派閥を養っていくために普通の議員の3〜5倍実弾を消費する。また議員達は地元へ帰っても涙ぐましい地盤固め活動を行う例えば冠婚葬祭など好例であり、月1000回葬式に行ったかたもいらっしゃるようである。他にも後援会を、旅行や宴会に招待したりする。支持者にとっても東京にでてきたら候補者の金で料亭へ行きキャバレーからカラオケのコースで遊べるとして非常に頼りがいのある存在として認識されているらしい。一方、候補者は今日も「地域コミュニティ開発費」や「ふるさと創成資金」とかこつけて実弾をばらまき続けている。えらいね。

 b)自民党群雄伝
・大野伴睦・・・第3次吉田内閣成立の際に古田茂の前で狼花節を唱して山口喜一郎を入閣させる。
・園田直・・・・自称「武道の達人」外国の政治家に人気がありアメリカに行った時、どこかの橋の落成式のテープカットを居合抜きでやってくれと請われたそうである。彼の纏うスーツの裏地には猛虎の刺繍がはいっていたという。(阪神ファンではない)その他にも、無類の女好きで知られ正妻には離婚されている。その後、正妻は政党「女を守る会」を結成見事に当選されたらしい。愛称「ソノチョク」

◆これらの「英雄達」のスリーサイズ等は時間の関係で調ベることができませんでした。ご容赦の程を

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