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テーマファシズム
かくて民衆の洗脳に成功せり

by M浦
 「第一次世界大戦後登場した強権的・独裁的非民主主義政治体制。国家による経済の統制を行い民族主義かつ反マルクス主義である」と百科事典的に言えばこう言われるもの。それがファシズムである。とはいえその理論は多岐に及ぶ。しかしここでは、そう言った理論的な説明ではなく、なぜファシズムが第一次世界大戦後の日本やドイツで浸透したかについて触れていくことにしたい。なお、ここでは二つの大戦間における事実関係の説明は割愛することを了承頂きたい。

1.ファシズム=悪?
 時折、第二次世界大戦を評して、「民主主義(善)VSファシズム(悪)」といわれる。はたして、それは正当な考察と呼べるのであろうか。そのあたりをここでは検討していきたい。
 まず、確認しておきたいのは戦前日本やナチスドイツといったファシズム政権は非民主主義的政治体制であることは間違いない。その軍事活動の政治的な目的は植民地を拡大することで自己の経済圏の形成、また天然資源の獲得にある。大戦前、日本・ドイツ・イタリアの三国は世界恐慌時に自己の経済圏を有していなかったために自己の領内以外の地域に対する貿易関税を上げ、自領内の商品を売り買いすることで景気の上昇を図るというブロック経済・を敷くことができなかった(この時の反省からGATTやWTOはできている。その一環として焼酎は高くなった)。そのため、不況が長引いている。この際、イギリス・フランスといった列強は自己の植民地においてブロックをひくことで自国の安定化に成功した。つまるところ第二次大戦における日本・ドイツといったファシズム国家の行動は英米などがそれ以前に行ってきた行動を模範としているに過ぎない。その観点で行くと第二次世界大戦は「帝国主義の残照VSこれから帝国主義になろうとしていた国家」の戦争であったことになる。もちろんこれで、戦前の日独伊の行動を肯定する気はない。ここでは、なぜファシズムが日独伊で浸透していくことになったのかというその要因についての考察を提示することが目的なのだが、「ファシズム国家はユダヤ人を虐殺したし、中国で酷いことしてきたんだろ。だから悪いことに決まっている。」では、思考停止を起こすので、最初に必ずしもそう言い切れないことを説明したかったのである。こうひとつ、前置きを入れたところでファシズムといえばここ。ナチスドイツについて述ベていきたい。

2.ドイツ
 ヒトラー率いるナチス(前身はドイツ労働者党)が創立されたのが1919年、ヒトラー政権が成立するのは1933年。つまり、わずか14年の間にそこまで昇りつめたわけである。ものすごいスピードである。ナチスの宣伝能力の高さがそこには絡んでいるわけだが、その要因に一枚絡んでいるものは何であるか。それは、1920年にドイツで実験放送が始まった宣伝媒体。ラジオである。ヒトラーの演説術で最も有名なのは、簡単な言葉を連呼するという一種のマインドコントロール(ちょっと懐かしい)とでもいうべき方法である。まず、これまでの宣伝媒体は口コミか新聞であった。しかし、口コミではその情報が間違った形で伝わることがあるし、新聞は情報を伝わるが連呼というヒトラーの演説術を使うことはできない。新聞の文字で「ドイツ民族は強い」と書かれるのと、実際に「ドイツ民族は強い×10回」と大歓声(ヒトラーは演説の時必ずサクラを使っていた)で演説されるのは、やはり効果の程が違うだろう。それでも全国演説するには時間がかかる。それをラジオだと一発で全国中に流す。声付きで。効果抜群である。だがもちろんそれだけではない。当時ドイツの状態がナチスの上昇を後押しした。当時のドイツは知ってのとおり、第一次世界大戦敗戦による賠償で歴史的インフレ(札束をトランクいっぱいに入れてコーヒーが一杯分とも言われた)を起こし、世界恐慌でアメリカの資金援助は途絶え、失業率は上がり続けていた。政権与党である労働者党であるはずの社会民主党(日本のとは別ですが・・・)は一貫して資本者階級の味方をし続け、労働者の期待を裏切り、労働者暴動が多発していた。そう言った中でヒトラー一派の言動はある意味一貫していた。つまりは「ドイツ民族至上主義、反ユダヤ人主義、白色人種至上主義、帝国主義」といったものである。また、ナチスは労働者や農民の保護、旧弊の廃止、福利の向上といった民衆が飛び付きそうなことも提示していた。この時の労働者の状況、このうたい文句は当時の民衆の判断力を狂わせるに十分であった。その証拠ではないのだが、当時の民衆がはっきリとした何かを求めていたのが、1933年3月の総選挙、ヒトラー政権が成立する直前の選挙にあたるのだが、この時の選挙で極右のナチスと極左の共産党がそれぞれ4割を占めるという極端な結果に出てきている。その選挙結果が、もちろん裏で資本家の援助があったのは事実ではあるがドイツ民衆がナチスを選んだのは間違いない事実なのだ。

3.日本
 ドイツの統一を果たしたヒトラーがその政治体制を羨ましがったとされる国がある。戦前の日本である。当時の日本の政治体制は「八紘一宇」を基本理念とする「世界新秩序」を建設するために国民を総動員する体制で、その権力の維持が天皇・国体の尊厳に求められる天皇制ファシズムと呼ばれている体制である。なぜ日本では天皇制ファシズムという別の言い方で呼ばれるのかというと日本の場合はその体制が上からのものであること。つまり選挙によって成立したものではないことに起因している。そのため日本はファシズムではないという議論も存在しているが、間違いなくファシズムであるヒトラーが求めたという体制であることから日本の体制はファシズムにしてしまっても問題は特にないだろう。ということでその問題には深くはふれない。
 それでは、日本の場合この体制はどのように形成されたのか。やはり、それは一種の宣伝によってなのか。さきほどドイツではラジオが宣伝媒体であったと書いたが日本ではそれは当てはまることはない、確かに日本でも1925年ごろからラジオ放送は始まっていたが、それほど普及していた訳ではないし、天皇の玉音(天皇の声を戦前はこう呼んだ)がラジオから流れたのは1945年8月15日まで待たねばならない。つまりラジオ放送は特別その体制の確立に寄与したわけではない。しかし別にしっかりと天皇制ファシズム体制確立に貢献したものが存在した。それは「朕惟フニ・・・」から始まる文面で1890年にだされた教育勅語である。元々は明治維新後自由民権運動盛んな時期に、今後の教育方針を儒学中心かこれまでの洋学中心かに定める教育論争に決着をつけ、これからの日本の教育は儒学中心で行うことを表明したもので、実は教育勅語自体に本来はそれほど重要なウエイトはなかったとも言われる。しかしそれを一変させたのは翌年の明治24年に出された小学校祝日大祭日儀式規程と呼ばれるものである。その内容は祝日大祭日など行事には生徒、児童は学校に来て校長の読む教育勅語を最敬礼で聞くこととしたものである。ここにきて教育勅語は天皇の意志、つまり忠君愛国の精神を国民(当時は臣民だが)に伝える媒体になる。加えて修身の授業においてもその精神が強調されている。もっとも初期の修身はそれほど極端ではないが昭和に入ってくると教科書に戦闘機や戦車が堂々と載っているといった軍国主義そのもののないようになる。歴史でもまたそのはじまりがいきなり天照大神から始まるといった風に、天皇制の護持を図る目的の内容になっている。こうした教育が明治から連綿と続いていた。それは、明治当初天皇に対しおそらくは特別な感情を持ってはいなかった日本人に天皇制絶対ということを植えつけていったのである。そして、第二次世界大戦の時にはその教育を受けていた人たちが親になり教師になり軍人になっていたのだ。その時間的長さゆえに日本では天皇制絶対がドイツにおけるナチズムよりも深く浸透していた。それは、終戦時ドイツでは何らかの暴動が起きたにもかかわらず、日本では全く起きなかったことにあげられる。そのあたりがヒトラーをして理想的状態といわせたのである。

4.総論 〜ファシズムが20世紀において与えられた役割とは〜
 ここまではファシズムがなぜ日本やドイツで浸透していったかについて触れてきたが、最後は20世紀におけるファシズムの役割というものについて考ておきたい。
 ファシズムと民主主義。この二つは第二次大戦において何か相対したものとして扱われることが多い。しかし、少なくともドイツやイタリアにおいては民主主義の基本たる一般選挙においてファシズム政権は誕生している。これは何を意味するのか。それは、民主主義の結末のひとつにファシズムが存在している、そういうことではないのだろうか。ファシズム政権成立時民衆は餓えていた。当時の政権に絶望していた。それが、民衆を特効性のありそうなファシズムに走らせた。たとえ間違いであってもその選挙結果が真実になる。その恐ろしさを知らせているような気がしてならない。
 また、これは特に日本で言えることであるが、当時多くの偽情報が新聞や電波を通じて流された。そして民衆はそれを鵜呑みにした。間違った情報からは正しい判断は生まれようもない。民主主義が民衆の判断によってその方向性が左右される以上、送られてくる情報を吟味し自分なりの判断を下すことが必要になってくる。ましてや現代ではインターネットによって個人が情報を文字通りばらまける時代でその情報は正誤問わず一日で全世界を駆けめぐる(ダイアナの死亡時にも謀殺説とかがネットを中心として流れた)。だからこそ、情報の正誤を見極める判断力を持つことが必要不可欠になる。これも、ファシズムが残した教訓ではないかと考える。
 一応の本文の結論になるのだが、そういった判断力を培うことが今の教育に必要なことのひとつになっているのではないか。口で言うほど簡単ではないのだが、必ず必要なことだと自分では考えている。

参考資料
 ヨーロッパの政治 篠原 一   東京大学出版会
 ファシズム 山口定   有斐閣出版
 十五年戦争小史 江口圭一   青木書店
 対話への道徳教育 徳永正直・堤正史・宮嶋秀光 ナカニシヤ出版

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