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はじめに
この冊子は、20世紀を扱った幾多の書物に比してその不完全さは他に類を見ないだろう。この20世紀という大テーマが決定したのは今年の春であった。その決定経緯には多く問題があった。それはまず20世紀を考えていく上での“骨組み”ともなろう主題の不明確さであった。この点については、幾度となく話し合いが行なわれ結局夏まで議論は続いたが、明確な答えは見出せなかった。ここで焦点となったことは、20世紀の切り口についてであった。政治・経済という枠で括るのか、この世紀を何等分かして時代という分類で見ていくのか、はたまた日本を中心として世界の動向に目を向けるのかであった。20世紀という100年の複雑さからみて、我々の安易な考えでは答えが出なかったのも無理はないと思う。こうして、全体の方向性としてはあえて何物にも束縛さおず、レポーターの独自性に焦点をあて、レポーターなりの視点において検証していくことになった。だから、我々が日常陥りがちな他の書物の内容の受け売りを恐れたのは当然で、これは再三にわたって心がけたことである。そして20世紀を検証する上で、小テーマを12設定した。この設定については各部員20世紀における、部員なりの視点にたって考えた論点設定であり、一見すると片手落ちの感もあり諸賢には甚だ不満なことだと思いますが、内容自体では各自鋭い論究が為されていると思います。またこの不足気味の小テーマに付言する意味で今回より小テーマと小テーマの間に歴史部版コラムを企画しました。これは、小テーマの不足を補う意味と、紙幅の関係上や学部4年生で参加したくてもできない人にも執筆してもらおうというねらいがありました。そのテーマ設定・内容も部員自らの意志に完全に委ねましたので、テーマ的に突飛なものもあろうかと思いますがご勘弁ください。
本年この“20世紀”というテーマで進めていくことには少なからず不安がありました。まずは上記した方向性の面、それに書籍やテレビなど近年さかんに20世紀を取り上げた特集がある点で二番煎じになるのではないかとか、漠然としすぎていてかえって難しいなどでした。しかしこの作品は、たしかにその専門性・高度な表現手段もなければ、資料類にも満足のいくものではなく、その完成度はとても世間一般の書物や作品などの足元にも及ばないでしょうが、この作品は歴史部なりの20世紀への精一杯の主張であり、問題提示であり、独自の見解であるということを理解していただきたい。ただこの100年を、四半世紀しか生きていない輩の意志表明であるのだから、他より多少なり斬新さや目新しさはあるように思う。この点では他に類を見ない新鮮さがあるのだということを自負し、最初に掲げた他に類を見ない不完全な冊子というレッテルを幾分とも補完できれば幸いである。
末筆ではございますが、本冊子を完成させる上で就職活動等忙しい時期にもかかわらず積極的に学習会等に参加していただいた4年生一同、それから本年度より、御多忙にもかかわらず歴史部の顧問をご快諾いただいた法学部の松田先生、また歴史部の活動や作品などに熱心に指導や批評をしていただいた前顧問の大石先生には紙面を借りて深甚の謝意を表したい。
1997年10月21日
大祭を控えて猫の手も借りたい今日この頃…
自室にて
歴史部部長 プチトマト
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