ワールド・ラブ通信トップへ

テーマ高度経済成長
宗教法人20世紀
〜高度経済成長と数字信仰〜


by赤いナポレオン

   1,高度経済成長とは何だったのか?
 1945年、大日本帝国(以下、旧帝国と呼称する)は1930年に始まる15年間の戦役に身上を潰して滅びた。1945年は明治維新以来、「脱亜入欧」を唱えて海外に市場を拡大する事に努めてきた旧帝国の存在意義かアジア太平洋戦争の全面的敗北によって、否定された象徴的な年であったと共に80年以上に渡って日本人が抱き続けてきた成長マインド(天皇制イデオロギーをベースとした独占的資本主義)が否定された年であったとも言える。
 1945年からの数年間、日本の主要都市が殆ど焼け野原であった事実は教科書に掲載されている写真や、まだまだ当時の生き証人がゴロゴロいて嫌でも耳に情報が入って来る事から御存知の方が多いと思うし、戦争に敗北したのであるから廃墟になっていても何ら不思議は無い。
 ただ、あれから52年と言う時間の経過した今日の状況はどうだろうか?大型量販店やコンビニエンスストアーの商品棚には親の仇とばかりに物が溢れ、店先ではガキがシール欲しさにチョコをドブの中へ投げ捨てる始末。戦中・戦後の修羅場を生き抜いて来た世代からすれば、ひきつけを起こしてしまいそうな状況下にあると言えるが、私見ではそれだけ社会に出回る物の絶対量が増えたとも見ることができるので、むしろ喜ばしい傾向とさえ言えるかもしれない。(チョコではなく、付加価値たるシールが再生産に寄与していると言う問題を除けば)
 「食ベる為に吐き、吐く為に食べる」という言葉がある。かの哲学者セネカがローマ人の悪食を批判した言葉だが、逆に解釈すれば当時のローマが地中海世界にいかに大きな影響を及ぼし、富を蓄積していたか?としてパックス・ロマーナの繁栄を裏付けている様にもとれる。ロマーナになぞらえたパックス・ジャパーナと言う言葉があるが、これはまさしく今日の経済的覇権に裏付けられた日本の繁栄ぶりをセネカの批判したローマ帝国に照らし合わせた、一流のレトリックであろうと筆者は思えてならない。余談ではあるが、ネコが出てきて「ニャーニャニャ、食い物を残す為に輸入する国も珍しいニャー」と言うACの宣伝があるが、ネコよりも燃え盛るカルタゴ市かローマ市を再現して流した方が、ブラック・ジョークでは無いが余程インパクトがありそうな気かするのは私だけだろうか。
 敗戦直後、日本に進駐してきた連合国軍将兵は戦災によって荒廃した国土を「ゴーストタウン」と口走ったそうである。「ゴーストタウン」とは今日の日本からはあまりにもかけはなれた表現とも思えるが、当時は紛れもない事実であったので特に問題はない。ただ「ゴーストタウン」から一転して不夜城の如き今日へ、いかにして飛躍してきたのか。それを高度経済成長に求めようとする私の考えは、まだまだ甘ちゃんなのだろうか。

   2,高度経済成長の実像
 経済成長という現象は、人間が経済活動を開始した古来より見られた現象であった。ただそれが、より規模が大きく、そして目立つ形で現出しだしたのは貨幣経済が本格化しだした頃であろう。そう考えれば、経済成長と言う物を特に有り難がったり特異な現象として見るのは適当ではなく、あくまで物質文明の進度の目安として見るのが適当ではないかと私は考える。戦後日本における高度経済成長もまたその例外に漏れず生産力の復興・向上と言う既存のレールの上を走る物だったが、ここでは経済成長の一般論に終始して終わるのではなく高度経済成長を20世紀の数ある経済成長現象の一枝として焦点を合わせ検証しようと思う。

  A,高度経済成長の歴史的段階
 手抜きかと思うが、まずは下記の年表を御覧頂きたい。

1.第二次世界大戦後の復興と高度経済成長
[戦後の復興期](1945〜54)
 経済の民主化
(1)財閥解体→企業間競争の出現、革新的・積極的企業活動の展開
(2)農地改革→自作農の創出、地主制をほぼ解体→農家の所得水準の向上、国内消費市場の拡大
(3)労働改革→労働三法の制定、労働者の権利確保→労働条件・賞金の改善、国内消費市場の拡大

 傾斜生産方式:基幹産業(石炭・鉄鋼)への資材・資金の集中→他産業への波及効果による全体的な生産の拡大

 アメリカの対日援助
〇ガリオア(GARIOA、占領地域救済政府資金、食料・衣類品などの供与)
〇エロア(EROA、占領地域経済復興援助資金、工業原料・機械などを供与)

 ドッジ・ライン:超均衡予算の編成、1ドル=360円の単一為替レート設定→インフレの収束、安定恐慌の発生

 朝鮮戦争(1950〜53)→特需ブーム→安定恐慌からの脱出、高度経済成長の基盤を形成

[高度経済成長期]
 神武景気(1954.11〜57.6)
…設備投資中心、「もはや戦後ではない」(経済白書S31)→ナベ底不況
 岩戸景気(1958.6〜61.12)
…消費ブーム→大衆消費社会の到来、「国民所得倍増計画」(池田内閣、S35)
 オリンピック景気(1962.10〜64.10)
…「国際収支の天井」からの回復、好調な輸出、建設投資ブーム→S40年不況
 いざなぎ景気(1965.10〜70.7)
…GNP、資本主義世界第2位の経済大国に、戦後最長の好況期(57カ月)
 列島改造ブーム(1971.12〜73.11)
…田中内閣の「日本列島改造計画」による積極拡大策→物価上昇、モノ不足

[第一次石油危機](1973)
:OPEC(石油輸出国機構)による原油の大幅引き上げ→狂乱物価、戦後初のマイナス成長(1974)

2.石油危機以後の日本経済
[安定成長の時代]
↑高度経済成長の終焉←第一次石油危機(→スタグフレーション)
[国際化の中の日本経済]
…貿易摩擦→内需主導型経済への構造転換、プラザ合意→円高不況、円高と産業の空洞化
[産業構造の高度化]
…経済のソフト化・サービス化、バブル経済の崩壊→リストラクチャリング&リエンジニアリング


 年表にある様に1945年以来、日本経済は復興と発展のレールの上を走り続けてきた。年表中の各事項に関しては、今更あえて細かい補足を加えるつもりはないが、日本が「ミラクル・ジャパン」と呼ばれる程の経済成長を遂げた理由を、私見ながらあえて述べると
l、基幹産業への積極的投資
2、米ソ冷戦構造を背景に世界各地で頻発した局地紛争が需要を産み出し基幹産業を中心として各種産業の生産力が向上し、それが投資を拡大させるに至った事
3、金融における護送船団方式に代表されるような、政府の産業保護政策が充実していた事
4、日本社会の特性とも言えるのか、節制の理念が高貯蓄率を実現させ、それが投資分にまわった事(ボーナスなど臨時所得のウエイトが大きい事もあるだろうが)
5、1960年代にはアメリカが経済覇権国としての地位を失い、日本の地位が相対的に高められた事

以上が私見ではあるが高度経済成長が実現に至った要因であろうと思う。

  B,ケインズの亡霊
 高度経済成長をサラッと見てきた訳だが、その過程は何かと似ている様な気がしないだろうか。そう、アメリカのニューディールである。1929年に始まる世界恐慌は、アメリカのみならず世界経済に打撃を与えた。それまで世界経済を支配してきたのは、供給が需要を産み出すと言うセイの法則に代表される古典派経済思想だったが、1929年は見事にその限界を露呈したのだった。
 そこで古典派に変わる新しい経済思想が要求されてくる訳だが、それを提供したのか複雑な数式で理論武装したケインズ学派に代表される理論派経済思想だったのである。経済学と言えば複雑な数式とグラフの塊であると言う数学嫌いな者達の経済学認識は20世紀特有の物と言えるかも知れない。
 ともかく、経済上の諸現象は神の見えざる手による物として考えてきた前世紀までと較ベれば、今世紀の理論派経済思想はそれまで解明されなかった経済学上の「神」を解明したこととして、大きな功績があると認められるベきであろう。以上の様な事実から1929年は、経済学上の概念において画期的なパラダイム転換をもたらした年と言えるだろうし、こう考えれば戦後日本における高度経済成長はニューディールの焼き直しと言うことになり、経済思想の系譜からすればさして大きな意義を持つかどうかは疑問が残る。ただ1929年が世界経済にとってエポックメーキングであった様に、日本経済にとって高度経済成長はエポックメーキングてあった事は問違い無いだろう。高度経済成長はA・スミスの亡霊ではなく、ケインズの亡霊に身を任せたのである。

   3,人間と数字
 「供給が需要を産む」から「需要が供給を産む」へ、この画期的なパラダイム転換は経済界に大きなインパクトをもたらした事は前述の通りだが、次にこの動きが社会にどの様な影響を与えていったのかを考えることにする。
 理論派経済学は、表記化された概念である数字とそれを用いた数式やグラフを駆使して古典派にとっての「神」を数値化し解明してみせた。古来より人間は様々な自然現象について理解できない範囲で「神」または「神のなせる技」と言う表現を用いてきたが、19世紀から20世紀に至る科学技術の躍進はそれらの理解できぬ諸現象を次々と解明してきた。「燃焼理論」「遺伝の法則」や最近、話題になっている「DNAの解明」などがその好例であるが、神は一旦解明されれば途端に神としての地位を喪失してしまう。以上から文明の発達と言う物は神の墓標を生産していく事といえるかも知れない。
 しかしその反面、人間は自らが創出した文明から新たに神を作り出してきた。「科学」である。科学を神として位置付けることのできる一番の根拠は数字ではないかと私は考える。なぜなら1はどこから見ても1であるし、0はどう転んでも0である。数字にはナザレのユダヤ人やメッカの豪族以上の普遍性が備わっているのだ。イメージが重視される神の概念においてどの面から見ても同じであり、恒に確実性を与えてくれる数字は神の理由付けとして最もふさわしい存在ではないだろうか。
 近代科学は合理性を基礎に成長してきたが、その合理性を象徴する物こそ数字ではなかったかと私は考えたいのである。だから近代科学の一枝として発達してきた理論派経済学も上記のカテゴリーから逃れることはできないのであり、そこから数字信仰の性格を数字嫌いな私としては強く汲み取ってしまうのである。
 文明は神を殺し新たに神を創造する。文明の担い手は人間であるのだから、神の生殺与奪の権は人間の手中にあると言っても過言ではないかもしれない。では神とは何か? 神とは人間の創造した免罪符なのである。(しかもリサイクル性が備わっている)あくまで私見だが・・・・

   4,数字と20世紀
 以上20世紀における神は数字であると述ベてきた。ハーディング時代のアメリカの「永遠の繁栄」さえも事実ではあるが、確実性を持たない虚像であったのだ。しかし人間は普遍的な確実性のみに縛られて行動するわけではない。人間が確かな拠り所のみに頼って生きる動物ではない事は、歴史上数多く見られたバブル景気に証明されている。何故、実体のない対象に対してあれ程大規模な投資が行われたのだろうか。またギャンブルが横行するのだろうか。これはもう、人間の本能に由来している部分もあると割り切るしかないのか・・・
 20世紀は数字の時代である。視点によって見え方か異なる歴史学や哲学の時代では決してない。では数字とはそれ程全能の物なのだろうか? 解答は否である。人間が得る情報は必ず主観が伴う。主観こそが人間の価値判断基準なのてあり、数字もその例外ではない。例えば競馬場に一日たむろしているオヤジにとって価値のある数字とはオッズや勝率なのであり、株価の動向がどうなるかと言う事など何ら価値の無いことであろう。(株も競馬もやるオヤジもいるだろうから一般論にはならないが)
 と言う事で、数字の普遍性が証明されてしまったので数字はもはや神ではなくなった。しかし見え方は変われど、確実性が全て失われた訳ではない。これからも数字に代替するものが出てくるまで、数字は判断基準であり続けるだろう。
 数字が支えた20世紀は科学の時代であった。では経済においてはどうだろうか? 下々にまで数字が普及し経済活動が活性化したのも、数字が20世紀において果たした大きな功績ではないか。しかしその反面、過剰なGNP信仰による経済活動拡大で自然破壊の目立った時代でもあったと言う事も見落としてはならない。でも私見では人の生きた証こそが何よりも先行すると考えているので特に問題は無いのね。(あくまで私の考えね!)以上より20世紀と言う時代は世界的規模での数字信仰がもたらした「経済の世紀」とも位置付けることができるのではなかろうか。高度経済成長も結局は数字信仰と言う大きな渦の中から脱することはできない。20世紀とは数字信仰に裏付けられた巨大な宗教法人だ。

P・S   しかし神は死んだのである。


〜参考文献〜
「ゼミナール日本経済入門」 日本経済新聞社編
「政経資料集、97」    清水書院

ワールド・ラブ通信トップへ

このホームページのホストは GeoCitiesです無料ホームページをどうぞ