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コラム
教育問題
by神田くん(&赤いナポレオン)
最近、中高一貫教育が話題になっている。「少しでも子供達の受験の負担を軽くしょう。」と言う趣旨らしいが、果たして本当に楽なのだろうか。中高一貫教育制度の導入によって、受験年齢の低下が予想され得るが結局、中学入試の時に苦労するか、高校入試の時に苦労するかのちがいだけで、苦労するのは同じのように思えるのである。中高一貫教育制度とは、単純に六年間セーラー服や学生服を着ると言うことを意味するのではない。読者諸兄も高校入試の時の事を、思い出して欲しい。中学校三年間の経験を素地に自分の進路を選択した記憶を。あの三年間がいかに、自分の人生において大きな意義を持つ物であったかと言うことを・・・つまり中高一貫教育制度の導入とは、深読みをすれば思春期における重要なターニングポイントが永遠に失われると言うことなのだ。
もちろん中高一貫教育制度にもメリットが無い訳ではない。子供達にとっては受験戦争と言う、プレッシャーから解放され六年間のびのびと学生生活を送ることができるのである。そこでは、学問またはスポーツなど自分が本当にやりたいことに六年間を費やす事ができる。要約するならば、「子供達は六年と言う時間を自由に使うことができる。」と言えよう。この様な側面から見れば「中高一貫教育制度ってそんなに悪くないじやん。」と思えるが、中高一貫制度に懐疑的な人は、こう考えるだろう。「だけど最後に大学入試が待っているし、中学校に入学する段階で受験を経験する訳だから、結局は受験戦争という呪縛から逃れたことにはならないのではないか。」と。
その意見も尤もである。ではこうしたらどうか。中学校に入学する段階では学力による選抜は、一切行わない・・・つまり高校の義務教育化である。この案を実行することによってもたらされる、更なるメリットは現存する高校間の学力レベル格差を克服できる可能性があると言うことである。これによって、良い高校に入れば良い大学に入れると言う既存のレールは破壊され、全ての学生が最後まで自分の可能性を信じて努力していけるようになるのではないだろうか。しかし筆者の所感としては、中学校三年間までの現行の義務教育の段階においてさえ顕著な学力差が認められるのに、これが六年間に延長された時にその差は更に拡大すると予想される。そうなれば、高等教育の段階で授業をスムーズに進行させていく必要性から、学力グレードに応じたクラス編成をしていかざるを得なくなるだろう。これは現行の高等教育の細分化に拍車をかけるだけの結果に終わるような気がしてならないのである。
中高一貫教育制度に、代表される一連の学制改革(他にも、4・4・4制などあるが)は、日本教育界に課せられた急務と言えるが学制改革以前に筆者としては学校教育の本質を再度見直す方向にも向かって欲しいものである。ところで教育の本質とは、個人の可能性を最大限に引き出すことである。日本社会は、伝統的に個を軽んじ場を重んずる風潮があり、教育も多少ならずその影響を被ってきたことは、読者諸兄も知るところであろう。そこから個を重視する方向へと転換することは容易ではない。問題解決の糸口は日本社会に深く根付いた集団主義をどこまで払拭できるかにかかっていると筆者は思う。
ところでビル・ゲイツ氏を御存知だろうか。彼の最終学歴は高校であるが、今や世界一の大金持ちである。良い高校、良い大学、良い就職先と言うレールの上で動く日本社会からすれば、甚だ型破りな例に見えようが、彼の生き様こそ行き詰まりの様を呈する、日本教育界に波紋を投げかけている様な気がしてならないのである。
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