レキシキトップへ

*94年度


 作戦名:魔首領奴素子事務員おねえさん作戦
 指揮官:いくま
 使用兵器:自作性格判断テスト
 発案:いくま
 販売価格:300〜100円
 原材料単価:ほぼ0
 作戦実施期間:11/4・5・6
 戦果:35000円前措
 損害:5000円前後
 作戦区域:4号館412教室
 客数:200名強
 純戦果:29000円

 いくまの胸にはひそかな野望があった。一年前、93年度の大祭の敗戦の原因は、原材料費がかかり過ぎたことだ。原材料単価200円のYGテストを、もっと安くできないものだろうか。そうだ。自分で性格テストを作成してしまえばいい……。去年のノウハウがある。客数も予想がつく。自分で作成するならば、原材料を仕入れ過ぎて失敗することも、足りなくて失敗することもない。原材料費は、作成者の労力と紙代だけ(学内の印刷機を使用したため)、失敗する可能性はごく低いはずだ。
 9月、部会で“いくま”はこの自作性格判断案を出すのだが、部員の多数決により“いなちん”案のヨーヨー釣り案が行われることになった。しかし、いくまはうかつにも部長会議でテントはいらない、と言ってしまっていたのであった。ヨーヨー釣りを教室で行えるわけもなく、とにもかくにも“いくま”は局にかけあってテントの場所を用意してくれるよう依頼することになったが、いくまの不手際もあって結局テントは借りられなくなった。
 こうして、次点であったいくま案性格判断が行われる。
 いくまは寝る暇も惜しんで性格判断を作成していった。客はどうせ一見さんとはいえ、それなりに納得させられるものを作らなくてはならない。大変面倒ではあったのだが、このあたりの苦労は割愛させていただく。
 去年のノウハウを生かして、準備は順調に進められていった。
 看板・ビラ、巨大吊り看板、そして研究発表が作られていく。前年度の非効率的アナーキー準備を反省して、それぞれの分野について代表会で責任者を決めて仕事をこなしていったのだった。性格判断作成責任者は“いくま”(一人で作った)、看板作成責任者“ランバ・ラル”(および他多数)、研究発表作成責任者“素子”(および他多数)の指揮の下に、前日までに準備は完了した……と言いたいところだか、研究発表のみは数々の手違いにより、大祭初日の昼まで作業は終了しなかった。研究発表作成には、ギャンブラー湊が印刷機の鬼と化して大いに奮闘したことをつけ加えておく。
 前日までに、いくまは当日の役職を決定していった。94年攻防戦には、前年の倍の兵員が参戦するため、それぞれの役割を定めておく必要があったのである。それを紹介したい。
 ・総司令官:いくま
 ・副司令官:ランバ・ラル
 ・内勤方面軍
  装飾長官兼番頭(当日急設された役職):きゃみさん
  解説師団長及び解説師団員:河合・法王・いとさん・いなちん
  採点師団長及び採点師団員:素子・亀さん・大僧正・つうじん・神谷さん・Q
 ・外勤方面軍
  勧誘師団長及び勧誘師団員:ぢ・赤いナポレオン・ギャンブラー湊

 94年度大祭攻防戦は一抹の不安をはらみながらも、万全の体制出行われることになった。 しかし水面下では、総司令官“いくま”の身体は気づかれぬままに病魔に犯されつつあったのである。

・11月4日(金) 晴天 強風
 前年の教訓から、初日の午前は客は来ないことは分かっていた。その間に未完成であった研究発表は完成される。
 しかし問題が2つあった。1つは巨大吊り看板、もう1つは“いくま”の病状である。
 前年度の反省を踏まえて1回り大きく作成された吊り看板は、朝地上から見てみるとその場になかったのである。どこかに飛んでいってしまったのかと慌てたが、それはおりからの強風にあおられて屋内に吹きもどされていただけであった。
 第2の問題は、足の裏が得体の知れぬ皮膚病におかされ、“いくま”は歩くこともままならなくなってしまったことであった。前年の勧誘2ndエース“いくま“は、3日間通じて勧誘を行うつもりだったのである。やむを得ず、“いくま”は内勤を中心に作戦行動を行う。
 前年通り、いくまはスーツだった。勧誘師団の面々もスーツ姿である。勧誘師団員は10時ごろより作戦を開始する。
 昼ごろからは徐々に客がやってくる。早速河合の狂気解説が猛威を奮った。いくまも、己の作った性格判断ゆえに、あることないこと並べ立てて客を眩惑した。
 初日の戦果はおおむね予想したとおりであった。販売数は20〜30枚。この売上だけですでに支出分はさばけたのである。明日からの売上は、イコール純利益であった。

・11月5日(土) 曇り 強風
 初日の作戦を経験した部員たちは、すでに戦闘処女ではなかった。ヴェテランとなった各師団員は、前日以上の戦果をあげるべく各所で作戦に奔走した。
 二日目の特色は、各師団の他師団への協力であった。多くの部員が様々な方面の作戦に従事したのである。それは予想を遥かに越えた客の来襲から、自然になされたことでもあった。解説・採点・勧誘すべてに、“いくま”をはじめとして多くの部員がたずさわったのである。初めは未熟であった他方面での戦闘も、2、3の経験を重ねるうちに熟練したそれへとなっていった。
 “いくま”は全員の技術・士気に安心し、法王の持ってきたレミーマルタンをすすりつつ、足の裏を気づかいつつ、解説・採点(たまに勧誘)を行う。
 とにかく全方面軍で、恐るべき客の来襲のために昼食を取る暇もないほどであった。
 それらは“赤いナポレオン”によるところが大きい。勧誘師団の赤ナポは、勧誘における従来の戦法を大きく塗りかえたのであった。赤ナポは自らに化粧をほどこし、従来は屋外で行っていた勧誘を屋内で行ったのである。屋内で何となくうろうろしている客を捕まえて、そのまま誘導して引っ張ってくるのである。この赤ナポ戦法によって、飛躍的に客数は増える。
 採点師団も熟練の度を増し、“いくま”がはじめ1枚2〜3分と見積っていた採点を、1分程度でこなすようになったのである。そしてそのまま解説まで行うものもいた。例えば“つうじん”、後には“素子”である。
 解説師団の解説は好評をはくし、一度きた客が仲間を引き連れてもう一度やってくることもままあった。解説師団員も、採点能力は非常に高い。
 この日は、100人弱の客を撃破したものと思われる。もはや笑いが止まらなかった。
 しかし、最終日に向けての不安はいくつもあった。
 “いくま”の病状、最終日の“赤ナポ”の不在(バイトのため)、そして翌日の天候……。

・11月6日(日) 曇り時々雨 強風
 その日は曇りがちで、今にも雨が降りそうだった。
 雨は祭りの大敵である。客足全体がおおいに減少するはずだ。
 しかし、雨はむしろ歴史部にとって幸いをもたらしたのかもしれない。これについでは後に触れていこう。
 最終日の最大の行事は、何と言っても魔首領奴素子の正装姿であった。彼女はリクルートスーツを着込み、信じられぬことに化粧までして勧誘を行ったのである。その姿については、意思表示ノートNo.4を参照されたし。とにかく滅多にみられるものではない。
 雨は降り始めたが、商売は繁盛した。雨が降り始めたために客は屋内へやってきて、そこに勧誘師団の赤ナポ戦法が炸裂したのだ。“赤ナポ”不在ながらも、勧誘師団は多大な戦果を上げた。ことに“ぢ”は勧誘師団長として、前年の“こぱっち”にも劣らぬ戦果を上げたのである。“ぢ”の撃墜数は、3日間通じて40〜50機にものぼる。
 前日以上の客をさばき、最終日は100枚前後の売上を見せた。最後の客と記念写真を撮り、「魔首領奴素子事務員おねおねえさん作戦」は大勝利のうちに幕を閉じた。
 純利益は29000円前後、前年度利潤比較は5800%増であった。
・後日談その1
 打ち上げコンパに、“赤ナポ”はバイト先から駆けつけるはずであったが、地図の不備などにより結局“赤ナポ”は参加できず、一人寂しくミニストップでピザなど喰らう。“いくま”は慰労と赤ナポ戦法創始の功を賞して、破傷風になりそうな一級錆十字勲章を授けた。「こんなんいるかい!」と赤ナポ。
・後日談その2
 部屋の装飾を行って雰囲気を和らげた“きゃみさん”に対して、“いくま”は二級錆十字勲章を授けた。
・後日談その3
 打ち上げコンパでベろんべろんになった“いくま”は、調子に乗って化粧をし、あまつさえ湊にキスまでした。翌日スーツは口紅だらけ。
・後日談その4
 いくまの足の裏の皮膚病は水虫であった。

レキシキトップへ

このホームページのホストは GeoCitiesです無料ホームページをどうぞ