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序文
あるサークルの部長をしてみていろいろと学んだことがある。それは忍耐であったり挫折であったり感謝であたりした。何にもましてもっとも学んだことは、歴史が役に立たないということである。
この文章は、歴史部の歴史である。その始めが歴史は役に立たないというのでは、二重にこの文章を否定してしまう。歴史が役に立たないなら歴史部は役に立たないし、歴史部の歴史はもっと役に立たない。しょっぱなからつまづきそうだが私の信念だから仕方かない。
一つだけこの歴史記を書くにあたっての思いがある。決して「思い出のアルバム」を書きたくはないというのがそれだ。歴史には危険な習慣性がある。カエサルを読めばどきどきするし、信長を読めばわくわくする、けれどもそれだけなのである。歴史には過去を振り向いて、体験してもいないノスタルジーに捕らえてしまう習慣性かあるのだ。
たとえ著者が「思い出のアルバム」以上歴史を書きたかったにしても、その歴史が「思い出のアルバム」以上になるか以下になるかは、読者の読み方で決定してしまう。そして歴史を好むほとんどの人間は、「思い出のアルバム」としてしか歴史を読まない。歴史部員も例外ではない。というよりも、歴史部員こそがもっとも「思い出のアルバム」を欲している人種であると断言しよう。歴史は役に立たない。過去の物語をのぞき見するだけのものであるかぎり決して役には立たない。
魔首領奴素子はE・H・カーの「歴史とは過去と現在の対話である」の言葉が好きだった。対して私はA・ビアスの「歴史とは人類の巨大な恨みである」を好んでいる。「対話」などというヌルい言葉で味わう歴史はノスタルジーだ。現実をいやがおうでも引きずりまわしている「恨み」としての歴史を描きたい(誤解のないようにことわっておくが、私が歴史部を恨んでいるとかそういう次元の低い話じゃないよ)。
つまり「歴史記は部員の巨大な恨みである」。
とりあえずジュース爆弾の後かたずけさせられたのは恨みだな。
ランバ・ラルが悪党三人に家を襲撃されたのもたぶん恨みだな。
・・・・・・あれ?
この歴史記は、魔首領奴素子が部を創世してからを描き、いくまの治世で記録を終える。私はいまだ部長の任期中ではあるが、鳥頭(鳥は三歩歩くと物事を忘れるらしい)なので記憶がもたないために、これから何年にわたるかは分からぬが現在より歴史記を記し、任期終了とともに歴史記を書き終えるつもりだ。
当事者の述べる歴史は自らを弁護したものか、あるいはカエサルのように徹底的に客観公正な立場で書くかどちらかしかない。むろん後者が望ましいのだが、よほど文章力がないと客観公正でなおかつ面白い歴史は書けないのである。私はカエサルになろうとするほど無謀ではないので、現実を曲げない程度に作為や演出を混ぜていくつもりだ。
まずは面白くなくちゃね。むろん自己弁護のためではなく、エンターティメントの奴隷だからである。
そもそも私が歴史記を書こうと思いいたった根本的な動機というのは、部長としてあまり偉大でも名前が記憶されそうもないので、せめて歴史家として歴史部にひっそりと生きていけたらいいな、などというなさけない動機なのである。そもそも弁護する必要があるほど働いたわけではなかったし。
1994年11月19日
レヒ河畔ランツべルク要塞拘置所にて
二代目部長 いくま
文中敬称略。
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