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ロシアの発展と帝国主義
by赤いナポレオン
はじめに:ロシアは欧州の大国ではないアジアの大国である。
〜INTRODUCTION〜
さて皆さん、今回のお題はロシアです。このロシア(旧ソ連)についてどのような先入観をお持ちでしょうか? 私は、「寄らば首をはねるぞ!!」や「シベリア送りにするぞ」と言ったスターリン=ピョートル式お茶目さを感じる好きな国の一つです。
何よりも戦争になって敵に領土を侵略されることがあっても、自国の村や町を焼き払ってくい止めることのできる精神を持ち合わせているような国家です。もう何も言いますまい。日本海に何を捨てようがかまいません。ただ己の信ずる道を驀進してヨーロッパ一の傾き者になってくれることを祈るばかりです。それではロシアがどのようにして現在のイメージを作り上げたのか? その過程を中心に眺めていくことにしましょう。
(1)近代ロシア帝国の誕生
ロシアと言う国が歴史の表舞台に登場したのは16世紀のことでした。それまでは、キエフやノヴゴロドと言った地方政権が存在するのみであって、これらも12〜13世紀にタタール(いわゆるモンゴルのことですネ)の侵入を受け壊滅に追い込まれてしまいます。
さてタタールの支配下におかれた3〜4世紀間ですが、この時代にロシア人がどのようにしていたか気になりませんか? 私はすごく気になります。でかい口をたたくことが許されるなら、現在のロシア人の精神構造はこのタタール治下に作られたものなのです。
それでは、どんな精神構造なんでしょうか? 簡単なことです。タタールそのものだと思います。私の所見をお疑いになられるならピョートル大帝(本当に大帝かな?)の本をお読みになられたら、皆さんは間違いなくその本からヨーロッパではなく、タタール(モンゴール)の臭いを感じられるはずです。
(2)ピョートル大帝とロシアの飛躍
皆さんはピョートルと言う男をご存じでしょうか?
ピョートル=ミハイロフ(1672〜1725)
1725年に事故死するまでツァーリ(皇帝)としてロシア帝国に君臨していた男です。数々の改革と戦争を断行したことからロシアではちょっと小意気な良い皇帝として“大帝”などと呼称されているようです。まあピョートルの皇帝としての善し悪しは別としてピョートルがその治世下にとった内政策、外交策はその後のロシア帝国の航路を決定してしまうことになるのです。でも巨大客船ロシア号は1917年には沈没してしまうんですけどね・・・・
ピョートルの諸政策
外交:クリミア=ハンの討伐・アゾフの占領(領土的野心とその後の南下、東進に影響)
:スウェーデンと戦う(目の上のタンコブスウェーデンの除去・50%、
ピョートルの趣味・50%)
内政:税制の整備
この頃からだんだんロシア帝国の本質が見えかくれしてきたと私は思うのです。ピョートルはある意味でアウラングゼーブ帝(インドのムガル朝の皇帝)に似ていると思うのですがどうでしょうか? ところで皆さんは上記に示したピョートルの諸政策についてどんな意見をお持ちでしょうか?
(3)エカチェリーナの君臨とロシア帝国の拡大
エカチェリーナ2世(1762〜96)については、その生涯についての漫画が何冊も出ているくらいですから、ご存じの方も多かろうと思います。さてこのソフィ=アウグスタと言う本名を持つドイツ女につきましては、前章のピョートル同様に様々な人間評が存在すると思うのです。私はこのドイツ女をロシア歴代ツァーリ唯一のインテリゲンツィア(知識階級)と考えています。私はこの人はロシアにヨーロッパの風を吹きこんだ、ただ一人の君主と考えています。〜しかし〜皆さんも反論があると思いますがこの時代のロシアにとっては、ヨーロッパ(西欧)が流行の象徴でしたから、その流行を吹きこんだ人物ゆえに当のロシア人にとってはまんざら悪い奴でもなかったんじゃないかと思うんですけどね・・・。
ただ貧乏な奴にとってはどうだったのか知りませんよ。先程から何やらエカチェリーナの弁護ばかりしているようですが、私は決してエカチェリストではございません。ただエカチェリーナ以降のロシアには外交面では、ヨーロッパ的したたかさが備わってきたと思うのです。それは日々情勢の変動してゆくヨーロッパ圏では必要不可欠要素だと思うのです。以上の理由からエカチェリーナをインテリであると言うと共に初のヨーロッパ的君主であると断言できるのです。
エカチェリーナ2世の諸政策
外交:オーストリア継承戦争、七年戦争、武装中立同盟、仏革命の否定
内政:ドイツ諸制度の編入
(4)帝国主義下のロシア帝国
世界が本格的な帝国主義時代に突入していったのは1860年代からだと言われています。帝国主義とは資本主義の最終局面であって列強は余剰資本を投下する為の植民地の獲得に必死になる。
ロシアもがんばった!!→ところで投下する資本はいずこに……
私はロシアの帝国主義はニセモノと考えます。と言うよりロシア帝国は外面は変わっても本質は変わらなかったのです。つまりロシア製帝国主義は騎馬民族の世界征服思想に帝国主義の仮面をかぶせただけのものだったと私は断言いたしましょう。
〜終章〜
19世紀より、積極的な南下政策をとり戦争外交を進めてきたロシア帝国の国力は衰退の一歩をたどっていた。国内では中世さながらの農奴制が継続され一部の貴族のみが富を独占し、都市部の下層民には戦争の為に重税が課せられ、それに反動して社会主義者達はテロリズムに走り相次いで要人暗殺を実行し治安は最悪の状態であった。一方、シベリアや中央アジアでは各地の民族が独立運動の動きを見せ、爆発寸前の状態にあった。
下記の文は日露戦争も末期の1905年ロシア帝国首都ペテルスブルクにおいての陸軍大臣ミハイル=レヂゲルと侍従長オルロフとの会話を記録したものである。
オルロフ「将軍、私は最近聖書に目を通すことがありましてね」
レヂゲル「ほう君も年を食ったもんだな侍従長」
オ「ところで猿共との戦いはどうなりましたか」
レ「良くないな、来年には北満州一帯は猿共のフロンティアになりそうだな……」
オ「中央アジア軍団を増援に出せませんかね」
レ「無駄だよ。奴等に忠誠心は期待できんよ。極東軍団さえ爆発寸前なのだ。今にも反乱が起きかねん。」
レ「まあ、あと半年はふんばってみるがね」
オ「前線の兵の大半はユダヤ人やトルコ人のクズ共ばかりです。奴等がくたばって困る人間など一ダースもいやしませんよ」
レ「ところでアカ共はどうなったかな」
オ「半年前に旅順が陥落してから急にいきまいていましてね」
オ「そうそう、今日も宮殿前で旅順の陥落はツァーリズム降伏の序章といきまいていたのがおりましてね。たしかレーニンとかいう……」
レ「もう終わりか……」
ロシアと帝国主義の感想
☆ロシアのイメージ
・ロシア人と中国人は自分より弱い者には強いが強者には何も言わずに従う奴等です。
・タタールのくびきこそが、現在のロシア人の精神的土台なのです。
・ロシア人は白い皮を被ったモンゴル人である。
☆ロシア帝国の皇帝と言えばピョートル一世が有名であるがどのような人かご存じでしょうか
〜ピョートルのいかす所〜
・身長180センチ以上の大男(北斗の拳のイメージ)
・家臣の歯を無理やり抜いてコレクションするのが趣味
・手でいきなり家来の髭を引き抜く
・子供の頃、戦争ごっこが好きで本物の銃や大砲を使って何人も家来が死んだ
・西欧の技術を学ぼうと大使節団をヨーロッパ各地に送ったが、自らもその一団に紛れ込みオランダで船大工に丁稚奉公する
・思いつくまま新税を乱発してみる(ヒゲ税、帽子税、蜂蜜税、煙突税、スイカ税、キュウリ税、クルミ税、洗濯税、等々)
・何でも自分の目で見ないと納得しない(例えば家来を塔の上から無理やりつき落とした。)
ロシア皇帝はエカチェリーナ以外は皆モンゴル人である。特にピョートルはチンギス・ハーンであろう
☆ロシアの帝国主義
18〜20世紀にかけてロシアは南下をくり返す
1768、露土戦争(第1次)
1853、クリミア戦争
1877、露土戦争(第2次)
1900、北清事変
1904、日露戦争
上記の通りロシアは頑張った。植民地は増えた。
さあ、帝国主義経営だ
ところで資本は・・・・・・
・ロシアの帝国主義とは騎馬民族の世界征服思想に帝国主義の皮を被せたものである。
・単なる植民地主義にすぎないのではないか。
☆ロシア帝国主義とはデミ・インペリアリズムである(擬帝国主義)
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