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閑話休題
〜知多太郎ことジュリー〜
このレポートより一つ前に馬鹿なレポートがある。曰く桃太郎は殺人鬼とか、時代劇の絶対的な正義はありえないとかそのような馬鹿なことをいっている。そして必殺シリーズは金で雇われて殺しているだけで、「悪」を認識している常識人などと馬鹿なことを書いている。
一見、この主張妥当なようにみえて実はとんでもない暴論である。以下そのことについて書いてみたい。
まずこの筆者はこの世に絶対的正義などありえないといっている。たしかにそうである。しかし常識人の正義というものはあるはずである。そして桃太郎はその常識人の正義を守護しているのである。この常識人の正義を否定したら法律や道徳は成り立たなくなってしまう。きゃみは氏は人殺しを「悪」と思わないのだろうか。だいたい常識人の正義を絶対的正義として強制しなければ社会秩序が成り立たないではないか。泥棒をした、懲役〇年、人を殺した、死刑とかそういう判決を下すのは、ある正義を他者に押しつけているのである。「絶対的正義を認めなければ、オウムを罰することが出来なくなってしまう。なにしろオウムの正義と世間の正義は違っており、「ポア」を罰することは、刑法という絶対的正義を押しつけることになってしまうからである。きゃみ氏が裁判長なら、麻原は「無罪」になってしまうに違いない。
もう一つ馬鹿なことをいっている。曰く必殺〜は殺人を悪と分かっている、かれらは仕事として、金儲けの手段として殺人を犯しているからまだいい、といっているのである。とんでもない事である。金というみんなが認めている価値が「正義」よりも優越するのなら、金持ちや有力者の天国、貧乏人の地獄になるだろう。
最後にきゃみ氏は致命的なミスを犯している。彼は「正義」より金のほうが優越する、という彼なりの正義を振り回しているのである。
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