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お金の歴史

byジュリー

 1・皇朝十二銭
a 皇朝十二銭鋳造の理由→日本の対外的威信の確立
b 皇朝十二銭が鋳造できた理由→武蔵国秩父で銅が発見された。この年(708年)年号を和銅に改称、その後続々と、貨幣が鋳造される。

 2・なぜ貨幣が鋳造されなくなったのか。
a 経済的、社会的に遅れており、まだ貨幣を使用させられる程度まで、文明が発達していなかった。→大量の銭を抱えて餓死する者もいた。
b 銅銭は改鋳のたびに品位が落とされ、次第に信用を失った。
c 国内の産銅量が減少した。
d 遣唐使の廃止により無理に貨幣を鋳造して、「文明国」であることを、誇示する必要がなくなった。
 ・以後、わが国では米、布、砂金や輸入銭がお金として使われる。

 3・戦国時代の幣制
a 乾元大宝(958年)以来、わが国では貨幣は鋳造されなかったが、戦国時代にはいり、経済の発達とともに貨幣の流通が活発になる。それとともに、戦国大名も貨幣に関心を示すようになる。
 ・当時使用されていたものは、
a 皇朝十二銭
b 渡来銭(宋銭、明銭など)、勘合貿易等で大量輸入
c 砂金や金銀の地金→石見銀山の支配をめぐる抗争
 ・その他、渡来銭を私鋳した「びた銭」が大量に流通した。この為、通貨制度が混乱した。
d 戦国大名は積極的に貨幣政策を展開した。その理由は
 第一に、恩賞に使うのに便利な為
 第二に、軍資金に使える為
 第三に、領国開発に使える為

 4・江戸幕府による幣制統一
a 豊臣秀吉は天下統一に貨幣を利用した。→天正大判、天正小判の鋳造。しかしその結巣幣制は、ますまt混乱。
b 江戸幕府は慶長6年(1601年)金座、銀座をもうけ、大判、小判や丁銀を鋳造。一方少額貨幣のほうは、慶長通宝、元和通宝を鋳造するも定着せず。→寛永13年(1636年)寛永通宝を鋳造してやっと定着。さらに寛文10年(1670年)渡来銭、びた銭の通用禁止→幣制の統一

 5・江戸後期の幣制の混乱
a 幕府の財政窮乏化→貨幣の改鋳→インフレ
 国内の金銀の産出量の減少
b 各藩の財政悪化→藩札の乱発
c また金銀複本位制の為、金銀の為替相場が日々変化し、また銀貨は秤量貨幣の為不便→両替商が利益を得る一方、日常の取引には不便→南銭二朱銀を鋳造するも定着せず。
 ・混乱是正の為、貨幣の品位を上げるとグレシャムの法則によって良貨が退蔵される。→デフレの発生

 6・開国
a 内外の金銀比価の差から国内金が大量流出し、貨幣制度が大混乱に陥った。これは幕府崩壊の一因といわれる。

 7・明治維新後
a 戦費調達の為に悪銭、紙幣の乱発→インフレの深刻化
b 各国政府の通貨改革要求 以上の理由により、明治4年(1891年)新貨条例を発布
新貨条例は、
(1)一両=一円
(2)金本位制
(3)補助貨幣として銀貨、銅貨
(4)海外貿易用として貿易銀を鋳造→アジアでは銀本位制が主流
 ・しかし銀価格下落の為、金が海外に流出→貿易銀を改め一円銀貨を国内に流通させて、事態収拾へ。
c また紙幣の方も西南戦争や殖産興業の為に乱発される。
(1)太政官札、民部省札等いずれも不換紙幣→インフレの激化
 また印刷も下手な為に偽造か横行→信用の低下
(2)この為、新紙幣(通称ゲルマン札)、改造紙幣が発行されるがいずれも不換紙幣の為インフレが防げず。
(3)国立銀行券も不換紙幣の為、インフレを防げず。
d 日本銀行条例の発布
 インフレ退治の為、
(1)財政緊縮→松方デフレ
(2)日本銀行に紙幣発行権を集中
(3)各種紙幣の銀貨との交換→事実上の銀本位制へ
 ・これにより通貨制度の混乱は収拾されるが、銀価格の為、打撃をうける。

 8・金本位制の確立と崩壊
a 日清戦争の勝利→賠償をもとに金本位制に移行
(1)旧一円を新二円とする。旧貨幣は額面の二倍で評価
(2)一円銀貨は流通禁止
 ・しかし巨額の経常赤字の為、外貨繰りが次第に悪化
b 第一次世界大戦の勃発→「大正新時代の天祐」
(1)巨額の経常黒字→金準備の激増、また思惑や物資不足もあってインフレ発生、一方で企業熱勃興
(2)そして各国が次々に金輸出をするのに、日本は大正6年(1917年)金輸出を禁止→金本位制停止
c 金解禁論争
(1)大戦の終了とともに金本位制に復帰すべきだったが、政治的理由で復帰せず。→インフレ激化、投資の活発化→反動恐慌で大打撃
(2)反動後の安易な企業救済→不良企業の温存(鈴木商店、川崎造船所、久原財閥等)→金解禁出来ず
 関東大震災の打撃
(3)しかし為替変動が激化→鈴木商店、高田商会破綻の一因→この為金解禁論争がおこる。
 ・旧平価解禁派→政府、金融界等多数派
 ・新平価解禁派→産業界、ジャーナリストの一部 激しい論争の結果、旧平価解禁派が勝利し、昭和4年(1930年)に金解禁を決定→しかし世界恐慌の為、経済は大打撃。結局昭和6年(1932年)12月金輸出を再禁止、翌年には紙幣の金兌換も停止→金本位制崩壊、管理通貨制度へ

 9・戦争の激化と通貨制度
a 戦争の激化→金属の不足→少額紙幣の発行、さらに貨幣の材料も金属から陶器へ

 10・戦後の通貨整理
a 敗戦による混乱→インフレ激化→金融緊急措置令(預金封鎖、新円交換)
b 少額紙幣を整理→昭和24年(1949年)を以て少額紙幣の流通を整理。しかしインフレは鎮静化せず。そしてインフレ鎮静化の為に、
(1)財政の緊縮
(2)外貨との交換レートの統一→物資によってまた輸出、輸入の別によって当時はレートが違った。→一種の補助金
c この為インフレ鎖静化の為、
(1)財政の緊縮→ドッジライン
(2)1ドル=360円に交換レートを決定(昭和24年4月23日)2日後に断行。
→インフレ鎮静化ヘ
→戦後の通貨制度の確立

 11・変動通貨制移行

(1)度重なるアメリカの対外戦争→財政赤字、金の流出
(2)日本、ドイツの経済発展
(1)、(2)を原因として戦後の通貨システムが危機に
b 1971年8月15日(現地時間)ニクソンショック→金→ドル交換停止。ブレトンウッズ体制の崩壊、ドル急落
c 4か月スミソニアン博物館で協定が結ばれる。円は、1ドル=308円。
しかしその固定相場も維持出来ず。1973年には続々と変動相場制に移行→現在の通貨制度、それ以後各国は続々と法律上残っていた金本位制を廃止→通貨は絶対的な価値基準を失う。

(参考文献)
 金(ゴールド)が語る20世紀…中公新書
 お金の歴史         …大蔵省印刷局

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