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ポスト冷戦期の世界情勢における「文明の衝突」論の有用性
文責:赤いナポレオン
<序章> 〜多文明化した世界〜
第二次世界大戦終結後の世界を規定してきた冷戦構造は1990年代初頭にソビエト連邦が崩壊したことにより消滅したと云われている。これにより二つの主たるイデオロギー間の闘争は終結し、世界は一つの普遍的な価値観により戦争の恐怖が希薄な調和のとれた幸福な状態へ移行してゆくと予測する動きが世界各地で起こった。中でもフランスの歴史学者フランシス・フクヤマは、その50年に及ぶ闘争の勝者たる自由民主主義が人類のイデオロギーの進化していきついた終点であり、これ以後の歴史はそれが人類による政治の最終形態として普遍化してゆく過程だろうとする「歴史の終焉」理論を説いている。
ところが現実の世界はどうであろうか。「平和で恒久的な体制」が現出するどころか、ボスニア・コソボなど世界各地ではイデオロギー闘争に代わって民族相互の文化の相違に起因する紛争が頻発している。冷戦終結より今日に至るまで世界各地で起こる紛争の頻度は減少するどころか増加する傾向にあるのだ。
これらの民族紛争は冷戦構造下においてはイデオロギーにより抑圧されていた諸民族が自らのアイデンティティーを再構築しようと以前より彼等が所有してきた宗教・特有の習慣などの文化を再発見したことによって自身と他者とを明確に区別する視座を回復した為にもたらされた産物であると同時にポスト冷戦期の世界構造の行方を探ってゆく上において重要な要因となるのは世界各地に点在する諸民族の動向であることを明示している。
それでは今日、各地で活発な活動を見せるこれら諸民族はいったい何に駆り立てられて行動しているのであろうか。この疑問こそ、多極化しつつある今日の世界情勢が現代人に提示する一つの命題であって、これに対し何らかの解答を導き出すことによって我々はポスト冷戦期としての現在をより深く認識・理解することができる筈である。
そこで本論ではサミュエル・ハンチントン氏の「文明の衝突」論を中核に置き、氏の主張する西欧文明と非西欧諸文明間の対立が果たして、今後の国際紛争の主軸となると考え得るか。氏の論旨の有効性を検証することに主眼を置き、論を進めていきたい。
<1>諸文明間の対立と普遍的な文明の有効性
人類の歴史は云うまでもなく文明の歴史でもあった訳であるが、そもそも文明とは何なのであろうか。この疑問に対しハンチントン氏は歴史的に「単数形の文明」と「複数形の文明」と言う二つの視座が存在していたと考えている。
「単数形の文明」とは西欧中心主義的な視点から導き出された文明史観であり、この視座が確立された背景には産業革命を経て発達した技術・精神面において他のアジア・アフリカの文明に対し相対的な優位を確保していた歴史的事実がある。そしてこの視座に拠って文明を捉える際の主たる基準となるのは「西欧化」の度合である。つまり「西欧」=「文明化」であり「非西欧」=「未開状態」と考える訳なのである。
それでは後者はどうなのであろうか、前者はあたかも「文明」を人類社会のエリートのみか有する産物といった様な見方をしたが、後者即ち「複数形の文明」は、世界各地には異なる文明が存在し、それぞれが独自の方法により文明化を達成してゆくと言う多元的・構造主義的な視座に立つものである。
以上のことより前者と後者との関係については二つの点から言及できよう。
(1)両者は時代を異にして生まれてきたこと、即ち前者は16世紀の大航海時代より始まった「西欧の拡大」期に、後書は近代以後、特に第二次世界大戦後の「非西欧勢力」の復興期に顕箸になってきた視座であるという点。
(2)両者は全く対極的な位置にあり、冷戦構造が崩壊した今日こそ「複数形の文明」が「単数形の文明」に挑戦している状態にあること。
上記の様に二つの文明の視座は、世界各地で頻発する民族紛争といった具体的事実から見ても対立状態にあることは間違いない。しかし一方では世界全体がネットワーク化され情報化社会などと呼ばれる今日、世界には西欧文明を元として人類が文化的に一つにまとまり、世界中の人間が共通の価値観風習等を獲得するという「普遍的な文明」が人類社会にもたらされるのではないかとする見解もある。
この見解に対してハンチントン氏は、これを明確に否定する立場をとっている。何故ならば、今日いわれる様な「普遍的な文明」の基幹をなすものは19世紀以来、世界を支配してきた西欧技術のインパクトに他ならないからである。確かに通信技術の発達は世界の時間的距離を飛躍的に短縮させたが、それは同時に非西欧地域の言語文化をより高揚させる事態を招くことにもなった。つまり現代は世界各地の非西欧文明が「文明化」=「西欧化」をある程度の段階まで達成した上で西欧文明の世界支配に挑戦している状態、即ち西欧文明の相対的な力が弱体化した状態であると考えることができるのである。
「普遍的な文明」とは西欧文明が夢想した机上の空論に過ぎないのであり、これからしばらく先の世界は、各地域に分散する8つの主要な文明の動向によって左右されるとハンチントン氏は論じている。
<2>文明間のバランス・シフト
周知の通り、西欧は永きに渡って他地域に大きな影響を及ぼしうる支配的な勢力であった。その支配の道具となったものは紛れもなく軍事力と経済力であり、これらは西欧がハイテク兵器産業・国際資本を支配した結果の賜であった。西欧はこの様な道具を巧みに用いて誘導・威圧・説得などの手段を展開していき、20世紀初頭には政治・経済・軍事・制度・科学技術・人口動態などの面で非西欧勢力を大きく引き離して歴史上最大限の力を保有するに至った。
それでは現在でも他文明地域に比べて未だ大きな力を保有しているのであろうか。答えは否であり、驚異的な経済成長を遂げる儒教文明圏や爆発的な人口増加を続けるイスラム圏の台頭により、その相対的な力は著しく弱体化してゆく方向にある。この様な過程を経て西欧の支配的な力は消滅し各主要文明圏に分散していくだろうとハンチントンは指摘している。
一方で急速に力をつけてきたイスラム及び儒教文明圏はどうであろうか。富と権力を得るためには1章で述べた通り、「西欧化」してゆく必要があるのだが、イスラムの場合は1920年代の青年トルコ革命の指導者ムスタファ・ケマルがとった自文明を犠牲にした一連の欧化政策、即ちケマル主義を程度の差こそあれ多くのイスラム圏国家が採用してきた。これにより時を経るにつれてこれら国家の力は増大していったが、改革を開始して以来、3世代目にあたる人々が社会の主流を占めるに至った今日では、逆にイスラム教を復興させ古くからのアイデンティティーを再発見しようとする動きが顕著になっている。イスラム原理主義運動の活発化などはまさしくその好例であろう。これらはイスラムにのみ限られた現象ではなく東欧正教会・儒教文明圏でも見られるものである。
ハンチントンはこの点を指摘して、平均して改革3世代目にあたる人々が出現する頃には、その社会が古くから存在した真理、ハンチントンによればそれはとりわけ宗教に回帰する現象が現れるとも論じている。これはジョゼフ・ナイが論じた「ハード・パワー」と「ソフト・パワー」との関係にも類似している。つまり、ポスト冷戦期の世界構造は西欧の相対的な力の低下を背景として、「ハード・パワー」を充たした非西欧文明が西欧文明に対して宗教を中心とした「ソフト・パワー」を主張し始めたという点において特徴付けられるのである。
<3>文明の秩序と地域主義の成否
ハンチントンは西欧文明に対する非西欧文明の挑戦こそが今日の国際政治を規定する新たな対抗軸となると強く主張していることは前述の通りである。では諸文明はどの様に挑戦するのか、また協力するのか。それらの行動の原動力となっている文明には秩序と構造の様なものは存在するのだろうか。
1章で述べた事であるが、世界には主要な8つの文明が存在する。各文明にはいくつかの国家が存在し、これらはその文明の中核国に引きつけられる形で行動する。無論、同じ文明圏に属しているとは云え各国家には当然の様に各々の利益がある訳で全てのケースにおいてハンチントンの主張が当てはまることはない。しかしASEAN・EU・メルスコールなどを比較すれば解ることだが、現実は同一文明間の協力・同盟の方が異文明間のそれに較べ遥かに強固で確実なものであることは明らかである。この具体的事例から導き出される結論は中核国を軸とした同一文明間で行動した方が自らの利益を実現する可能性も高いということである。
そこで次に問題となるのが各文明の結合の度合ということになるが、これは偏に中核国次第であるとハンチントンは論じている。例えば儒教文明圏の場合、その中核となるのは間違いなく中国であり、この文明圏の結合は儒教特有の自身より組織を優先する思想に支えられて他文明とは比較にならないほど強固なものとなると予測できる。一方でイスラムは確固とした中核を持たないこと、そして東欧正教圏の場合は中核国であるロシア自体が、西欧化する一方で東洋的なツアーリズムを強化してきた歴史を有し、中核国である為に要されるアイデンティティーが本質的に曖昧なままの状態が続いている。ハンチントンはこの様な国家を「引き裂かれた国家」と定義しロシアの他にもトルコ・オーストラリアなどを例として拳げている。この様な「引き裂かれた国家」を中核とする文明圏は自らが積極的にアイデンティティーの再構築を試みない限り、今後の世界において、大きな影響力を発揮する機会は少ないことが予想される。
<4>文明の衝突〜フォルトライン戦争を中心として〜
以上、諸文明圏の関わりが今後の世界情勢を左右する主要な要因となるとする「文明の衝突」論の要旨を論じてきた訳であるが、ここでハンチントンがその論の中でも最たる憂慮として取り上げた「フォルトライン戦争」についてその要旨を論じてみたい。
「フォルトライン戦争」とは、簡単に云えば文明の断層崖で起こる戦争であり更に突き詰めて云えば、それは諸文明の母胎となる宗教間の断層崖で起こる可能性が非常に高い。現実の例を拳げれば、ボスニア・ヘルツェゴビナの民族紛争があり、古くからこの地域で紛争が多発する理由はこの地がイスラム・カトリック・東方正教会の3つの宗教の断層崖が集中しているからである。更にこのタイプの紛争はその構造も複雑なものがあり、1次レベルの交戦者の他に二次レベルの主体、三次レベルの主体にまで対立の根が伸びる。とは言え三次レベルの主体となるのは往々にして対立する文明の中核国であり、三次レベル同士の争いに至れば大戦争を誘発する可能性が高い為に、大方は一次レベル間の小競り合いに終始するパターンが多い。
それではフォルトライン戦争を終結させる方法はあるのだろうか。答えは「ほぼ皆無」であり、この答えの背景には一神教間の闘争であるが故に両者とも間違いなく妥協的な態度を採らないことがある。言うなれば、戦争の停止はあり得るが終結は無いと云うこと。即ち、フォルトライン戦争が起こってしまった場合は二次・三次レベルの大国または中核国の理性に訴えた抑止(それでも潜在的な対立は継続されるが)以外に方法はないのである。よってフォルトライン戦争を抑止できるのは、この新たな勢力均衡の構造のみである。この様なフォルトライン戦争はイスラムの人口動態に伴う、西欧への難民・移民の増加により、今後は両者の関でその頻度が一層高まると予想される。
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