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部員への問いかけ

俺なりの「裏切り論」
by きゃみさん
 今年この研究発表をするにあったて部長、すなわちこの俺様は部員共に裏切られ俺の案は見事にボツにされた。俺は今でも「家族の歴史」を諦めていない。チキショ〜
 
 「裏切り」裏切られた俺が、裏切りについて書くとは、とんだ皮肉だが、俺も今まで裏切った事がないと言えば嘘になる。人間誰もが一生のなかで事の大きい、小さいにかかわらず「裏切り」と言う行為を行ってしまう。「裏切り」と言う行為は人間が上手に生きて行くための大きなテクニックである、と俺は思うのである。
 な〜んて、そんなことは昔の人も言っていた。例えば、「韓非子」や「君主論」などがその代表である。前者は中国の諸子百家のひとり韓非(?〜前233)の作で、後者はイタリアのフィレンツェの政治家マキャヴェリ(1469〜1527)の作である。どちらも君主が国を統治するうえでの指針を示した書である。この二つは東西でともにその後の政治に多大な影響をあたえた偉大な書であるので出来ることならみんなも読んでもらいたい。要は性悪説に則り、人をあまり信用せず権謀術数を用いて国を治めることが君主にとって重要だと言うことが書いてあるのである。そして君主・国家において一番恐ろしいのは外敵ではなく内なる敵、つまり裏切り者なのであるとしつこいほど力説しているのである。
 では、過去の偉人たちは「裏切り」についてどんな言葉を残しているのだろうか。まずは「韓非子」だが中国の古典にありがちな故事がいっぱい書いてある本なので書くのが大儀い(岡山弁で面倒くさいの意味)ので一言この言葉だけ引用しておく。
    「その憎む所に備うるも、禍は愛する所に在り」
その意味は「憎む者だけを用心してみても、十分ではない。禍はむしろ愛する者から生ずるのだ。」と言うことだ。そう裏切りとは愛するものから生じる行為なのである。そして歴史の中には往々としてこの行為が繰り返されるのである。

 次に「君主論」を見て行こう。マキャヴェリはこの書のなかで「君主たる者、もしも偉大なことを為したいと思うならば、人をたぶらかす技、つまり権謀術数を習得する必要がある。」と述べている。そして、国内に裏切り者を作ることに大変な懸念をしているのである。そこでマキャヴェリの言葉から裏切りにまつわる言葉を幾つかとりあげてみたいと思う。

「新たに興った君主国には、様々の困難がつきまとうものなので、この種の組織の指導者には、特別に優れた力量が求められてくる。なぜなら、新しく指導者についた者は、それをしたことによって、配下の誰かを傷つけないではすまないからである。この人々がまず敵にまわる。そして、彼らだけでなく、もともとあなたの味方であった人々でさえ、その人々が期待していたようなことをなかなかしてやれないために、敵にまわしてしまう危険も犯さねばならないからだ。」

「頭にしかと入れておかねばならないのは、新しい秩序を打ち立てることくらい、むずかしい事業はないということである。このうえなく実行が困難で、実行したとて成功はおぼつかなく、実現での過程では細心の注意を必要とすることなのだ。なぜなら実行者は、現体勢下で甘い汁を吸っていた人々すべてを敵にまわすだけでなく、新体勢になれば徳をするであろう人々からも、生ぬるい支持しか期待できないものだからである。この生ぬるさは、二つの原因から生まれる。第一は、現体勢を謳歌している人々に対する恐怖感であり、第二は、異例の新しきことへの不信感によるものだ。」

「権力をもつ人々の間でも、最近に与えた恩恵によって、以前の怨念が消えるなどと思う人がいたならば、その人は、取り返しのつかない誤りを犯すことになる。」

「共和国において、一市民が権力を駆使して国のためになる事業を行おうと思ったら、まずはじめに人々の嫉妬心をおさえこむことを考えねばならない。なぜなら、いかに力量抜群でかつ国益のためにやる気充分の人物でも、人々の嫉妬心に妨げられては、実現できることでも実現できないで終わってしまうからである。大事業を行う場合、どうしても一人の人物に権力が集まってしまうことになるが、それを妨げるのが、人々の嫉妬心だからだ。」

「指導者ならば誰でも、次のことは心しておかねばならない。それは、個人でも国家でも同じだが、相手を絶望と怒りに駆り立てるほど痛めつけてはならないということだ。徹底的に痛めつけられたと感じた者は、もはや他に道はなしという思いで、やみくもな反撃や復讐に出るものだからである。」
                              〜政略論〜
「はじめは我身を守ることだけ考えていた人も、それが達成されるや、今度は他者を攻めることを考えるようになる。」 〜政略論〜

 そして、反対側つまり裏切る方についての言葉も一つだけ抜粋しておこう。
「祖国の存亡がかかっているような場合は、いかなる手段もその目的にとって有効ならば正当化される。この一事は、為政者にかぎらず、国民の一人一人にいたるまで、心しておかねばならないことである。事が祖国の存亡を賭けている場合、その手段が、正しいとか正しくないとか、寛容であるとか残酷であるとか、賞賛されるものか恥ずべきものかなどについて、いっさい考慮する必要はない。なににもまして優先さるべき目的は、祖国の安全と自由の維持だからである。」

 ちょろちょろっと書いてみたが、彼らの「裏切り」に対する著述はこんなもんじゃない。とにかく「裏切り」と言う行為は生きるためには必要な要素であることは確かなようである。


 「裏切り」と言うと絶対悪のイメージがあるが実際はどうだろう。人の信頼や約束・規範をやぶって裏切る、たとえそれが祖国を守るためでも、愛するものを守るためでも、自分の信念・命を守るためでも、悪は悪なのだろうか?
 たしかに、歴史の中には許せれない「裏切り」もある。俺の場合ならジャンヌ・ダルクを裏切ったシャルル7世、ヴァレンシュタインを暗殺したフェルディナント2世、日ソ中立条約を敗ったソビエト、非過熱製剤を安全だと騙し国民を裏切った厚生省、なんて〜のはちょっとカチンとくる。
 逆に許せる「裏切り」としては戦国時代の下克上ならびに全世界で「裏切り」が当たり前だった時代の裏切り、これは「時代がそうだった」の一言で俺は納得してしまう。呂布の裏切りも小早川秀秋の裏切りも、それが戦国のならいだったのである。また、ブルータスの裏切りや明智光秀(たぶん異論はあろうが)の裏切りは現体制を守ろうとする愛国心から発生したものであるため俺は許す。 俺の理論、つまり俺の「正義」では、まず俺の好きな人物を裏切った奴は悪い。これでは見も蓋もないので、ちょっとだけまともに答えてみる。
「個人の利益の為に裏切った奴は悪であり、社会全体の為に裏切った奴は正義 である。」
 さて、みんなは俺の意見を聞いてどう思ったかな?納得したかな?その通りだと思った人、何人いるかな?
 しかし自分で言うのも何だが、この考え方はちょっと危ない。この理論で考えると、ちょっと極端な例えだが「個人が犯す殺しは悪で、社会の為に行った殺人(戦争や虐殺)は正義である。」と同じなのである。この理論は全体主義につながる考えであるのだ。
 別の意見を言えば、「裏切りと言う行為は所詮悪なので、社会の為だとかなんとか言って自分の裏切りを正当化しようとする輩より、立身出世の為なら裏切りなんて当然だと言ってはばからない奴の方が颯爽としている。」なんて意見もあるだろう、そしてどっちも最低と言う人もいるだろう。これらの判断は時代によっても変わるし、個人個人の間では大きく異なるものだろう。しかし、これだけは変わらないと思う。「裏切り者には彼らなりの正義が必ずある。」と言うことと「裏切りは絶対悪である。」と言うことである。


 うまく生きる為には必要な「裏切り」、しかし人間のモラルに反する「裏切り」。どちらの「裏切り」も真実である。これから何十年間生きて行くうち、一度や二度は裏切るか裏切らないかで葛藤することがあるだろう。
 それに対してどちらの選択を選ぼうがそれはお前達の勝手である。しかし、これだは覚えていて欲しい。
「君達の裏切りにどんな正義があろうと、それは疑問符付きの正義だと自覚し なさい。そうしなければ、その裏切りに歯止めが効かなくなってしまうであ ろう。それは破滅の道である。」


 P.S 「裏切り」なんて過去のものだと思っている人もいるかもしれないが、「裏切り」は現在でも会社などでよく起きている。例えば、取締役の一人が優秀な社員を率き連れて新しい会社を設立したり、重要なノウハウを持った社員が他社にヘッドハンティングされたり、機密を漏洩したり、役員人事のごたごたの中にもよく見られる光景である。
      
参考文献 「マキアヴェッリ語録」塩野七生 
     「韓非子の人間学」守屋洋



部員への問いかけ

Q.1 とりあえず、知ってる「裏切り」の事件を挙げてちょうだい。
部員たちの答え
メイテック社長解任  本能時の変   ソ連の対日参戦  
  キリストとユダ  カエサルとブルータス  吉田茂と広川弘弾農水相    林被告の供述    消費税導入   三晋
 公約違反、党籍変更をする政治家  アキノ大統領暗殺  豊橋市長汚職
  英国の二枚舌外交   民衆の期待を裏切り独裁をした独裁者
    チェンバレンやスターリンを騙したヒトラー  
 無謀な作戦をとった旧軍部
ゴルバチョフとエリツィン
  新生党、民主党の結成     英雄的な政治家の出現を待ち望むという民主国家への挑戦に近いことをしてしまう国民   等など


Q.2 君達にとって「裏切り」ってどんなもの?

☆ 相手との信義を踏みにじることだと思う。
☆ する度に心を痛めなくてはならないこと。
☆ 自分にも、他人にもやってもらいたく行為。
☆ 効率が良く、自分のためになるもの。
☆ 個人的には許し難い!とも思うが理性的に考えれば必要であれば別にいいんじゃないかとも思う。


Q.3 「裏切り」の定義(どこからが裏切りなのか)とは?

☆ 間接的に協力することは裏切りである。
☆ 裏切る者自身が自覚した時から。
☆ 裏切られたために損害を被った方から見ればどんな背景がその行為にあろうと「裏切り」と呼べると思います。
☆ 「裏切り」を段階的に見るならば、裏切りの準備をはじめた段階から「裏切り」ははじまると思う。
☆ 裏切る者が故意でなければならない。
☆ 不作為の裏切りもある。

Q.4 「裏切り」は悪なのか?それとも・・・・

☆ 「裏切り」は絶対悪である。正義の為の裏切りであろうと、自分の命を守る為でも悪いものは悪い。もし、「裏切り」と言う行為を正義だからと言って認めると秩序や倫理なんてあったもんじゃない。なぜなら「正義」なんてもんは後から何とでも作り出せるからである。
☆ 善とも悪とも言えない。私達は通常「後世の歴史家」の視点から物事を見ているわけで、現在には現在の、当時には当時のモラルやルールがあるわけで、当時に容認されることでも今は容認されないことがあると思う。
☆ 権力を握ったものは何らかの形で裏切り行為をはたらいており、裏切り行為が善または悪かは、その行為によってオピニオンリーダーになり得る力を得た方の意見に左右されると思います。
☆ 裏切られる者はそれなりのスキや原因があるのだから、それを裏切る者が出るのは当然であるから善である。
☆ 人間は誰でも身の安全をはかるものだ。歴史を見ても、動乱時代の人間というものはそういうものだ。それでなくては生きていけないし、情況判断能力と柔軟性という表現をすれば非難することもない。むしろ不動の信念などというしろもののほうが、往々にして他人や社会に害を与えることが多いのである。          〜田中芳樹「銀河英雄伝説」より〜


 さて、みんなの質問をみたところで座談会いってみよか〜

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