書感No.18
これはどこかの「雑書」でも書いたことですが、私が今までで一番感動した事、心の底から打ち震えたことは、高校三年の時の吹奏楽
コンクール地区予選イン川崎教育文化会館での成績発表の時です。トップ通過の法政第二高校は別格として、多摩高校と桐光学園とは
毎年僅差でいずれかが地区予選敗退でいずれかが県大会出場というデッドヒートなんですね。
で、私が三年の時は受験やら何やらあったのですが、見事予選突破したわけです。「金賞、新城高校」とアナウンスがあった瞬間は、まじ
で本当にすっごく嬉しかった。大声で叫んだし、隣に座っていた男どもと抱き合いました。あれは嬉しかった。
正直、高校受験も大学受験もここまで感動はしませんでした。どちらも落ちる気は全然しませんでした。ハタから見れば嫌味な野郎ですが、
本音だから仕方ありません。高校はともかく、大学受験はそれなりに苦しみましたしね。大した進学校でもなかったので、とにかく周りに流され
ずに毎日机とにらめっこでした。塾とか予備校の類は嫌いなので、自宅か近くの市立図書館で勉強してました。高い金払って、学校で勉強し
ない奴が勉強して、大学で勉強せずに遊ぶというのはすごい矛盾で親に悪いし、何よりそういう生き方はおれには出来ないので。まぁ確かに、
若いうちはプーとか、土方やるよりは学生のほうが何かと遊べますけどね。ただ、信念を持って手に職を持ってる人はかっこいいと思いますよ。
大学は人生経験だ、とかいって適当に四年間過ごすより、現場で親方先輩に怒鳴られて仕事仕込まれるほうがよっぽどいい人生経験になると
オレは思います。自分の家がそういう仕事なんで少しは分かってるつもりです。
悲しいことに、偏差値至上主義者の方々はそういうこと全然分かってない。知識人を気取ったり芸術家を気取ったりしたり。私も気取っていた
から、これは殆どは自分自身への反省文ですけどね。この文章を読まれる方に喧嘩売るとかは考えていないです。
それで、支離滅裂な文章の羅列になっていますが、ここは「書感」のコーナーなので無理やり書道に話を持っていくと、あの高校三年を超えら
れるほど、グラグラとこみ上げてくるものを私は書道に期待していました。つい最近まで。期待して、「あれ?少し違うかな?」と思って、「いやいや、
そんなわけ無いだろ」と思いつつ半信半疑な時期もありましたが、今は完全に書道に対しては冷たいですね。これははっきり喧嘩売りますが、
書道は青春の代名詞たりえるの?書道をやってて心から良かったって思う?字が綺麗ですね〜、ってほめられるのは書写のカテゴリーじゃない?
書道の改革を起こそうって人が、ただの一般市民って何かおかしくない?「おうぎし」とか「ふじわらのこうぜい」とかってパンピーから有名になった?
「書感」の数が増えれば増えるほど自論の確証性は増すばかりです。もちろん私一人だけですけど。若気の至りを思う存分発揮したいのなら、
筆に墨つけて紙に何かするより、ギター持って青春や愛を叫んだり、甲子園や国立目指したほうが健全だと思います。そのほうがもてるしね。
もてるってことは大切ですよ。頭固い人は「何をチャラチャラして」とかよく批難しますが、チャラチャラすることも人生においてとても大切。
バイトで稼いだお金は、高価な筆とか墨とか紙とか硯とか買うのもいいけど、服買ったりうまいもの食べたり、デート代にあててもいいと思います。
こんなのオレが言わなくてもみんなやってるけどね。つまりおれが言いたいのは後ろめたさを感じなくていいってことです。あ、感じてないって?
あと、書道に関して失望というか興味関心が損なわれていった大きな要因は、教育に関する問題ですね。今見てきた通り、おれは書道に対して
根性まがった不良の見本みたいな奴ですから、自分から教師になりたいといってもきっと周りが止めるでしょう。
でも、自分がお世話になった先生に憧れて、自分も教師を目指して大学来ました!という光輝くこの人の未来は光輝いていますか?私はその
ことが不憫でならない。本人にしてみたら余計なお世話だし、同情もされたくないだろうけど、人の世話を焼くのが特技なので大目に見て下さい。
今回は自分の感情に任せて結構長くなりましたが、最後まで読んでくれてありがとうございました。一人ぐらい最後まで読んでもらえたかな・・。