書感 No.2
今回のテーマは臨書です。これについても私は日ごろからよく考えています。作品集を見ていただけたら分かると思いますが、私は今まで
展覧会と呼ばれるものに、いわゆる臨書作品というのは一点しか出品していません。その展覧会は審美会という書道科の学生が中心になって
活動している書道のサークルで、大学に入って間もない私はとりあえず勉強の意味も兼ねて空海の忽披帖を書きました。とにかく原本に忠実に
しようということで、一字一字を丹念に観察してできるだけそっくりそのまま書くということを意識しました。
当時の私はそれに何の疑問も抱いていなかったのですが、今の私は疑問を抱きっぱなしです。単刀直入に言ってしまえば臨書作品は
現代では通用しない芸術だと思います。もっといえば臨書は芸術たりえるものか、という根本的な部分も疑ってしまいます。
話は変わりますが、私が中国に滞在している時、あの有名な北京のリューリーチャンのとある表具屋さんで、伯豊道人の登石如の臨書を
表具してもらいに行ったところ、店の人が、「這是什麼?(これは何だ?)」と聞いてきたので、「這是我同学写的登石如的臨書。(これは私の
クラスメートが書いた登石如の臨書だ。)」と答えました。しかしお店の人には通じません。私の発音が悪かったのか、はたまたお店の人が
「臨書」という単語を知らなかったのか、今となっては分かりませんが、お店の人はその作品を見て、「臨摸」と言いました。この時以外で中国人
の人と臨書について話したことはないので絶対とはもちろんいえませんが、少なくともこの人に限って言えば「臨書」という概念はなかったという
ことになります。
そもそも、臨書という言葉はいつぐらいから使われ始めたのでしょうか?文献をあさるということもせずに、東宮の独断と偏見による勝手な推測
ですが、もともとは書作行為全般を指す言葉だったのではないでしょうか。そして、王羲之を代表とするいわゆる名筆を手本とすることを特に臨摸
と呼び、いつしか臨書は狭義の意味で限りなく臨摸に近い範囲を指す言葉になったのではないか、と考えます。この仮説の唯一のわずかながら
の根拠として、「臨書」というこの二字に、「写す、模写する」という意味が含まれてないこと、そしてこれは一目瞭然ですが、そのまま読んでも
「書ニ臨ム」という書という概念のすべてを包括しているという二点が挙げられます。ちなみに先ほどでました王羲之の代表作『喪乱帖』の中で、
「臨紙」という箇所があり、これは「手紙を書く」と訳されています。篆刻や、木などに書いたりする場合を除いて、大抵の書と呼ばれるものは紙に
よって生み出されているわけですから、この臨紙は臨書とかなり近い意味なのかもしれません。この『喪乱帖』ももちろんそうですが、王羲之は
数多くの尺牘を残しています。
書いていて集中力が切れたので臨書についてはまた別の書感で書きたいと思います。