書感 No.9
毎度のことですが、このページは東宮の戯言なので、せっかく読んでいただいても不快感を抱くかもしれません。そういったことを踏まえた
上で読みたい方だけお読みになって下さい。誹謗、中傷はしていないつもりです。が、万が一何かありましたらお知らせ下さい。やたら固い
出だしですが、では本題です。
今回のテーマは社中です。東宮は幸か不幸か社中というものに生まれてこのかた属したことはありません。とりあえず今現在もどこかの
団体に属する予定はありませんし、あまりいい意味ではないんですが、心から尊敬できる人、よく使われる言い方をすれば私淑している人も
いません。別にはなからおれは群れるのが嫌いだ、というのではなくてただ単にそういうものに今は魅力をあまり感じないからです。
同じ志を持った人同士が互いの意見を出し合い切磋琢磨することは素晴らしいと思いますし、すごく大切なことだと思います。ただ、事の他
書道の世界に関してはなぜかあまり個人的にいいイメージがないんですよね。食わず嫌いなんですけどね。
・ 感性のある人たちに、若いうちから書を学んでもらい、次代のリーダーを育成し、21世紀の書道界を切り開いてもらう
・ 書の普及と育成を図り、あわせて伝統的な芸術と文化の向上と国際交流に資することを目的として、
・ 東洋独特の伝統を踏まえつつ世界に通じる新しい書を創造する
これらはいずれもとても有名な書団体が掲げているものです。ずいぶん若者に期待を寄せているようですが、実現しそうですか?特に国際
社会に目を向けられているようですが、アメリカ人に書は分かりますでしょうか?そもそも日本人に書は分かっているでしょうか?自己卑下とか
そういうものではまったくなく、真剣に東宮はいつも思うんですが、書って何ですか?書の魅力とは?芸術性とは?社中の方々はそれをもちろん
分かってらっしゃるんですよね。でも東宮は作品を拝見する限りどうしても現代に通じる表現には思えません。
師匠と同じような墨色で、同じような連綿を見せているだけしか私の目には映りません。そんな方に私は教えを請いたくありません。こういう
構造は日本という国が持つ根本的な問題なんでしょうか。例え政策が異なっても選挙に勝つ為に簡単に寝返ってしまう某政党の某派閥のように。
ボロくそに言っていますが、もしこれを関係者の方々がご覧になっていたらどうぞ鼻で笑って下さいね。青二才のたわ言ですから。
初めにも言いましたが、東宮は某青山さんや某金子さん、某手島さんとはまったくな〜んにも関係のない人間なのでこういうことが好き勝手
言えるわけですが、でも仮にこういう思いを抱いているんだけど、周りの反応が恐くて言えないんです。という方がもしいらっしゃるんでしたらすぐ
にその会を退会することを私はすすめます。それは社会の常識ではなく、社会の腐った非常識です。
金や権力にまみれ、虎の威を借り、人を見下し、自分の価値観を絶対正しいと思っている人は危険です。ゆく川の流れは絶えずして、では
ありませんが、平成の世の中にもはや古き良き昭和の価値観は当てはまらないかもしれません。昭和は遠くなりにけり、です。
別に親の仇ではないのですが、どうしても東宮は社中というとマイナスのイメージしかないんです。私が生まれ育った神奈川の横浜、川崎と
いうところは無味乾燥なところで、地元の影響力というものは皆無です。小さい頃から通っていたお習字教室や高校の書道の先生からもさほど
影響は受けていません。ですので、ある意味では純粋に、客観的に社中というものを見れているのかもしれません。まったく違うかもしれません。
先日見に行った例の「ガール!」の中に、『私に英語を教えて下さい』というのがありましたが、東宮の場合、『私に書道を教えて下さい』と
いった感じです。それで納得のいく答が得られるのなら喜んでどんな人にでも、どんな団体にでも一生ついていきます。おしまい。