書感No.11

 

 まず結論からいえば、私に書道なんてできません。つまり「作品」なんて書けません。いくら法帖を見て臨書したり、高価な筆や墨や紙を

買っても無理です。だって私はただの一般庶民ですから。

 私がやっているのは書道もどき、書道ゴッコであり、書写を書道と言い張っているに過ぎません。考えてみて下さい。過去の歴史の中で、

能書でもって天下を取った人がいますか?逆ですよね。「天皇だから」、「皇后だから」、「政治家だから」、「文人だから」現在にも伝わって

いるわけじゃないのでしょうか。三井文庫でも国立博物館でも、名前も知らないお百姓さんの書いたものが名筆として展示されてますか?

ちょっと筆を持って人より「うまく」書ける程度で書道を語っていた私はとんでもない愚か者です。書道は、誰某の弟子になったとか何とか会

の理事だとか、何回入選したとかで確立するのものではなく、生まれ持った血筋と、その人自身の地位で確立するものだと思います。

 血筋というのは皇族や貴族、華族など。その人自身の地位とは、端的に言えばいかに世間に対して貢献しているか、ではないでしょうか。

 私は日頃からすごく疑問なんです。みなさん書道やってて楽しいですか?みなさんがやっているのは歴史的背景を踏まえた書道ですか?

法帖を拡大コピーしたものを書いているだけじゃないですか?(別に誰かを責めているわけではないですからね、ただの私の暴言です)

 書道を「文字を素材とした造形芸術」とするならば、街中には書道が溢れていませんか?活字は肯定すべきだと思うけどなぁ。だってほら、

「字が活きている」って書くし。

 書道を継承したいならば、まずは一回筆持つのをやめるべきだと私は思います。私はそんな大それたことは絶対できないので書道ゴッコで

妥協しますけどね。実は私は本当に天皇家の末裔だったら少し考え変わる鴨。

 

 

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