琴>でもそういう人格の自由というのを貫ける人は幸せですね。親が娘の相手を勝手に決めて強引に結婚させたり、息子が嫌がるのも聞かず、親の仕事を継がせたり、反対に親の仕事を継ぎたいと言っているのに、こんな仕事は大変だからやめとけとかいって、無理やり進路を変えさせたりする親もいるようですね。
幾多郎>それはひょっとしてわが家のことを言っているのですか?
琴>いいえ、何も伺っていませんわ。でも幾多郎さんも人の親ですから、哲学では「人格の自由」など謳いあげておられても、息子さんの進路のことでは髄分干渉なさったのではないですか。
幾多郎>長男の謙は大正9年、23歳で急病で夭折しました。あいつは少々ひっぱたたいても父親の言うことなど聞きませんでした。大正11年の夏、次男の外彦が急に哲学者になりたいと言ったので、私が必死で手紙で説得して諦めさせたことがあります。彼は大学で既に理学部で物理学を専攻していたんです。それが哲学や文学に興味を持ったので、哲学科に変わりたがったのです。母親は不治の病で寝込んでいて、3人の娘は病弱で学校を遅れている有り様で、外彦には将来西田の家を継ぐ者としての自覚を持って欲しかったのです。それが自分が主体的に選んだ筈の物理学に身が入らず、哲学や文学の方が面白そうだから、そっちに変わろうかなんて怠け者の科白です。学問はそれを真面目に長年積み重ねてこそ、興味も深まってくるものです。
琴>そうでしたか、私は何も聞いていませんよ。それにしても外彦さんはお父様を尊敬していらしたから、お父様の跡を継ぐのが親孝行とお考えになられたのではないですか。それに幾多郎さんの血を引いてらっしゃれば、哲学者として大成されるかもしれないじゃないですか。
幾多郎>それは甘い考えです。自然科学ならその学問をこつこつ積み上げていけば、それなりの水準に達して、一応業績も挙げられるでしょう。でも文芸や哲学というのは非凡の天賦と非常の努力が必要です。確かに万人が文芸や哲学に親しみ、読んで味わうべきですが、軽々しく専門とすべきじゃありません。100人に1人、1000人に1人も真に成功することはないでしょう。
(この西田の判断はある意味では正しいのですが、もし外彦が哲学科に変わっていれば、親の七光で大した業績はなくても、どこかの大学の哲学教授には成れた可能性は大きいでしょう。物理学を専攻したからといって学問的に大成するのはやはり大変難しいことなのです。とはいえ、外彦も哲学者になっていれば、親を乗り越えられない苦しみを味あわなければならなかったでしょう。この苦しみからノイローゼになったり、自殺を図ったりするのもまれではないのです。)
琴>外彦さんはお父様の必死の説得を聞き入れられたわけですね。その上でご自分の意志で物理学専攻を続けられたのなら、お父様に人格的自由を踏みにじられたとは言えませんわね。
幾多郎>やはり私も人の親ですから、子供の事となると心配が先に立って、とても平静ではいられないところがあることは事実です。それが子供たちには精神的な重圧になっていることもあるでしょうね。