動物的から人間的へ

 高等動物の場合の時間意識はどうでしょう。もちろん記憶はあります。記憶によって対応の仕方を変化させます。どのような刺激に対してどのような反応をすべきかを熟慮して行動するわけです。記憶に照らして対応しているのですから、過去の意識があるように見えます。また記憶に照らして危険の到来を予知して反応します。腹をすかしていそうなライオンに近づくとどんな恐ろしい目に遇うか、シマウマには分かっています。それで未来の意識があるようにも思えます。しかしこれは腹をすかしたライオンと襲いかかるライオンの記憶が、シマウマの中で連結していることからくる反応だと解釈できます。シマウマの中では腹を空かしたライオンの視覚像は、体験的な学習効果で襲いかかるライオンの記憶を浮上させる作用をするわけです。襲いかかるライオンの記憶像もシマウマにすれば条件反射で浮上したものですから、過去の意識ではないのです。
 地震を鳥や小動物が予知して異常行動をとると言われますが、地震の前触れに起きる空気中の電磁波の異常に反応しているわけですから、将来の地震を想定して避難行動を行っているのではないのです。正確を期して言えば、動物には過去・現在・未来と時間が直線的に流れるという意識がありません。というより過去も未来も意識としては存在していないのです。ですから過去・現在・未来という時間意識が成立していないのです。
 時間意識が成立するためには、動物的な意識から人間的な認識に脱皮している必要があります。動物では主観・客観認識図式が確立していませんから、意識表象を客観的な事物の表象として対象化することができていないのです。そこで生理的な表象に対しては生理的に条件反射によって反応することしかできません。意識表象と客観的事物を区別して、世界が客観的な事物の相互関係として成立しているとノエマ的に認識できるのは人間だけです。それには主観としての自我が、生理的な意識表象と区別されて確立している必要があります。

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