やすい>いよいよ『月刊状況と主体』ともお別れを告げなければならず、誠に感無量です。思えばこの活字離れの時代に、時流や権力におもねず、状況と真摯に対峙してきた編集部やそれを支えた営業部の粘りは、驚嘆に値するものでした。お陰で伸び伸びと自分の問題意識を深めて、それを世に問うことができたと思います。今日の私があるのも『月刊状況と主体』に支えられてのことでして、感謝の気持ちで一杯なんです。ちょうど西田先生が岩波書店に支えられてきたのと同じような関係です。
西田>岩波さんには、私の著作の出版を全面的に引き受けていただきましたし、再婚に当たっても、琴を紹介していただくなど、本当にお世話になりました。
やすい>私ももう少し世に容れられて、私が書けば『月刊状況と主体』がよく売れるというところまでいっていれば、『月刊状況と主体』が閉刊に追い込まれることもなかったのですが、本当に非力で申し訳なかったと思っています。
西田>おやおや、そんな殊勝のことを言っておられますが、それはやすいさんがまだまだ売れておられないからで、もし売れっ子になられていたら、もっと原稿料の高い雑誌にしか書かれなかったのじゃないですか。
やすい>たしかに最初からある程度売れっ子だったら、『月刊状況と主体』にはあまりすすんでは書かなかったかもしれませんが、さんざ世話になっておいて、売れだしたら、もう書かないていうのは、私の流儀じゃないんです。それはさておき、過去に『月刊状況と主体』に「新しい人間観の構想」を二年間以上連載させていただいたことがあります。その時に古今東西の人間観にふれまして、人間を身体やそこに宿る魂としてだけ捉える人間観を克服し、社会的事物を包摂する「人間観の転換」を深めることができたのです。この体験は過去ですが、それが今現在では、西田哲学の「物となって見、物となって考える」という立場の再評価につながっているわけです。