過去・現在・未来

西田>過去の思索が現在の思想の中に保存されているのですね。「行為的直観」の中に「純粋経験」や「絶対自由意志」「場所の論理」「永遠の今」「非連続の連続」といったものが息づいているようなものですね。過去は過去でしかないなら、存在できないわけでして、それが現在に残っていて、現在を限定している「過去という現在」だから存在できるのです。同様に未来も現在が孕んでいる可能性として既に現れているわけでして、「未来という現在」なのです。
やすい>過去と未来という絶対矛盾的なものが、現在において自己同一だということですね。「永遠の今」という発想は過去・現在・未来の「絶対矛盾的自己同一」として捉えるとよく分かります。
西田>いや、よくは分かりません。「永遠の今」は「永遠の命」と一体となることですからね。それが本当に分かれば「目覚めた人=仏陀」ですよ。私は分からないから思索しているわけでして、決して分かって書いているわけではありません。だから私の文章は難解だと言われます。そりゃそうです。もし本当によく分かっていれば、もっと分かりやすく、かみ砕いて説明できたでしょう。難しいことを分かりやすく書く人がいますが、その中で本当に分かっていて書いている人は少ないんです。ただ肝心なことをはしょって分かりやすいところだけを抜いて書いているだけです。でも分からない問題を飛ばして書いても、そりゃあ哲学とは言えません。
やすい>これは一本やられました。西田哲学を高校生にも分かるように説明すると見栄を切ったものの、西田先生自身がまだまだ分かっていないと言われることを、だれもが分かる言葉で説明することなどできっこないわけです。ただ西田先生が自らに問いを発して、それと死に物狂いで格闘されておられる、その悪戦苦闘のドッキュメントに触れて、自分自身にも突き刺さってくる問いがあれば、その問いと自分自身が悪戦苦闘するしかないということでしょう。
西田>過去・現在・未来というのは、個人的なものに限定する必要はありません。我々の経験は歴史的・社会的な限定を受けて成立するものですから。過去の時代の人々が、非連続の連続で死して生きることで歴史に刻み込まれた、その刹那の今は、永遠の今として、現在に生きる我々の今に、絶対の無から直接突き上げてくるんです。
やすい>「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、なぜわたしはお見捨てになったのですか)」というイエスの絶命の時の叫び声が聞こえます。これは祈りの文章の冒頭を全体に代えて唱えたという解釈も可能ですが、やはり絶命の時の叫びですから、この言葉通りの意味が込められていたと思うのです。
西田>人間から神に至る道はありませんからね。自らに聖霊が宿っていると確信し、復活を予言していたイエスでさえ、結局処刑前には民衆に受け入れられなかったのです。だから深刻な挫折だったのでしょう。私の哲学も生前には受け入れられなかった。やすいさんのお話では未だに受け入れられていないわけで、やはり「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばざるをえません。
やすい>西田哲学は近代日本を代表する哲学として戦前の思想界ではもっとも権威がありました。最近はまたブームに成っています。その西田先生がそう嘆かれるのですから、我々のような無名のままいつ埋もれてしまうかもしれないような市井哲学者は言葉を失います。ところで人間も身体的な存在としては個物ですが、他の個物は様々な述語が与えられて、規定されてしまいますから、西田哲学では普遍に還元されて個物性を否定されてしまいます。そこでは自分を選び取る自由な決定は成り立たないとされるわけです。しかし真の個物というのは二つとない存在ですから、絶対に述語とならないといわれます。そういう個物は人格でしかありえないということですね。
西田>そこで人格はたとえ様々に環境や条件によって制約されるとしても、究極において絶対自由意志であり、「親に会えば親を殺し、師に会えば師を殺し、仏に会えば仏を殺す」くらい何者にも決定されないで、自分自身を限定するわけです。これが過去のしがらみにからみとられていた自分を否定し、自分を無にして「物と成って見、物と成って考える」ことなのです。あるいは「物と成って考え、物と成って行う」と言うべきかもしれません。
やすい>そうすることで自分の死を生き、永遠の今を生きるということになるということでしょう。その際、歴史上の過去の人々のぎりぎりの決断や選択が輝きを取り戻して、現在の我々の行為になって復活するわけですね。
西田>ええ、ですから我々の今の行為が、この未曾有の民族的危機と世界史の転換をいかに生きるかが将来の日本をひいては世界を形成する事になるわけです。
やすい>「ここはお国を何百里、離れて遠き満州の赤い夕日に照らされて、友は野づえの石の下」という歌がありますね。すごく哀愁を帯びていて、それで満州事変以後の十五年戦争では歌唱が禁止されたということですが、ともかく日露戦争では満州の丘を日本兵の死体が埋め尽くしたといわれます。そこで尊い血を流して勝ち取った満州を手放すのは英霊に申し訳ないということで、偽満州国を作るなどかなり露骨な大陸侵略を行ったわけです。それが結局日本の敗戦を招いてしまいます。特に敗戦の年には特攻隊が編成され、零型戦闘機や人間魚雷で敵艦に体当たりして、自ら爆死するような攻撃をかけたんです。この行為は日露戦争での凄絶な大量の戦死が招いた悲劇じゃないでしょうか。
西田>ええ、それは悲劇的な例です。日本近代は軍国主義的な膨張主義で近隣諸国に迷惑をかけただけでなく、国民の大量の血の犠牲を強いてきたのです。しかしやすいさんの話では、私の死後どうやら戦後54年間は平和を保て、経済的な繁栄を実現したようじゃないですか、それは戦争の連続で多くの尊い血を流した犠牲の結果、もうどんなことがあっても戦争はコリゴリだという認識を得たからでしょう。その意味で特攻隊の人々も「死して生きる」ことができたわけです。
やすい>それじゃ、歴史的な行為というものはその是非善悪を超えて、それが絶対無に触れるような主体的な決断である限り、我々は過去の人々の苦悩に迫る中で、現在に輝かせることができるのですね。つまりそれらがたとえ否定的なものであっても、大切に心に記念すべきだということですね。また我々が時代を超えて、いつまでも生きつづけることができるのは、そうした過去の人々の営みに支えられながら、現在において自らを絶対の無に置いて、死して生きることで、過去の人々の生と非連続の連続でつながり、永遠の今を生きることによってだということになりますね。言葉の上では分かりますが、「自らを絶対の無に置いて、死して生きる」というと何か禅と武士道に通じる感じがします。
西田>武士道は好きじゃないです。武道は人を殺す術ですからね。武士はその専門家です。そりゃ武蔵ぐらい偉い人になると活人剣なんてことになるけれど。私は日露戦争で弟を亡くした時に、本当に殺し合いや戦争が嫌になりました。私の言いたいことは、物事に取り組む際には無心になってその物事を見つめ、それと一つになって考え、行動すべきだということです。「物に成って考え、物に成って行う」ということです。その際それまでの自分というものは死ぬわけです。そうしないと本当に生きるということはできません。キリスト教でいうと、「罪人のパウロは死に、キリストが生きる」ということです。
やすい>新渡戸稲造や内村鑑三のキリスト教は、武士道に接ぎ木されたキリスト教でした。清廉・無私という武士道の精神は、キリスト教と共鳴したわけです。西田先生はそれほど意識されなかったかもしれませんが、無の論理にしてもやはり禅・武士道・キリスト教に共通する文脈で読み取られていたのではないでしょうか。私がそうした心情の純粋性を大切にする価値観に対して不安を感じるのは、一端決断してしまいますと、どんな残虐な大量殺戮行為だってやってしまいかねないという気がします。
西田>それは心情の純粋性とはあまり関係がないと思います。プラグマティックに効果だけを尊ぶ合理主義者は、必要とあれば毒ガスや原子爆弾を平気で使用するでしょうから。また金儲けに夢中の西洋人は、アフリカで黒人狩りをして大量に船に乗せて、アメリカ大陸に運んだじゃないですか。唯円著『歎異抄』で師親鷲は、虫も殺せないようなやさしい人間でも、状況次第で、一人どころか何百人でも殺してしまうこともあると説いています。もちろん大量殺戮行為でも単なる気まぐれや遊びでやっているわけではない場合、それをする者もされる者も地獄を見ているわけです。我々は残虐行為を決して人間として認めるべきではありません。しかし彼らが凄まじい地獄を体験したということは、忘れてはならない事として現在を限定しています。その意味で「過去という現在」なのです。

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