プラクシスとポイエシス

やすい>まるで梯先生とお話ししているような気分です。これでは私が梯経済哲学と西田哲学の区別をきちんとつけていないことをさらけ出したようなものです。それはさておき、人間も世界も絶対矛盾的自己同一だということは、絶対矛盾的自己同一が場所の論理の根本になっているということでしょう。神と人間、汝と我、社会と個人、環境と主体、生と死、時間と空間、過去・現在・未来などがすべて絶対矛盾的自己同一の実相を示すわけですからね。
西田>ええ、その通りですが、西田哲学は行為的自己の哲学ですから、「絶対矛盾的自己同一」も単なる論理や実相というだけでありません。絶対矛盾的自己同一は行為的直観で捉えるものです。そこで人間にそれと命懸けで立ち向かうプラクシス(実践)を迫るものでもあるのです。
やすい>西田哲学では永遠の現在に焦点があるからでしょうか、歴史の発展法則を否定する傾向があります。それで西田哲学には過程の論理が欠如していて、観相的だという批判がされていました。「絶対矛盾的自己同一」というと矛盾したものが同一であることが絶対的だと受け取られ、諦観的な考え方のように見られています。
西田>三木清も西田哲学の過程の論理の欠如を批判しました。過程の論理は過去→現在→未来と発展する論理を展開しようとするものです。それは永遠の現在に過去や未来を収斂させることで、今をどう生きるかの決断を迫る論理とは違います。客観的な過程的法則に合わせるだけですから、自由意志を窒息させます。それぞれの時代にはそれぞれの時代から取り組むべき課題が与えられていて、それと我々は決死の覚悟で格闘するしかないんです。未来は現在の可能性に過ぎません。だから決して課題の解決は、未来に保証されているわけではないんです。マルクス主義者は社会主義革命の成功を歴史の必然のごとく主張していましたが、ソ連はその後どう発展しましたか。
やすい>ソ連や戦後革命に成功した東欧諸国や中国が、労働者自身が企業や社会を運営する社会という意味での社会主義社会を作り上げたとはとても言えませんでした。一時はソ連がアメリカ合衆国を軍事面だけでは凌駕する程の超大国になりましたが、共産党の一党独裁、スターリンの個人崇拝がひどくなり、官僚主義がはびこり、結局一部の特権階級が出来上がってしまいました。一般の労働者は全く職場でも地域や国家に対しても発言権を失っていたのです。彼らは労働意欲を喪失して1970年代からは生産が停滞し、1985年からゴルバチョフが抜本的建て直しをしようとしますと、各共和国や企業や個別の労働者の不満が嵩じて、ついに1992年にはソ連邦は解体し、共産党中央委員会は一時解体されました。ソ連邦に代わる独立国家共同体は機能せず、ロシア共和国は議会制民主主義国家になり、資本主義的な市場経済を成長させようとしているところです。
西田>やはり私の心配していたとおりです。史的唯物論などといって、安易に歴史の発展段階論を唱え、未来は必然的に社会主義から共産主義へと発展するなどと無責任に唱えていましたからね。それを法則を認識していると称する共産党が指導するとなると、それに反対する勢力は真理に背いていると徹底的に弾圧され、結局恐怖政治になるのです。
やすい>各時代の課題を認識するという場合、その時代の悲惨な状況、社会の矛盾をまず正確に認識する必要がありますね。
西田>行為的直観的に認識しないと駄目ですよ。あれこれと学者や評論家になって議論しても無駄です。マルクスの言うとおり、肝心な事は解釈することではなく、変革することですから。つまり労働者や農民が食べていけないような状態にある。じゃあどうすれば労働者の生活が向上し、農民が豊かに成れるのか、社会変革のプランを示し、その方法を提示して、取り組んでいくべきです。それがポイエシス(制作)です。プラクシスはなすべきことをなす実践ですが、ポイエシスはどのように世界や対象を変えるか、その具体的な構想に基づく行為です。ですから両者は最良のポイエシスは最善のプラクシスでもあるという関係にあります。
やすい>では西田哲学が、ポイエシスを殊更強調されたのはどういう理由からですか。
西田>私がポイエシスを強調するのは、ただ非常時だからお国のために我慢しろ、命を投げ出せといわれても、国民は納得できないと思ったからです。具体的に今日本はどのような国家改造のポイエシスを持ち、どのような東亞の新秩序を造りだそうとしているのか、そのプランを明確に示して、その実現の為に総力を結集するということでなければならないのです。
やすい>それでは結局、時局の展開を後追い的に理念づけて合理化することにしかなりません。当時は軍部が天皇の統帥権を利用して、どんどん侵略を拡大してしまっていたわけです。その上で欧米帝国主義の支配から東亞を解放し、東亞の共同体を作るという美辞麗句を言っても、中国の人民を納得させることはできません。実態として日本の軍事的な植民統治になるに決まっているわけです。

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