戦争への距離

西田>そうですね。戦後の結果から見れば、大陸の利権を手離しても、日本にはよく発達した教育制度があり、勤勉で優秀な労働力がどんどん生み出されているわけだから、資源は海外から輸入し、自由貿易で世界に市場を求めれば平和のうちに欧米やアジア諸国とも共存共栄できるわけです。でも当時は大陸の利権というのは日本の生命線だと言われていました。ですからそれを手離した方がいいんだなんて言えば非国民のレッテルを貼られて、特高警察に引っ張られましたし、確実にテロルの対象になっていたでしょうね。
やすい>そうでしょうね。当時は世界大恐慌の後遺症で、ブロック経済体制の時代でした。それぞれの経済ブロックの形成に必死で、自由貿易体制を回復する展望がなかったわけですから、既得権益を手離すように迫られれば、身構えてしまいがちだったわけです。そして全般的危機論などもあって、近代西欧の資本主義の物質文明が崩壊の危機に瀕していると捉えられがちでした。それに代わるのは東洋の精神文明ではないか、そしてそれをリードできるのは天皇という中心を戴いて国家の近代化に成功し、欧米に対抗しつつある日本ではないかという気負いがあったのではないでしょうか。
西田>というより開き直りみたいな気分ですね。西洋物質文明対東洋精神文明のよう対置にしておくと、では東洋でヘゲモニーを握るべきなのは日本じゃないかと言い易かったのです。でもその実態は東アジアの人民にとれば日本の軍靴で踏みにじられることに過ぎなかったのてす。私はその危険性を認識していました。ですから私は『日本文化の問題』では、最も戒めるべきは覇権主義や帝国主義だということをはっきりさせていました。やすいさんはどうも我々が当時の状況で言えるギリギリの発言を、国民を戦争に総動員するのに協力しただけだったと仰りたいようですね。それなら我々は黙っているしかなかったのです。
やすい>先生のお気持ちは尊いと思います。主体化しない天皇の位置づけでも、各民族の主体性を尊重する東亞共同体のあり方でも、実際の日本軍国主義の侵略のやり方とは大違いでした。そして日本精神を情緒的にだけ捉えて、非合理主義的に天皇を神秘化して根性で戦争するみたいな非科学的な軍部に対して、日本精神もきちんと論理的で科学的なものとして捉え返すべきだとされました。そこに涙ぐましい程のレジスタンスが見えるのですが、そのような良心的で建設的な発言も国家総動員体制の中では、やはり国民全体を戦争に協力させ、参加させていく営みなのです。
西田>まさしく国家総動員体制ですからね。銃後の婦人や子供、老人たちまで皆が戦争の為に武器を造り、軍事訓練を受けていたわけです。そして情報が国家管理され、発言内容が厳しく制限され、監視される中でしか発言できないわけです。ですから我々の発言はすべて戦争に協力的でなければできなかったのです。その中で軍部のやり方や考え方を少しでもましな方向に修正するのが精一杯の抵抗だったのです。やすいさんの批判は皆が軍歌を歌っている時に反戦歌を歌うべきだったという類の批判で、現実味がありません。
やすい>やはり日本では侵略戦争へのレジスタンスの地下活動がほとんど無かったことが致命的です。ですから西田先生の御発言も、軍部のやり方への批判ではあっても、現に行われている戦争を、侵略戦争として西田先生が批判されているのだとは受け取られません。むしろ西田先生の示された理念を戦争に参加することで実践できると勘違いした学生も多かったのではないでしょうか。
西田>その勘違いは私にだってあったのです。戦争に協力的に動くしかない状況で、東亞共同体のあり方等を論じていますと、やはり戦況に一喜一憂するのは一般の国民も同様なわけです。そしてアジア諸国に対して押しつけはいけないとしながらも、やはり日本のイニシアティブを強調するようになっていました。
やすい>でも敗色が濃くなってきますと、松本正夫「西田先生との最後の出会い」(下村寅太郎編『西田幾多郎ー同時代の記録ー』岩波書店)によりますと、天皇制は一地方国家の郷土意識として残ればよいと仰っていますね。
西田>敗戦を前提しますと、日本の国体をお手本に世界国家の形成を目指す構想は用をなしませんからね。それぞれの民族国家が自己の理念を主張して、それを世界に広げていくと世界戦争に行き着いてしまったのです。そこで日本は負けたのですから、今後はアメリカ合衆国をモデルにしたような連合国家が目指されることになります。合衆国の州をお手本にしたような各ステイト(地方国家)を単位にした世界国家の構想です。もうどこかの国が世界的な覇権を確立しようなんていうのでは、うまくいかないでしょう。そうなれば日本は一地方国家、一つの州です。天皇制というのもその郷土意識として、郷土のまとまりの精神的拠り所となるしかないのです。
やすい>経済のグローバル化が加速して西暦2000年を迎えました。歴史はまさに人類統合の新しい時代を迎えようとしています。西田先生の連合国家の理念をこれからの哲学者は考えるべきだというお言葉は、グローバル憲法の作成を考えている我々の大事な指針になります。

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