三木清と西田幾多郎の人間学
やすい ゆたか
三木から西田へ
野口:やすいさんは最近、西田や三木に関心をお持ちのようですね。
やすい:近代は終焉して、時代は世界統合の新しいステージに移っているのです。でもまだ新しい時代の思想は形成されていません。その為には日本近代の哲学を総括する必要があります。この視点から西田・三木について見直しが求められています。それに私の場合は、社会的諸事物も含めた人間を考える「新しい人間観の構想」というシリーズの継続として、西田と三木の人間観の再評価に取り組んでいるのです。
野口:二〇〇〇年一月に停刊になった『月刊 状況と主体』に一九九二年〜四年にかけて連載されていた人間論のシリーズですね。
やすい:残念ながら現在中断中なのです。二千年代の千年間に通用する人間観の構築の課題は、物事を根底から問い直すのが任務の哲学者であれば、だれもが放棄できない問題です。三木・西田の人間学についても、三木の交渉的存在としての人間論や、西田の「物と成って考え、物と成って行う」という人間論には、私のいう「社会的諸事物も含めた人間」論が入っているのです。もっとも服部氏の指摘にもありますように、田辺元がやはり「交渉的存在」というタームで人間論を展開しており、自然を人間の非有機的身体とするマルクスの『経済学・哲学手稿』に通じる議論を展開しているのですが、今回は取上げていません。
野口:西田の人間学の論文というのは読んだことがありませんよ。
やすい:『続思索と体験』の中の「人間学」という小論で、西田は「哲学は人間学である」と述べています。その意味では彼の著作全体が人間学なのです。特に『哲学論文集 第三』の第一論文「人間的存在」は西田の人間学を理解するための手がかりになります。
西田は哲学の動機を「人生の苦悩」に求めています。それで哲学を人間学として展開したのです。ですから三木の人間学は西田哲学の人間学的解釈であったと言えるかもしれません。ただし三木は西田哲学を人間学として深めましたから、西田は三木の成果の上に立って自分の人間学を更に深めたことは十分考えられます。西田は三木を弟子たちの中では、一番高く評価していたわけですからね。
野口:それで三木の人間学を手がかりにして、西田の人間学を読もうというのが、今回の目論見ですね。