「夢の翼」を追って

 私は梅原猛の戯曲『ヤマトタケル』を読み終わって、興奮のあまりなかなか眠れなかった。ヤマトタケルを懼れ、彼を単身で熊襲や蝦夷征伐に追いたて、大王権力の安泰に利用しながら、ヤマトタケルを大和に入れまいとしていたオオタラシヒコ大王(諡は景行天皇)は、大和へのヤマトタケルの凱旋を引き伸ばそうと彼を、大江山の山神たちの討伐に差し向けた。ヤマトタケルは草薙の神剣を嬢子の床辺に置き忘れてきた為に氷雨に打たれて病になり死んでしまう。

 ヤマトタケルの霊は白鳥になって大和を目指すが、大和には入れない。河内の妻の土地に降り立ちそこに墓を作ってもらうが、やがて再び白鳥は飛び立ちいずこかへと去っていく。ヤマトタケルの魂は大和を目指しているが、それはあくまで「国のまほろば」である大和を取りたいからである。ただ大和に舞い降りればそれでいいのではないのだ。だから白鳥になったからといって、大和には降り立たないのである。あくまでも大和を取る英雄に転生するために飛んでいくのだ。

 しかし大和を取るというのは一体どういう意味だろう。ヤマトタケルが父王に代わって権力を握り、それを守るためにライバルを排除することか、それならヤマトタケルが目指す本当のまほろばとしての大和ではあるまい。

 梅原戯曲『ヤマトタケル』は、父子の葛藤と最終的和解という、演劇のおさだまりのパターンに囚われてしまった。それは猿之助劇団ファンの感動の涙は誘うだろう。こうしなければドラマとしてまとまらないのかもしれない。しかし現実の歴史のドラマは、ヤマトタケルの満たされなかった望み、ヤマトタケルの怨念が白鳥となって、天かけり、新しい英雄となって再生する形でさらに展開する筈ではないのか。でなければ梅原怨霊史観の展開としては不徹底である。

ところが、梅原戯曲は、叶わなかった夢を父王の計らいで、ヤマトタケルの息子にいとも安易に叶えさせてしまう。ウームどうも納得がいかないぞ、ヤマトタケルの息子はそんなに簡単に大王の位を継げたのだろうか。

 『古事記』では明らかでないが、『日本書紀』の記述をたどると、ヤマトタケルが亡くなった時に、景行天皇は存命だった。景行天皇没後成務天皇が即位し、その後にヤマトタケルの第二子である仲哀天皇が誕生している。なぜそういう矛盾した記述になったのか、それは仲哀天皇の即位を後にずらすためではないか。そうしないと成務と仲哀が同じ時期に帝位についていることになるからである。成務は志賀高穴穂宮で、仲哀は長門豊浦宮、筑紫香椎宮で天下に号令していたのである。ということは大和政権に対して筑紫勢力に擁立されてヤマトタケルの息子が対抗していたことにならないだろうか。これは三輪王朝から河内王朝への転換の歴史についての新しい解釈だ。なおこの場合の河内王朝の初代は品陀和気大王(諡は応神天皇)である。大和から河内に移るのは二代目の大雀大王(仁徳天皇)からである。

しかし眠らなければ、明日も朝1時限目からの授業だ。こんな時のために梅酒が用意されている。だが今夜の梅酒は、かえって胸が焼けるような気がして、寝付けない。「夢の翼」よお前はどこへゆくのか?いつのまにか私はお芝居の夢を見ていた。

「夢の翼ーオキナガタラシヒメ物語ー」

第一場 葛城山の河内側の麓

登場人物

 息長宿禰王(オキナガスクネノミコ)ー息長帯日売(オキナガタラシヒメ)の父、台本では父、宿禰と記す。

 葛城高額媛(カツラギタカヌカヒメ)ー息長帯日売の母、台本では母、高額媛と記す。

 息長帯日売ー台本では日売と記す。

 作者ー幕間に出てきて宿禰に質問する。

 

息長宿禰 息長帯日売は本当にみめ麗しい乙女になったのう。そなたと見まごうほどじゃ。

葛城高額媛 私なんかもう皺くちゃですわ。娘が美しくなればなるだけ、母というのは老いさらばえていくもの、娘に若さと美しさを吸い取られていくものですね。それでも娘が美しい女に育っていくのを見てうれしくなるのですから、因果なものですわ。

宿禰 それはそなたが優しい母だからじゃ。中には鬼のような母がいてのう、娘に吸い取られた若さと美しさを取り戻そうとして、自分の娘を殺して、娘のきもを食べたという話を聞いたことがある。

高額媛 なんと恐ろしや、あさましや、私の心の奥底にもその鬼母が隠れ住んでいるのではありますまいか。

宿禰 滅相もない。そなたほど優しい母、貞淑な妻はこの世にはおらぬわ。ところで日売も、そろそろ頼りになる男に添わせてやらなくてはな。私のような葛城山周辺に宮があった大和古王朝の没落王家の者では、日売の行く末が心配じゃ。いい結婚をさせないとな。

高額媛 そう御謙遜なさいますな。あなた様は今では丹波地方では土地の人々に慕われて、豪族として勢力を誇っておられるではありませんか。

宿禰 いや大和葛城に顔がきくので、なんとか大和と丹波との交易で御役に立てている。それで、丹波の人々から宿禰王と持ち上げられているだけだよ。

高額媛 日売は勝気でお転婆な上、何か夢ばかり見ている子ですからね。鳥が好きで鳥を見ては未だに子供のように何処までも追っていくのですよ。それで大怪我をしたことも一度や二度じゃありません。

宿禰 そういえば、そなたも白鳥を追いかけて谷に落ちて気を失っていたことがあったじゃないか。

高額媛 大きな美しい白鳥でした。あの白鳥はわたしを呼んでいるようだった。わたしはあなたがはじめて訪れる夜の約束も忘れて、ひたすらかけたわ。

宿禰 もう十七年も前のことになるのかな。あの日のことは昨日の様に覚えているよ。そなたを見初めてからというもの、丹波には戻らず、大和葛城に居座って毎日山を越えて一年近く通いつめたからな。そしてやっと色よい返事をもらったのじゃ。わくわくして妻問にいったら、そなたがいなくなったという。そしてしばらくしたら、そなたの父上がそなたと白鳥の骸を運ばせて戻ってこられた。なんでもそなたは白鳥の骸を抱きしめたまま気を失っていたそうじゃないか。あの骸は翌日埋葬したそうだが、噂ではそなたは、父上に切にお願いして、その鳥の肉を食べたそうだな。

高額媛 どうして今頃になって、そんなことをお尋ねになるのです。

宿禰 ずっと心にひっかかっていたが、何か立ち入ることが憚れたのだ。踏み入ってはならぬ、秘め事があるような気がしてどうしても訊けなかった。でも日売がまた鳥を追いかけているのを知ると、訊かずにはおれなくなったのだ。

高額媛 あなたに隠し事をする気はなかったのですが。言っても信じてはくれますまい、

そう思って心に秘めていたのです。でも日売の生まれにも関わることですので、父親のあなたにいつまでも秘めておくわけにはいかないでしょう。もしそれがただの夢の話にすぎないと思われるなら、気に止めないで下さい。そして私の申すことが本当だと思われたら、どうかそのことにお気を悪くなさらないでくださいね。

宿禰 話を聞いてみないと分からないが、そなたが美しい白鳥を追いかけて気をうしなったこと、その際、白鳥を抱きしめていたことを聞いて、そなたのことがますますいとおしくなりこそすれ、そのことに気を悪くしたことなどなかった。もし日売に関わっている話なら日売にも聞かせることにするか、ちょうどこちらにやってくる。

鼻歌を歌いながら日売が登場する。

息長帯日売 お邪魔ではごさいませんか。

宿禰 どうして邪魔なものか、そなたにあいたくてたまらなくなってこうして尋ねてきているんだから。今ちょうど母上の秘め事を聞いていたところだ、そなたにも関わることだから、一緒にお聞きしよう。

日売 それは興味津々だわ。お母様は何をその小さな胸に大切に秘めておられたの。

母 そなたが生まれる前に、白鳥を追いかけて崖から落ちて気を失っていたことがあるって話していたでしょう。

日売 ええ、その話を聞いてから、私も白鳥を見ると胸が騒いでかけだしたくなるようになったの。

母 その気を失っている時に、私は夢を見たの。白鳥が舞い降りてきて、倒れている私の側にきて心配そうに私を見ていると思ったら、凛々しい若者の姿に変わっていたのよ。

日売 まるで夢みたいな話ね。

 そうよ、夢の話よ。

日売 分ってるわよ、どうぞ続けて。

 そして私を抱き起こし、こういったの。「わたしはヤマトタケルの霊だ。大和に帰れなくて彷徨っている。」そこで私はこう答えたわ。「この葛城山を日の出るあちらの方向に越えれば大和ですわ。」するとヤマトタケルの霊は「それは分かっている。私が帰れないというのはそういう意味ではないのだよ。ともかくもう私は力尽きてしまって、これ以上は飛べない。そこでそなたに最後の願いがあるのだが聞いてくれるか。」わたしはもちろん否むことはできなかった。

宿禰 すごくドラマティックだな。

日売 そうよこれはドラマよ。 

宿禰と母はズッコケル。

母 「皇子の霊の最後の頼みとあらば、大和の嬢子なら命にかけてやり遂げないものは,一人たりとはいませんわ」と応えたの。すると「白鳥は私の霊だ、その霊を引き継いでおくれ。私がそなたの子に転生し、何時の日か大和に還る思いを遂げるために、白鳥の肝の肉を食べて欲しいのだ」と皇子の霊が言われたの。わたしは美しい白鳥の肉を食べるなんて、人として犯してはならないものを犯すような怖さを感じて、体がぶるぶる震えたけれど、皇子の望みを叶えるためなら、たとえどんなに恐ろしい罪でもあっても、成し遂げなければと思ったのです。

日売 それでは私は、父上の子ではなくて、ヤマトタケルの子なのですか。

母 そなたはヤマトタケルの霊はひきついだかもしれないが、決してヤマトタケルの御子ではない。日売、子ができるためには男女のまぐわいというものをしなければならないのだよ。その言葉を言い終えるとね、ヤマトタケルの霊は力を失い、白鳥の骸に変わり果てられたの。私は思わず白鳥の骸を抱きしめたまま、再び気を失っていた。

 とても大きな、とても重い、とても不思議な体験だったんだね。とんだとりこみでその夜は妻問は中止になり、私もそなたが元気になるまで、少し間を置こうと思っていたら、そなたの方からあくる日使いが来て、「どうしても今夜にも来てくれなくては死にます」というぶっそうな文をことづけたものだから、あくる日から五日ほど、そなたの閨に籠もりきりだったな。

母 私は必死でした。どうしても子を授からなくてはとね。白鳥の肉がこなれて、出て行けば、私の体に皇子の霊がのこり、それが息長宿禰王から戴いた命の元にとりつくと思ったのです。余り日を置くと、皇子の霊も薄れてしまう気がしたので五日の間に、ひたすら子が授かるように祈り続けました。

 そうかそうだったのか、そなたは私の腕に抱かれながら、心ではヤマトタケルのことばかり考えていたのではないか。

 そう思われるのではないかということが恐ろしくて、今まで口に出来なかったのです。ヤマトタケル様の死んでも断ち切れなかった思いを遂げさせてあげたいという気持は、色恋などは超えております。女として愛される喜びを与えてくださったのはあなただけです。わたしがどんなにあなたのことを心の底からお慕い申し上げ、心の頼りにしてきたか、私の真心が通じていなかったのなら、たった今でも私は死ぬ覚悟はできているのです。

 これは私としたことが、あさましいことを口にしてしもうた、許しておくれ。私とて神倭伊波礼毘古命(諡は神武天皇)のお建てになった王朝の最後の大王若倭根子日子大毘毘命(諡は開化天皇)の曾孫だ。御真木入日子印恵命(諡は崇神天皇)に大和の支配権を奪われて、今は丹波の地方豪族に過ぎない。それでも何時の日か政権を奪い返す日があるかもしれないと思い、あるべき政治の理想を常に胸に持って夢は失わずにいるのだ。

 それならこの子こそ、ヤマトタケル様の霊と大和古王朝の血を引いていますから、大和に還って、ヤマトタケルの理想と息長宿禰王の理想を実現するに相応しいと言えるかもしれませんね。女に生まれついたのが残念ですが。

父 その上、高額媛は新羅の王子、天之日矛の末裔だと聞いている。

母 ええ、天之日矛様の伝説がおもしろいのよ。女の人が昼寝をしていると日光がそのほとを照らされたので、赤い玉が生まれたのですって、天之日矛様は、その玉を手に入れられたそうなの。そしたら、その玉は化生して美しい女になったので、天之日矛様は御自分の妻にされたの。

その女の名は阿加流比売といったそうよ。阿加流比売は真心を尽していたのに、天之日矛様に文句を言われので、プイと飛び出して、自分の父である日の国に帰ってしまわれたの。

日売 その日の国がこの大八嶋だというのはどうしてなの。

母 そりゃあ、お日様は東から昇るからでしょう。新羅からみて、東はこの大八嶋なのだから。それで天之日矛様は、新羅の国を弟に任されて、その比売の後を追って、大八嶋のあちこちを探し回られたのよ。結局見つからなかったようだけれど、この大八嶋に住み着かれたの。但馬の出石神社には天之日矛様が新羅から持ってこられた八つの宝が納めれているのよ。

 新羅は宝の国なのだな。

日売 私の体の中にヤマトタケルの霊と大和古王朝の血と新羅王家の血が宿っているのですって。私はただ鳥のようになにものにも囚われないで自由に空を飛び回りたいだけなのに。

父 「自由?」自由なんて言葉は、この時代にはない。やりたいことをするのはいいけれど、自分が生まれ育って引き継いできたものがあって、はじめてやりたいことが何だか分かるし、自分が試せることも決まってくるんだ。自分が引き継ぎ、背負っているものを、自分の意志で引き受けてはじめて、自分の理想や可能性に向けて鳥のように飛び立つことができるんだよ。

母 そんな難しいお話をなさっても、女にはわかりません。ともかくこの子が自分で納得できるような結婚をさせることでしょう。そうすれば、それが踏み台になって新しい人生が開けてきます。もしこの子に何かの運命があるのなら、必ずその時に現れずにはおれない筈です。

 

ここで作者が登場し、息長宿禰に質問する。

作者 「大和古王朝」という聞きなれない言葉が出てきましたが、カンヤマトイワレヒコ大王(諡は神武天皇)からワカヤマトネコヒコオオヒヒ大王(諡は開化天皇)まで九代で王朝が切れているというのはどういう根拠があるのですか。

宿禰 ミマキイリヒコイニヱ大王(諡は崇神天皇)は「初国知らす大王」呼ばれ王朝の初代大王という名を持っておられるのです。これはカンヤマトイワレヒコも同じです。それに地域的にも古王朝は葛城山から畝傍山にかけての大和盆地の西南に集中しています。ところが現王朝は盆地の東南部の三輪山周辺に集中していました。もっともオオタラシヒコ大王(景行天皇)の晩年から現大王にかけては志賀高穴穂宮に移っていますが、古王朝を葛城王朝、現王朝を三輪王朝と呼ぶこともできます。

作者 同じ「初国知らす大王」ということで、古王朝の方は虚構ではないかという解釈が私の生きている現代の歴史家には有力なのですが。

宿禰 ぎょ、それじゃ私などは架空の人物だったことになりますね。古王朝架空説には、王朝が連続しているという思い込みがあるんじゃないのでしょうか。

作者 息長宿禰王が架空かどうかわかりません。といいますのが息長氏は後に近江の大豪族として栄えますから、その系図の中で存在感があります。

宿禰 少しホッとしました。でも古王朝が架空だというのはどうしてですか。

作者 あれ、質問者が質問されている。まあいいか。それは、中国式の暦で十干十二支の大きなサイクルで一蔀にあたる千二百六十年毎の辛酉の年に大革命が起こるとする辛酉革命説があります。それによって、イワレヒコの即位の年が決められているからです。

宿禰 なんのことかさっぱり分かりませんが。

作者 ともかくこの辛酉革命説は、この場面から二百年以上後に大陸から伝わっています。大陸の西の果ての暦を西暦といいます。この場面は、西暦三百年代の後半です。その西暦六百一年が辛酉年にあたります。その年から大改革をしようという意気込みだったのです。それでその年から千二百六十年前といえば西暦で紀元前六百六十年の辛酉年が大和古王朝の開始になります。

宿禰 それじゃあ、古王朝は随分長く続いたことになりますね。

作者 ええ、古王朝の全部で九代の王で千年以上になってしまうのです。だから一代の在位期間が平均すれば百年を超えることになってしまいます。

宿禰 それはたしかに長すぎます。でもあくまで年数の問題です。年数が実際の数倍になっていようが、その王朝が存在しなかったことの証明にはなりません。それにイワレヒコ大王が日向から東征されて来られた経路や逸話が伝わっています。当時とは湾の形などが現在でも違っているのですよ。後世の人が作り話で書くのは無理があります。

大阪湾の古地図を見せながら、観客に説明する。

作者 それはそうですね。南方のところから河内湖に入れるようになっていて、イワレヒコたちはそこからいったん敗走していますが、そういう話は出口が塞がり、湖が小さくなっていった後世からは作れません。しかしそれはイリヒコ大王の説話を架空のイワレヒコ大王の説話にしていたとも考えられます。

宿禰 しかしイリヒコ大王の説話では大物主を祀らなかったので祟ったいう話があります。それで三輪山の祭祀が中心の三輪王朝になるわけです。これは元々は葛城王朝の祭祀だったのです。葛城王朝は、東征して前の王朝を滅ぼしたわけです。その際、相当ホロコースト(大虐殺)してるわけです。

作者 その時代にそんな横文字の言葉あったんですか。

宿禰 無い、無い、そこはアドリブですやん。

作者 その時代にアドリブなんて言葉あったんですか。

宿禰 無い、無い。だからこれはお芝居やからよろしいやん、固いこと言わんかて。

作者 その時代にお芝居なんて言葉あったんですか。

宿禰 無い、無い。え、お芝居なかったやろか。無いわな、まだ。とにかく、古王朝である葛城王朝では、その前の大国主とその守護神である大物主を祟らないように祭ってきたのです。

作者 けれど、葛城王朝が倒されると、祀らなくなったわけですね。

宿禰 はい、それで三輪王朝に祟って疫病がはやりました。それで、また祀るようになったという話がイリヒコ大王のお話の中心です。

作者 なるほどそれで後世になって崇神天皇の諡を贈られたのですね。

宿禰 ともかくイリヒコ大王は、自分は東征していなくて、東征王朝の葛城王朝を打倒したことを示唆しています。

作者 なるほどね。もしイリヒコ大王が東征したなら、自分が征服し、虐殺した人々を祭ることを始めているはずだということですね。でもイリヒコ大王が東征していないのなら、葛城王朝から三輪王朝への転換も説明できないじゃないですか。

宿禰 だからイリヒコ大王は、西の筑紫や吉備などから東征したのではないのです。三輪山周辺を中心に勢力を張り、優勢な武力を背景に葛城王朝に対して権力を譲ることを要求したのです。そして実際は歳はあまり変わらないのに、ネコヒコ大王の子供ということにして権力を禅譲させたのです。その際は、ほとんど血を流していないので、葛城王朝の王たちを神として祀ることはなかったのです。

     ★第二場に進む        ★目次に戻る