第九場 大和磐余若桜宮
登場人物 作者 大臣 イトテ 息長帯日売大王ー台本では大王と記す。宿禰 高額媛 大伴武以連
土塀に囲まれた宮の門があり、その前に建内宿禰が立っている。そこに作者がインタビューしている。
作者 私、ただいま神功皇后について、お芝居を書いているのですか、分からないことだらけで困っております。つきましては大臣にいろいろ質問いたしたいのですが、よろしくお願いいたします。
大臣 神功皇后?そんな名前の人は存じませんが。
作者 すいません。それは諡と言って後世の人が付けた名前でした。息長帯日売命の物語です。
大臣 ああ大王のお話ですか。
作者 やはり大王に即位されておられたのですか。
大臣 いや正式に即位されたというわけではありませんが、私どもは息長帯日売命のことを大王と思っております。だって先の大王が崩御されてから、ずっと大王の職務を見事にこなしてこられました。それに品陀和気命はまだ幼いので大王の仕事はできません。
作者 品陀和気命は息長帯日売命が亡くなられてから大王に即位されていますから、やはり息長帯日売命が大王だったのですね。後世の歴史書では神功皇后とか皇太后と呼んで、大王や天皇に含めていません。それは三輪王家との血縁がなかったので、後世の基準では大王や天皇に出来なかったからだと思われます。ところでオオキミという呼び方は王だけでもされます。オオキミの皇子が王と書いてオオキミと呼ばれている場合もあるんですが。
大臣 最高権力者をオオキミと通称しますが、皇子や地方国家の王もオオキミと呼ぶことがあります。尊敬の念を篭めて呼んだり、実力者や大物ならオオキミと言っておかしくないんです。ですから最高権力者は正式には「天の下しろすめす大王」と呼ぶわけです。その意味での現在の大王は息長帯日売命です。
作者 建内宿禰大臣は古王朝の第五代大倭根子日子国玖琉命(諡は孝元天皇)のお孫さんにあたられますから、実にこれまで八代の大王におつかえしていることになりますね。いったいお歳はおいくつなのですか。
急によぼよぼになる。
大臣 そろそろ三百歳にはなりますか。そんなわけないでしょう。私は大和政権の大王だった若帯日子大王(諡は成務天皇)と同じ日に生まれています。うちは代々建内宿禰を名乗っているのです。
作者 ところでこの時代の大王の年齢が百歳をこえている場合が多いのですが、
本当にそれだけ長く生きられたのですか。
大臣 この国では長寿が好まれるので大袈裟に表現したのではないですか。
作者 海の向こうでは春夏秋冬で一つ歳をとるのに、この国では二つの季節で一つ歳をとるように数えていたのではないかという「倍年暦」という年齢の数え方があったという説がありますが。
大臣 その質問には応えられません。もちろん私はその答えを知っていないわけはないのですか。
作者 それにしてはヤマトタケルだけは三十歳で崩御されておられて、しかも何人もお子さんがおられるので、倍年暦では話が合わないんですが。
大臣 もし倍年暦という数え方があったとしたらですが、それは後世の人が、ヤマトタケルが後世の感覚で六十歳で崩御されたのではおかしいと思って、半分に直されたのでしょう。そろそろ宮で品陀和気皇子のお誕生日会が開かれますので、失礼します。
作者 それは将来大王になることが確定した皇太子になる立太子の式典ではないのですか。
大臣 皇太子?そういう制度はありません。大王は存命である限り、退位されませんから、息長帯日売大王より先に亡くならない限り、品陀和気皇子が次ぎの大王になるのは確実でしょう。大王が女性ですので再婚でもされない限り、他の皇子がお誕生になることはありませんから。
作者 それからもう一つ新羅の王子天之日矛伝説では日の神は、女の陰を照らして玉を孕ませる男の神なのですが、大和の天照大御神は女神ですね。どうして性がかわってしまったのですか。
大臣 ええ、日の神は男でしょう。後世で女神になっているとしたら、後世の人々の事情でそうなったのでしょうね。
土の塀が取り除かれ、宮の内部の場面になる。
イトテ 大臣おひさしぶりです。加羅・新羅・百済などから沢山の宝物をお土産にただいま戻ったところです。そして筑紫の様子もお知らせしなければと、お尋ねした次第です。大王にはご機嫌いかがですかな。
大臣 これはおなつかしい。熊襲も大王になつき、新羅征服に成功して筑紫の国もさぞかし活気づいていることでしょう。
イトテ ええ、半島からの珍しい文物や技術の流入が飛躍的に増えましたね。ただし半島での武威を誇るには、大和に中心があるのは不便です。これからは半島諸国が巻き返してくるでしょうから、大王に筑紫にいてもらって、重大な局面にはまた海を渡っていただく必要もあろうかと存じます。
大臣 この豊葦原瑞穂国は、東国支配の安定と開拓の推進という重大課題を抱えていますから、都を西に持っていくのは難しいですね。とはいえ大王は半島からの貢物の魅力にとりつかれておられますから、筑紫遷都にはお心を動かされるかもしれません。
新羅から貢物の宝飾を全身にまとい息長帯日売大王が品陀和気命の手を引いて現れる。その後ろには息長帯宿禰と高額媛がついてくる。宿禰は晴れ晴れしいが、高額媛は強張った表情である。これまでの登場人物で大王側だった人はすべて席についている。
大王 本日は皇子の三歳の誕生日に集まってもらってありがとう。イトテの君もわざわざ筑紫から、この日に間に合うようにかけつけてくれました。本当にありがとう。
イトテ われらが美しき大王とわれらが希望の皇子に再びお目にかかれる幸せ、何物にも代え難い感激です。(少し涙ぐむ)先の大王と共に半ば無理やりに筑紫にお連れし、筑紫の危機を見事に救っていただきました。熊襲をまつろわせ、新羅を打ち従わせ、ばらばらになりかけていた筑紫の国を一つに纏め上げてくださいました。ひとえに大王の神々しい威徳の賜物であります。
大王 イトテの君には本当にお世話になりました。そなたの支えがなければ、何一つ出来ませんでした。
イトテ 滅相もございません。おなかに子供を孕んでいながら、凛々しくも御出陣本当にみんな感動いたしました。あれで倭国兵士の心が一つにまとまったのです。
大王 これもヤマトタケルの霊のお導きです。
イトテ またおなかの中にありながら母大王と共に新羅討伐におおいなる功績をあげられた希望の皇子にも感謝いたしております。
大王は皇子を抱き上げ、イトテに抱かせる。イトテは肩車をして舞台をめぐる。皇子を宿禰に渡す。
イトテ しかしながら半島情勢はなかなか落ち着きません。あれほど懲らしめを受け、大王の温情で生かされておりがら、新羅の新王たちは裏で人質の取り戻しなどを画策しておるようです。いずれ遺恨を晴らそうと、他の半島諸国に取り入ってわが国の半島での覇権を覆す動きにでるやもしれません。
大王 どうもそれは事実らしい。いずれ懲らしめの為に兵を送らねばならないかもしれない。
イトテ どうか大王にはただ大和政権の大王であられるだけでなく、筑紫倭国の大王でもあることをお忘れなく、筑紫にも行幸あられますように伏してお願い申しあげます。
床に頭をこすりつけている。大王、困った様子。
宿禰 ここは祝いの席、無礼講じゃ。政治向きの話はまたにしましょうぞ。今日はヤマトタケル様の孫にして、葛城王朝の血を引くホムダワケの三歳の誕生日だ。この子の中に二つの王朝が恩讐を越えて一つになっている。
高額媛 これらはすべてヤマトタケルの霊の導けるところです。私があの白鳥の妖しい美しさに心奪われなかったら、日売はヤマトタケルの霊をもっては生まれていなかった。
大臣 ヤマトタケルの霊も大和に還れて、見事に思いを遂げられましたな。
大王 まことにそうでしょうか。私が大王になり、その地位をこの子に引きついでいけたら、それでヤマトタケルの思いは叶ったのでしょうか?
大伴武以連 今や大和政権は東アジアの強国です。この姿を見ればヤマトタケル様の霊もさぞかし満足されていることでしょう。
大王 大和に還るということは、大和を強国にするということではなかったはずだ。
大臣 弱い国ではすぐにどこかに攻め滅ぼされます。
大王 ただ大和を取るためには筑紫を強国にせざるを得なかったのだ。それで新羅まで出かけて制圧し、その勢いで大和を攻め取った。その結果大和は半島にまで覇を誇る強国となった。
大臣 いったん強国になればその力を維持しなければ、今度は他の諸国に攻め滅ぼされることになります。
大王 強国であるためには、属国に対してどうしても強圧的になるし、大和政権内の貧しい人々にもつらくあたるようになる。そんなことで、皆が心を開いて語り合え、協力し合えるような、嘘偽りのない大和の国家づくりができるだろうか。人々の心が打ち溶け合って、協力しあえ、互いに尊敬しあえるような国づくりに成功しない限り、我らは本当の大和に帰ったとはいえないのだ。
大臣 まことに正論です。大王たるもの民におやさしいお気持をお持ちになることがなにより大切です。大王のやさしさは皇子にだけてなく、我々近臣にも、そして名もない民衆に対してまで行き届いています。さらに熊襲や新羅の民にまで。大王が民を信頼し、民を愛されているからこそ、民衆が為政者を信頼し、互いに信頼し合い、力を出し合おうとするのです。それでこそ倭国の倭は和につながり、大和は大和国とよばれているのです。
高額媛 老婆心から一言言わせてもらいます。息長宿禰王は香坂王・忍熊王を支援した大江王の地盤まで手に入れて、近江から山代一帯をも配下に収められ、今や建内宿禰大臣と並ぶ最大の豪族になられました。都や近江に大きなお屋敷をお持ちですが、わたしは河内葛城の旧家を離れる気がしません。河内葛城の我が家も土豪ですが、父も母も土仕事が好きで、そこで民草と共に野良作業で土にまみれて暮らしています。
種をまき、肥やしをやり大切に育てた実りを収穫して、それをいただく。自分で育てた生き物から食料や衣料を作り出す。それを互いに融通し、交換して生業を立てる。自分たちで作ったものだから、お互いに感謝し、喜びを分け合ってくらすことができます。そうしてそ、本当の和が生まれ、大和の国ができるのと違いますか。
大王 お母様、何がおっしゃりたいのです。私が野良作業をしていないから、民草が作ったものを取り上げて、民草を苦しめているとでもおっしゃりたいのですか。
大臣 この数年間大王のご苦労やお働きは、何万人分いや何百万人分、何千万人分、何億人分ものお働きです。それに比べれば大王の宮殿、お召し物、宝飾類、御召し上がるものはみな粗末過ぎるものです。貧しい民衆から比べると贅沢に見えるかも知れませんが、それも大王としてみすぼらしくするのは国家の威厳に関わるからであります。そこのところをどうか御理解ください。
高額媛 私は心のことを言っているのです。為政者は建前では民に優しく、徳を及ぼすと言われます。しかし実際は軍事や造作で過酷な負担を民衆に課し、平和に暮らしていた国を宝の国だといって攻め滅ぼし、さんざん災難を与えた挙句、温情で生かしてやったのに貢物が遅れたといっては兵を送って沢山の民草を殺めるのです。
加羅倭国兵A それは少し、いや全く間違っています。新羅が半島における倭国の拠点加羅を取ろうとしていたので、大王が身重にも関わらず、命の危険を冒してまでも加羅の民草を救って下さったのです。
イトテ 倭国の半島経営は、この国での鉄資源と鉄器生産技術や土木、織物、農耕技術等の確保ならびに向上には欠かせないものなのです。もちろん平和的に行われるのが最も望ましいのですが、どうしても国益がぶつかり合い、武力で解決せざるを得ない場合もございます。その際、こちらが非力や弱腰では、半島での拠点を失うだけで済まず、いずれは半島からの武力侵攻を招くことにもなりかねません。
高額媛 為政者たちはいつも殺さなければ殺されると言って人を殺す。殺人鬼と同じ理屈を使います。侵略されそうになったから侵略したといいます。まるで人殺しの準備と訓練をいつもしていて、相手の隙があればいつでも殺してもかまわないというようなもので、そうでないとこっちが殺されると考えているのです。
大王 それが現実なのですよ、お母様。
高額媛 そなたは、現実だといって、自分の祖先の国新羅の民を大虐殺したのですよ。新羅は私たちの祖先の国なのですよ。平和に仲良く暮らしている一般の民衆は、互いに殺意ももっていませんし、怨みも抱いていません。他人を殺す準備も訓練もしていません。仲良く平和に暮らせることを念願しているのです。いつの世も為政者が国家というものを作って、その権益と領土の拡張を虎視眈々と狙い戦争の災いを民衆にもたらしているのです。
大王 もし国家を作らなければ、他の強力な国家に隷属させられるだけです。
高額媛 あの忍熊王との戦いもそうです。互いに大王の地位を取られまいと策略で相手をやっつけることばかり考えていたじゃないですか。同じ帯中日子の家族なのに臣下を交えて話し合って、次ぎの大王を決めればよいものを、どうして殺しあわなければならないのです。自分があるいは自分の息子が大王にならなければという権力欲だけで行動するからです。
大王 私は臣下たちに請われて大王の仕事をしていますが、大王に就任したこともなければ、自ら大王を名乗ったことは一度たりともありません。それに謀略で皇子たちを殺したのではないのです。あくまでも品陀和気皇子の身の安全を図るために、待ち伏せられている恐れを感じて、死んだことにしたまでです。実際あの皇子たちは謀反をおこしたのですから、私の決断で自分の息子の命を守れたのですよ。
宿禰 わが妻よ、もう止めなさい。大王に対する不敬の言葉は、実の母でなければ死刑になっているところだ。大王、どうかお許しください。為政者の苦労や正義は、民衆には理解できないばかりか、とても罪深いものに思えることもあるということが、これでよく分かったでしょう。
高額媛 私の言葉が不敬にあたるのでしたら、どうか死刑にしてください。もとより大王に意見する限りは、いかに母とは言え、死は覚悟しているのです。私もヤマトタケルの霊を受け入れた以上、「大和に還る」ということがどういう意味なのかずっと考えていたのです。でも息長帯日売大王の政治はどうもヤマトタケルの願いを叶えているものではないと思えてしかたないものですから、ずっと苦しみ抜いてきました。ですから命に代えても言わずにはおれなかったのです。
大王 それならとどうしてあなたは白鳥の話などしたのですか。あなたの娘が、十五・六の若さでヤマトタケルの霊を宿し、葛城王家の血を引き継いだ数奇な運命を引き受けなければならなかった苦しみも気づいてくれてもよかったでしょうに。
高額媛 あの時は、そなたに尊い霊が宿っていることを知らせ、自分に誇りをもって生き、自分を大切にして欲しかったから言ったのです。でも言うべきではなかったかもしれない。
大王 たとえ神がかりとはいえ、夫に死の宣告をし、身重の体を抱えて熊襲を懐柔し、新羅に出征するのはどんなに怖くて、苦しいことだったか。自らの運命から逃げては、私を生んでくれた両親に申し訳ないと思ったからじゃありませんか。
高額媛 大王になり、戦争や重税で民衆を苦しめるのが、ヤマトタケルの望みではなかった筈よ。
大王 こうしてやっと大和に還ったのです。ヤマトタケル様の霊と血を引き継ぎ、葛城王家と三輪王家の血をさらには筑紫王家の血も享けている子をこうして大和に還したじゃないですか。私はこの子を守るためには、どんなことでもします。恐ろしい専制君主にならなければならないかもしれない。でもこの子を立派に育て上げれば、この子に宿っている尊い何かが、きっと夢の翼を拡げて理想に向かって飛び立ってくれる筈です。
高額媛 この三年間の内戦と侵攻でどれだけ民衆の命と生活を犠牲にしてきたか、民衆の目の高さから見ることが出来ないそなたには分からないでしょう。私は民草と一緒に土を耕し、共に同じ荷を背負っているから分かるのです。私は本当に申し訳ない気持で一杯でした。その間におまえ自身も本当につらい残酷な思いをしてきたじゃないですか、お願いだから、河内葛城に帰って一緒に土に生きましょう。それがお前にとっても、その子にとっても一番の幸せなのだから。ヤマトタケル様は「愛しけやし 吾家の方よ 雲居立ち来も」と本当の思いを歌われているのですよ。そなたは宮にいてこそ尊いものが輝くと思い込んでいるが、民草の藁葺の家にこそ本当に大切なものがあると歌われているのですよ。
幕が降りる。