第二場 葛城山の河内側の麓

登場人物

日売(ヒメ)。息長宿禰王。

帯中日子命(タラシナカツヒコノミコト)ーヤマトタケルの第二子、台本では命と記す。

帯中日子命の従者A。同従者B。

建内宿禰大臣(タケウチノスクネオオオミ)、台本では大臣と記す。

伊都国王五十迹手(イトコクオウイトテ)の君ー台本ではイトテと記す。  

河内葛城の白鳥塚の前に大きな白鳥が立って日売をじっと見ている。

日売 お前はいつからそこに居るの。まるでずっと昔からこの庭を棲家にしていたみたいにじっと立っているのね。その白鳥塚の白鳥はヤマトタケル様の霊だったそうよ。お母様の話では私にはそのヤマトタケルの霊が宿っているそうなの。あなたもその白鳥塚にお参りにきたのね、きっと。ひょっとしたらヤマトタケルの御親戚の方の霊が白鳥になっておられるのかも。

 白鳥が首をふる。

日売 あれ首をふる。私が話していることが分かるの。ひょっとしてまたヤマトタケルの霊が墓から白鳥になって出てきたの?あれ頷いている。あら、飛び立った、何処に行くの?私も連れっていって。ヤマトタケル様の霊が鳥になって私を導いていくわ。私は運命の白鳥を追って、新しい人生に踏み出したのだわ。

背景はスクリーンになっていて、白鳥が飛んでいくにしたがって、日売は花道や観客席を白鳥を追いかけて駆け回る。ところどころでつまずき何度も倒れては、起き上がって、走り続ける。白鳥は葛城山を越え、纏向の日代宮跡に降り立った。

葛城山を越え大和盆地を横切って走り続けたので、日売の草履の緒はすり切れ、裸足で走り続けたので、足は血だらけになっていた。着物はしどけなくはだけ、幾度もころんだせいで全身泥だらけになっていた。日代宮跡にたどり着いてそのやっと白鳥を捕まえて、抱きかかえようとした時、日売は意識を失って倒れてしまった。

日代宮跡はかつて大王が住まわれたので、今は誰も住むことは許されない。それで、だいぶ傷んでいた。しかし、その敷地内に小さな屋敷を建ててヤマトタケルの皇子帯中日子命が住んでいたのである。それは大王がいつでも大和に宮を置けるようにと保全の係りを命が申し出て、大王の許可を得てしていたことである。

命の従者A だいぶ宮も傷んできたので、大王のお許しを得て、修理したほうがいいな。

従者B それにしても大王は、国のまほろばである大和を捨てて、志賀などに宮を建ててだいじょうぶなのかな。

従者A なあに、またいずれ大和に戻って来られるさ。だからわれらがご主人様がこの宮跡の敷地内に住まわれて、保全係りを買って出られたのだ。そして大和の豪族たちの監視もぬかりなくされ、彼らの離反を防いでおられるのだ。

従者B それはまた随分大王もわが君を信頼なさっているのだな。

従者A なんといってもわが君の父上はヤマトタケル様だ。熊襲タケル、出雲タケルを討伐し、さらに蝦夷を平定して大和政権のために大活躍なさったからな。その御子息が大和政権に背いて、父君の名誉を汚されることはありえないじゃないか。

従者みに思っていたということなんだ。その父君の思いを受けて、ヤマトタケルの息子たちも大和政権に対する怨念を晴らそうとするかもしれないじゃないか。

従者A それはないだろう。わが君の許に大臣である建内宿禰がしばしば訪ねて来ておられる。わが君の動きは全て大王に筒抜けなのだ。

従者B 裏を読め、裏を、裏を読めないと出世できないぞ。建内宿禰は国造・県主制度で豪族たちを格差付けして、統制しようとして豪族たちから総スカンを食らっているそうじゃないか。このままいくと地方豪族が一斉に反乱を起こしかねないということで、大王は、制度の撤回と建内宿禰の更迭を検討されているともっぱらの噂だ。そんな時に建内宿禰とわが君の親密な関係は大和政権にとって問題じゃないのか。

従者A おいみろ、あんなところに行き倒れだ。

従者B 泥まみれだが確かに女だ、まだ生きている。こりゃあひどい出血だ。だが助かるだろう。屋敷に運んで手当てしてやろう。

スクリーンが除かれると帯中日子命の屋敷に日売がこぎれいな身なりで座っている。

 一晩でもう元気になったのか。若いだけに回復は早いな。どうして宮跡で倒れていたのか、事情を聞かせてくれぬか。

日売 お助けいただきありがとうございますーーーー。

日売は緊張し、ガチガチに堅くなっている。

 どうした話せぬのか。それにしても私の家来が見つけたから良かったようなものの、普通なら乱暴されて、どこかに売り飛ばされていたところだ。

日売 白鳥です。白鳥が私をここまで導いてくれたのです。

 なんと白鳥を追ってきたのか、一体どこから来たのじゃ。

日売 葛城山の向こう側からです。

 そんな遠くからよくここまでかけて来れたな。余も幼き折、三重のノボノで父ヤマトタケルの霊である白鳥を追って、足が血だらけになりながら、母に手を引かれて泣き泣きかけた覚えがある。

日売 まあー、なんて不思議な出会いなんでしょう。あなた様はヤマトタケル様の御子なのですか。それではきっと私を導いて下った白鳥もヤマトタケル様の霊に違いないと思われます。あなた様とお会いするために私を導いてくださったのです。

 なんとヤマトタケルの霊はいまでも活躍されていたのか。

日売 私は、運命などに振り回されて生きるのは嫌なのです。でも美しい白鳥を見ると胸が高鳴って、何もかも忘れてを走り出してしまうのです。

 父上の霊のお引き合わせと聞けば、不思議な縁を感じる。私の人生もそなたの突然の出現で大きく旋回するのかもしれない。

従者A 建内宿禰大臣が、わが君にお目通り願いたいと参られています。

建内宿禰 急ぎの用ゆえ、お許しも得ないで入らせていただきます。ア、これはみめ麗しい嬢子じゃ。どこの媛であらしゃいますか。

 これはぶしつけな。(少し照れ笑いする)それが不思議な縁なのじゃ。父ヤマトタケルの霊である白鳥を追って葛城山の向こう側から宮跡までかけ続けて来たという話なのじゃ。

建内宿禰 何と、本当に本当でございますか、まことに不思議な縁でございますな。その大きな凛々しいお目、さぞかしやんごとない血筋を引いておられることとお見受けいたしまする。 

従者B 息長宿禰王が、媛を探して見えられました。

建内宿禰 これはたまげた。あの葛城王家の嫡流で、今は丹波の豪族である息長宿禰王の媛だったのか。では母君は天之日矛の末裔葛城高額媛と申されるのじゃな。命様これは良縁でございますよ。

 大臣、落ち着きなされ、そなたを訪ねてきたのではあるまいに。それより大臣は急用ではなかったのか。

大臣 はい、しかし息長宿禰王が見えられたとあれば、話は別です。命様のご縁談と私の急用とは深いところで結びついていますから。

命 これは縁談なのか。なんだか急にふってわいたような縁談じゃな。うるわしき嬢子ゆえ、胸ときめかぬでもないが、まだ夢の中にいるような者を相手に婚礼というわけにもいくまい。ともかくお通しせよ。

息長宿禰 この度は娘がお救いいただいたとのことありがとう存じます。オオ、日売、大丈夫だったか。探した、探した。心配したぞ。心配したぞ。

しっかり日売を抱きしめている。

日売 ヤマトタケル様の霊の白鳥が私を御子にめぐり合わせてくださいました。ついに運命の時が来たのです。

宿禰 これこれ、そんな勝手な思いを命様に押し付けても、お困りになられるだけじゃ。婚礼の意味もなにもしらない箱入り娘で、申し訳ありませぬ。よく言い聞かせますゆえ、どうか御無礼は御容赦くださいませ。

命 これはわが父、ヤマトタケルの命のお引き合わせとあらば、このご縁ゆめゆめゆるがせにはできませぬ。とはいえ余りに突然のことゆえ、こちらの心の整理をしてから御連絡いたします。悪いようにはしませんから、ひとまず媛を連れて葛城にお引取りください。

大臣 まあまあ今参られたところではありませんか。宿禰とお近づきの杯をかわしましょうぞ。

命 そなたの急用はどうなったのじゃ。

大臣 ですから、この御縁談と急用は深い関わりがこざいますので、まずは不思議な縁に乾杯いたしましょう。

 それはそうじゃのう。杯の用意を致せ。

杯の用意が整い、すっかり打ち解けた宴会がはじまる。そこにかねて打ち合わせていたのか、筑紫からの使いが加わる。

大臣 筑紫からわざわざ伊都国の五十迹手(イトテ)王が参られましたので御紹介いたします。

イトテ この度は大臣のお話ではヤマトタケルの霊の白鳥の導きで素晴らしい御縁談がまとまりそうだというお話、まことに恭悦至極に存じます。是非新婚の御夫婦で筑紫においでください。筑紫の国の大王として喜んでお迎えしましょう。

大臣 それは素晴らしい提案ですな。わたしもお供したいな。

イトテ それは心強い。筑紫としても大臣のような改革のリーダーが必要です。ただし国造・県主制度の実施は筑紫でも反撥が強いですから、当面は凍結してください。

宿禰 アッハッハ、これはおもしろい。筑紫の国から大王と大臣を引き抜きにこられたのか。アッハッハッ、こんな素晴らしいジョークは生まれてはじめてだ。

 大臣、そなたが急用と言っていたのは、この話なのか。大和政権での地位が危うくなっているので、筑紫に身を寄せようというわけか。まさか私の筑紫大王就任の話まで本気なのではあるまいな。

イトテ 筑紫で実力ナンバーワンの私が直々に参ったのですから、ヤマトタケルの御子、帯中日子命を筑紫大王に擁立する話は本気も本気、一世一代の大勝負です。

宿禰 そんなことになれば、大和政権からみれば筑紫の離反であり、大反乱です。まさかそんな大それたことに加担されますまいな。

 あな、恐ろしや。あな、こわや。えらい企みの渦に巻き込まれてしもうた。きっぱりお断り申す。

大臣 それがもう手遅れでございます。私がこの宮跡のお屋敷に足繁く通うておりますのを怪しんで、挙兵の準備を進めていると大王に我らの関係を讒言するものがいまして、大王の兵が直ちに発進して、明日中にも纏向を取り囲むはずです。

 ギェーーー!

一同、命の悲鳴に驚いてずっこける。

 何故そんな重大なことを先に言わぬ。高穴穂の宮に出向いて申し開きを致しましょうぞ。

大臣 申し開きが聞かれる段階なら、私が宮を抜け出して参りません。今にも捕まえられて、斬られそうな空気を察して、脱出したのです。これは反建内派によるクーデターなのです。明日夜明け前に大和を脱出しなければ、命のお命が危ないのです。

宿禰 大臣は大王とは同じ日に生まれたということで、大王が兄弟のように篤い信頼をよせておられたのでしょう。それを悪者どもの讒言にのせられるとは、口惜しいことでございますな。

大臣 かわいさ余って憎さ百倍というか、大王が特に怒り狂われて、命と私を殺せと感情的にがなっているようです。

宿禰 建内宿禰様と言えば古王朝の時代から代々大王のお側近く仕えられ、要職を占めてこられたのに、突然謀反人に仕立て上げられるとはなんとも理不尽なこと。お気の毒に存じます。

大臣 そういう息長宿禰王もかわいい娘さんの為とはいえ、えらい席に居合わせましたな。ここにいたことが知れたら、乱に加担していたということで、大王の兵を差し向けられましょうぞ。

宿禰 ななななななんと、それはあまりにごむたいな。私は、娘のことで参っただけで、ただお近づきのしるしということで酒をいただておるだけです。

大臣 さあそんな言い訳、しても言い訳?

宿禰その場にへたり込む。

イトテ 情勢がそれ程急転しているとは夢にも知りませなんだ。それはかえって筑紫には好都合です。現在筑紫は大和政権に貢いでおりますが、志賀に宮を移されてからは、次第に大和政権とは疎遠になってきています。

大臣 そう言えば、熊襲の乱と大嵐を理由に筑紫からの荷がめっきり減っていると聞きますな。

イトテ 熊襲の乱に手を焼いても大和から討伐への援助はありません。この辺で大和への貢物を止めるべきだとの声が大勢を占めております。また筑紫全体をまとめる筑紫の君の血筋が絶え、筑紫の君に熊襲征伐に活躍されたヤマトタケルの御子を擁立しようということで意見がまとまりました。大和三輪王家は筑紫王家の血を引いているのです。

宿禰 でもそれでは大和政権への反乱と受け止められるのではござりませぬか。

イトテ ええその危惧もございましたが、大和政権側がヤマトタケルの御子を追い出したのですから、こちらは受けて立つだけです。現在の大和政権にはとても筑紫攻めの力はありますまい。

宿禰 筑紫攻めはなくても丹波攻め、葛城攻めはあるでしょう。

日売 お父様、かえって好機ではありませんか。お父様は葛城王家の嫡流なんでしょう。いずれ政権を奪い返す日がくるかもしれぬと、この前おっしゃっていらしたじゃないですか。その日が遂に来たのです。私はわが君ヤマトタケルの御子帯中日子様と共に筑紫に参ります。そこで筑紫の国を強くして、きっと大和を取りにまいります。それまでこちらで潜伏して、大和政権の弱体化を工作してください。

大臣 パチ、パチ、パチ。これは勇ましき御覚悟、まことに筑紫君のお后に相応しい。命もお覚悟をお決めください。

命 私には大江王の女,大中津比売命との間に香坂王・忍熊王がいる。まだ十二・三の子供たちだ。この者たちのことが心配だ。

大臣 御心配には及びません。私を陰ながら支持してくれている豪族もたくさんおります。すでに手配しておりますから、潜伏先は確保してあります。

命 あまりに急のことで頭が錯乱しそうだ。

宿禰 いつでも大和政権打倒に立ち上がる覚悟はしていた筈だが、こんなに突然訪れると、さすがに胸がキュンキュン締め付けられるようじゃ。生まれついてこの方、平和な暮らし方しかしていないので、さすがに恐ろしいものだ。

大臣 それではそろそろ亥の刻(午後十時)で神の意志を伺う沙庭の時刻です。日代宮にて神の意志を伺いましょう。

命 神の依代になるのはどうせ建内宿禰であろう。

大臣 さあだれに神がかりするかは神の決めること、私は琴を弾きまする。

舞台は暗闇になり、琴の音が妖しく響く。沙庭には命の従者A・Bが両端に立ち、命・大臣・宿禰・日売・イトテが座っている。やがて暗闇の空に白鳥が妖しく飛んできて降下して消える。すると日売の体か前につんのめったと見るや、何度もけいれんし、立ちあがって、手を翼のようにして飛ぶまねをする。

大臣 息長帯日売に神がかりしておられる神に伺います。先ずあなたのお名前をお聞かせください。

日売 (低い男性的な声)われこそはヤマトタケルこと小碓命の霊なるぞ。

大臣 それでは小碓命の霊にお伺いいたします。この危地を乗り切るためにここにいるわれわれはなにをすればよいのでしょうか。

日売 先ず、わが息子帯中津日子よ。このヤマトタケルの霊が引き合わせし息長帯日売とともに筑紫にまいり、熊襲を討ち、筑紫を強めてから、大和を攻め取れ。

 私にはまだ戦場で戦った経験がありません。そんな重大な戦いの指揮が取れるでしょうか。

日売 覚悟を決めよ、息子よ。ヤマトタケルは常に大和から追放されていた。いいかよく聞け、本当に討つべきは熊襲でも出雲でも蝦夷でもない、嘘で固め、言葉で自らの悪と醜さを隠している大和なのだ。その虚飾の国を倒して、皆が信じあえる国を作るのが大和を取るという意味だ。それが私の血を継いだそなたの仕事なのだ。

 ああお父様、私にはあなたのような単身熊襲に乗り込んでその頭を殺し、堂々と生還するような超人的なパワーはありません。とても御期待にはそえないと思いますが。

日売 なんと情けない物言いじゃ。それ故、息長帯日売をそなたに添わせたのじゃ。日売にはヤマトタケルの霊が宿っておる。日売と力を合わせて苦難に立ち向かえば、必ず道は拓けるという信念を持て。いつまでも性根が座らぬようなら、そなたを呪い殺して、他の者に希望を託してもよいのじゃぞ。

 ヒェー、恐ろしや。父親に呪い殺される息子にだけはなりたくありません。見事、熊襲をやっつけて、大和に挑戦いたします。

日売 次ぎに息長宿禰に申し付ける。そなたは丹波の地盤を固め、また葛城王朝ゆかりの者たちを糾合し、さらに建内宿禰派と連携して大和政権の弱体化を工作せよ。そなたの子孫がやがて新しい王朝の大王となり、息長氏は長く栄えることになろう。もしわが命令が聞けぬとあらば、息長帯日売の命もないものと心得よ。

宿禰 ハハーー。ヤマトタケル様の霊が守ってくださっているのなら、何も恐れるものはございません。なにとぞ日売をお守りください。

日売 ほかの者は、既に覚悟は決まっているようなので、何も申すことはない。もし途中で寝返る様なことがあれば、ヤマトタケルの霊の祟りがあるということを忘れるな。

 

    ●第三場に進む    ●第一場に戻る    ●目次に戻る