「グローバル憲法草案」作る会掲示板について


佐々木:そういえばやすいさんは『グローバル憲法草案』作る会掲示板をご自分のHOMEPAGEに立ち上げておられますね。


やすい:それが2002年2月18日の「夕刊読売新聞」の文化欄にも紹介されましてね。草の根レベルで世界の普遍的な理念を追求するのは重要なことだと評価されています。


佐々木:しかし「掲示板」などで議論していても、世界を相手にドンキホーテのようではないでしょうか。笛吹けど踊らずで、あまり反響は期待できないのではないですか。 


やすい:参加者を拡げないとね。固定した人しか書き込みがないようでは、運動としてはまだまだです。でもこういうことはなかなか簡単には広がらないものです。ドンキホーテ的になるのは、仕方ない面があります。でもいずれグローバル化は政治統合にも進みますから、『グローバル憲法』は出番がきます。

 それにたとえグローバル政府ができなくても、世界がテロやそれに対する対応で混乱しないような原則的なルールを指し示すものが必要です。『グローバル憲法草案』の中でそういう普遍的な理念や基本的なルールが示せたら、世界平和にも貢献できるでしょう。

 1625年にグロチウスは『戦争と平和の法』を著しました。自然法に基づいてこういう国際法が存在するんだと示したわけです。その内容が普遍妥当性をもっていると国際社会が認めたので、彼の示した内容が国際法の基礎になったのです。だれかが基準を示すというのは、内容の普遍性とタイミング次第ですが、とても重大なことなのです。


佐々木:果たして、アメリカ大統領が「掲示板」など見るでしょうか。

 

やすい:もちろん見ません。でも『グローバル憲法』がホームページで議論されているということが大切なのです。アメリカの行動がたんなる覇権国の覇権を守るための行動か、それとも集団安全保障の理念に則った恒久平和への方向性をもった行動なのかが、問題にされているのですから。


佐々木:主に集団安全保障上の原則を示したものなのですか、それとも環境問題や経済のグローバル化も目指し、地球政府の樹立を考えておられるのですか。


やすい:ええ、私の個人的な意見は、グローバル政府の憲法を構想しています。でも一足飛びにはいかないでしょうから、グローバル市民の倫理綱領やグローバルな諸問題についての普遍的原則や規制の確認に重点を置いて、グローバル政府の樹立は当面の課題にはしないような憲法も選択できるようにする必要があります。


佐々木:考え方次第ですが、グローバル政府は置かないで国際機関や国民国家や自治体、企業、NGO等の調整過程の原則を示すだけにしたほうが、よいのではないでしょうか。いわゆる国民国家の地球化で、国民国家と同じような政府官僚機構、議会、裁判所をもった地球政府というのがうまく機能するかどうか不安です。


やすい:というより、近代国民国家がグローバル化のなかで機能麻痺に陥りつつあるわけです。もう駄目の国民国家の地球化というのは芸が無いということでしょう。それはごもっともですね。でも、近代国民国家は二百年続いてきたという伝統があります。国民国家規模ではもう駄目でも地球規模の統合にあたっては、国民国家の経験がおおいに役に立つかもしれません。近代国家の地球化した組織がきちんと整っていれば、信頼感がありますからね。もちろんグローバル化に伴う創意工夫がなくて、単純に国家を地球的規模に拡大をしても失敗するのは目に見えていますが。


佐々木:グローバル化に一足飛びにいくよりも、そのまえにEUのような地域統合が先なのではないですか。日本としては東アジア経済圏構想があるでしょう。


やすい:それは重要なことですね。日本、韓国、北朝鮮、中国、台湾、極東ロシアの市場統合を促進する必要があります。日本政府の景気対策が一向に効かない原因は、デフレにもありますが、それは周辺諸国から低価格商品がどんどん入ってくるからです。

東アジア経済全体の発展にとって、日本経済の落ち込みはマイナスですから、どのように建て直しをはかっていくか、東アジア全体でよく協議し、日本の役割を明確化していかないと、ずるずると日本経済が低迷して、東アジア全体もジリ貧になるおそれがあります。


佐々木:ところが東アジアにおける市場統合は西欧のようには進みません。東亜共同体という言葉自体が、過去の日本帝国主義の東アジアにおける覇権体制の確立を意味していましたからね。


やすい:そうですね。靖国神社参拝問題や歴史教科書問題、日の丸・君が代問題などをめぐっても、日本に対する警戒は強いですね。日本の側の保守的な民族主義が復古主義的な傾向に感情的に固執しているのも問題です。とても日本が音頭をとるわけにいかない。まして中国が音頭をとるとなると、それこそ中華的な世界帝国の再建かと思われてしまう。しかし現実の経済的つながりの方はどうでしょう。身の回りの製品をみても安価な中国や韓国の製品にあふれています。生産拠点を東北および東南アジアにシフトさせている日本の企業も多いわけです。


佐々木:日本国内だけを孤立的に捉えて、日本経済をなんとかしようとしてもどうしようもないのは確かですね。デフレ対策を打っても、輸入が規制できなければ焼け石に水です。しかし今更、自由貿易体制をやめるわけにはいきません。


やすい:日本だけがアジアで唯一の先進国という日本優位の維持を至上命題とするのは無理があります。もちろんグローバル化はボーダレス化と同時に大競争時代でもありますから、日本が立ち遅れてしまってはいけません。今後百年を見据えて、中国・インド・コリア等に伍して緑豊かな文化国家、ハイテク技術で世界をリードできる国づくりを展望していく必要があります。


佐々木:おやおや、やすいさんはグローバリストで国民国家なんかなくそうという立場ではなかったのですか。まるで愛国主義者みたいな口ぶりですね。


やすい:グローバル市民は、世界中のどこにでも住み、どこででも働く権利を認められるべきなんです。そしてブラジルにいけばブラジル国民として、中国にいけば中国国民として暮らすべきです。近代は民族国家の時代といわれ、日本に住んでいても、外国から来れば外人としてよそ者扱いされました。しかしこれからは日本に住んで日本で働く人は、基本的に日本人としての自覚を持つべきです。ですから黒人、白人、黄色人、それらの混血の日本人がいてもいいのです。   


佐々木:日本の伝統文化はどうなるんですか。


やすい:日本の風土の中で暮らすわけですから、緑豊かで苔水のしたたる国のよさを理解する人々が、きっと日本の伝統文化を継承してくれるでしょう。そして外が来た人々の外来の文化と接触、融合して活性化すると思います。


佐々木:そういうことは外国に行った日本人は、そこの国の人になって日本文化を持ち込んで、そこの国の文化を活性化させるということですね、


やすい:そしてやはり、経済のグローバル化の進展によって、ボーダレスな大競争時代になっていますから、日本という地域が落ち込まないように、国民国家は最大限の努力する責任があるわけです。


佐々木:しかし資本は無国籍だから成長力の高い途上国へ流れていくのは避けられません。


やすい:ですからある程度、中国や東南アジアそして世界中から労働力を流入させる必要もあります。


佐々木:そんなことをすると、国内の労働者の職場が奪われ、賃金も引き下げられてしまうでしょう。

 

やすい:もちろん調整ですから、失業率や賃金水準なども考慮しつつ労働市場を開放するのですが、国際競争力を著しく損なうような、賃金水準は問題です。


佐々木:おやおや、やすいさんは労働者の立場を捨てて、資本家の立場に立っているのですか。


やすい:外国から入ってくる労働者は言葉の上でハンディがあります。国内の労働者も労働力の質を高めないと、流入してくる労働力に押しのけられるという競争原理が働きます。そこで日本政府の役割は、国内労働力の質を高めることです。そのための社会教育、学校教育の充実をはかるべきです。


佐々木:ところで我々は宗教対話やグローバル憲法のことを論じているのですが、外野席の方から「これは本当に哲学入門なのか」という野次が飛んでますが。


やすい:「哲学」というと何か世界は何からできているのかとか、存在とは何かとか、生きる意味とは何かとか、そういう根源的な問について考えることだと思われておられる方が多いと思います。あるいは対象と知の関係を解明する認識論や考えを展開する際の「論理」の学を哲学と見なしている人もいるでしょう。もちろんそういうのも哲学ですが、哲学はフィロ(愛する)とソフィー(知)から成り立っています。「知を愛する」という意味です。これには謙遜が篭められているんです。

 

佐々木:ソクラテスの「無知の知」ですね。ソクラテスはソフィストたちが知ったかぶりをして「知者」を標榜していたのに対して、既成の知は独断的な知にすぎない、本当に知っているといえるものは何も無いことを自覚していました。それで自分は「ソフィスト(知者)」ではない、「フィロソファー(愛知者)」に過ぎないんだと謙遜していたわけです。


やすい:ソクラテスからみれば、ソフィストや既成の哲学者たちの議論は、それぞれの立場からの知にすぎないわけで、誰もを納得させられる普遍妥当性に欠けているわけです。そのような表面的なあるいは主観的な思いつきの知では本当の知とは言えません。そこでもっと根源的な、もっと普遍的な本物の知を探求することを知を愛すること即ちフィロソフィーと名付けたのです。

 

佐々木:そうしますと、グローバルな集団安全保障について考えたり、宗教的対話の可能性を追及したり、自然との生命の共生と循環のあり方を問い直したり、グローバル憲法草案作りをするということこそが、今日では哲学することに他ならないんだと仰りたいわけですね。 


やすい:全くその通りです。

 

   ●次に進む     ●前に戻る    ●目次に戻る