死因、反吐に溺死
真夏の寝苦しい夜に私は激しい自己嫌悪の余り嘔吐した。ゴボゴボゴボゴボゴボゴボと限りなく戻した。やがて私は自分が戻した反吐に埋もれ溺れて激しい臭気と息苦しさの中で気絶してしまった。
番人・・ウェーくせー、今度の亡者は「やすいゆたか」、自称「哲学者」を気取っていた奴です。やたら臭いますぜ、鼻がめげそーだ。
閻魔・・どっさり水でもぶっかけろ。神聖な裁きの場を悪臭で汚すとは不埒な野郎だな。
番人・・何しろ己の腐り切った五臓六腑まで戻してしまっています。適当に戻しておきましたがね。よっぽど体に悪いものを食べたんでしょう。
やすい・・遂に俺もお陀仏しちまったか。あっけない人生だったな。
閻魔・・自分で吐いた反吐に溺れ死んだのはお前が初めてだ。よっぽどゲテモノでも食ったのか。
やすい・・いや食べたんじゃなくて、自己嫌悪ですよ。つくづく己が嫌になっちゃったんです。
閻魔・・そりゃ哲学なんて分けの分からないものをやっていたせいだろう。一体どんな下らない哲学を扱っていたのだ。
えーと、調べによると、卒論は「西周(にしあまね)」で修論は「労働概念の考察」、梯明秀門下のマルクス経済哲学だな。舩山信一の人間学的唯物論を批判的に継承したというふれこみだ。
廣松渉批判をやって相手にされず、マルクス『資本論』の物神性論を「つきもの信仰」だと大上段から批判した『人間観の転換』を出版したものの、全然売れなかったのか。あの唯物論者の親玉を「つきもの信仰」だと、こいつは気が触れているらしいな。
それから人間論や宗教論に手を回して、『歴史の危機』でフクヤマの歴史終焉論を叩き、グローバルな世界統合を展望する歴史観を打ち出そうとしたんだな。陳腐なようだがまあまあ明るいじゃないか、自己嫌悪を抱くようなものじゃない。それからオウム真理教事件にショックを受けて「ヨハネ黙示録」を問題にし、『バイブルの精神分析』を書きはじめていたところだな。
やすい・・宗教的な憎悪がいかに愚かで醜く、恐ろしいものか、閻魔様ならようく御存知でしょう。私は宗教的憎悪を取り除くために、『バイブルの精神分析』で『バイブル』の中に人間の憎悪がどれだけ影を落とし、神様の尊い教えを歪めているかを論じ、普遍性のある宗教を作りだそうと思っていたのです。
閻魔・・お前はマルクスをやっていた唯物論者で無神論者だろう。今更閻魔の前で「神」を信仰していたような演技をするとは、とんでもない悪党だな。
やすい・・神を信仰している振りをしても実際は、神を無視した行為をしている連中が沢山いるじゃないですか。私は正直に人格神的な意味での神の存在を疑っていましたから、唯物論の研究をしましたが、『バイブル』の中の愛の教えなど、普遍妥当性があるものは大切にしなければと考えておりました。近代人にとって神の存在を疑うのは常識です。カントにしても、理性的には神の存在証明は背理だとしているじゃないですか。
神の存在を疑いながらも、神の救いを求めるしかないというのが、近代人の逆説的な信仰なんです。神に救済を求めることを否定しているマルクス主義者だって、自らの党派的な真理を絶対視して、それに殉じることで、自らの存在意義を永遠化しようとしていたわけです。神という人格的存在に代えて、宗派的な教義を置いたわけで、その宗教性は否めません。
閻魔・・ともかくお前は神を信じてもいないくせに、神の教えに注文をつけるというとんでもないお節介を焼こうとしていたんだな。それだけでも極悪人だ。
やすい・・様々な宗教やイデオロギーがあり、それらが不毛な対立をしており、その為に全人類的な課題に共同の取り組みができない状況にあれば、哲学者はそういう不毛な対立の原因を明らかにし、普遍性のある信仰が育つようにと対話を促進しようとするのは当然じゃないですか。
閻魔・・数千年も続いてきた宗教の教義に今更注文を付けて、敬虔な宗教者を背徳的な無神論者に改宗させようという魂胆だったわけだな。
やすい・・いえ、とんでもございません。閻魔様は無神論を誤解されています。神を信じないということは、宇宙を創造し、主宰する人格神がおられて、その絶対者の命令なるものが、聖典に書かれてあり、その言葉に忠実に生きればよいという信仰形態を取らないということです。ですから決して、自分勝手な欲望のままに身を任せ反道徳的な行為でもやってしまっていいんだという考えではないんです。
特定の宗派に属していますと、その宗派の聖典に書かれている律法が絶対的に正しいことになってしまいます。これが異教が誤りである根拠にされますから、自己の宗派を守り、異教を撲滅することが正義だということになって、恐ろしい紛争につながりかねません。しかし何が正しいかは、聖典に書かれてあるかどうかで決まるわけではありません。また預言者の語った言葉であることから、その真理を確かめることが出来たのでもありません。またユダヤ人の預言者のことばも、それが本当に神のことばかどうか怪しいもので、預言者のことばへの信仰にすぎません。
閻魔・・馬鹿な奴だな、閻魔にまで論争をふっかけるとは。ともかくお前は、そうやって理屈をこねて、自己弁護と合理化ばかりやっていたので、世のために人のためには何一つなっていないだろう。第一お前の無力さは、お前が自己嫌悪の反吐で溺れ死んだという事実が何よりも雄弁に語っているじゃないか。