あみゅ〜の事件簿
事の起こりは、私が生まれた時である。なんと両親は女の子の名前しか考えていなかったのだ。(今になってはその名前はわからずじまいである)
そのため、急遽男の子の名前を考えた。そこで考えられた名前が「太平洋」である。
しかし、これではちょっと変であるので、太平洋の「洋」の字を使い、太平洋のような広い心を司る子になって欲しいという意味を込め
「洋司」と名づけられたのである。もし、あの時に変であると思われなかったら、私の名前は「雨森太平洋」になっていたかもしれないのである。
保育園の年少の頃、誕生日パーティーが開かれた。
そこで、でたのは勿論定番のケーキである。しかし、これが原因であった。
この後、デザートとしてパイナップルが出てきたのである。
そう! 甘いものを食べた後に、ミカンやパイナップルなどのビタミンCが入った果物を食べると、とてもすっぱく感じるのである。
あの時は、本当に死にそうであった。それからというものミカンなどは、まず先に食べるようになった。
保育園の年中の頃、うんていで遊んでいた。
そしたら、事件は起こった。なんと、うんていから手が滑り下の棒にき○た○をぶつけてしまったのである。
なんと、表現したらよいのか。あれは、男にしか分からない痛みである。
保育園の年中の頃、すべり台で遊んでいた。
なぜか、すべり台の上から滑らずに、真っ逆さまに落ちたのである。
その後のことはさっぱり覚えていないため、これ以上は書けない。
あれは、小学校の1年生の頃だった。
それは、対面式の時に起こったのである。私は、元気よく歩いていたのだ。
五十音順に並んでいたため、私は一番前であった。先生が前を歩いており、それについて歩いていた。
しかし、大人と子供である。歩幅が違いすぎる。私は先生についていこうと必死だった。
先生に追いついたと思ったその時、つまづいてしまったのである。
先生は、女の先生であったのでスカートをはいていたため、私は先生のスカートの中に頭から突っ込んでしまったのである。
それ以降の事は、もう忘れてしまったため書けないが、おそらくみんなの笑い者になったのは言うまでもないだろう。
小学校5年の時、私は児童会役員の選挙の時、推薦人をしていた。
そして立会演説会の時、候補者といっしょにいざ台へ登ろうとした瞬間
私は、台へ登る途中こけてしまったのである。(こけるネタが多いなぁ)
前は全校生徒である。恥ずかしいのなんの、その後の演説はどうなったかは、もう記憶に無い。(候補者はもちろん当選したが)
小学校6年生の時、私は合唱部に在籍していた。
私は男でありながらソプラノを担当していたのである。
しかし、小学校の高学年にもなると声変わりが始まる。そのため、私は高音が出にくくなったのである。
その頃は声変わりというものは、つゆ知らず自分の不甲斐なさに泣いてしまったのである。
あれは忘れもしない高専2年生の頃である。
私は、それまでの成績は「優」しかとったことがなかった。(ちょっと自慢ぽくってすいません)
そんな分けで、高専での成績をすべて「優」をとってやろうと密かに思っていたわけである。
そのため、製図も力を込めて取り組んだ。その出来も、他の人が認めるほど良かったと思う。
しかし、製図の先生が定年まじかのボケ老人であったためか、何を間違いに「良」をつけてしまったのである
私は即座に抗議に言ったが、話がまるで通じず結局そのままの成績であった
高専での成績は、これ以外はすべて「優」だったため、悔やみに悔やみきれない思いである。
私は何故か今、京大生になっている。思い起こせばどうやっても受かるはずが無いと思っていたのに。
京大の編入試験日は夏休みの終盤8月20日前後にある。
私は6月の時点ですべり止めの大学が受かっていた為、8月の頭まで部活に勤しんでいたのでした。
そして、部活も終わりいざ受験勉強をはじめようと思ったのだが、如何せん夏の暑さに負け、グータラな生活を続け試験を迎えたのであった。
この時点で、かなりの確率で受からないと思われるが、さらに凄い事が起こっているのです。
それは、試験前日の夜でした。早く眠らなくてはと、難しいことを考えてればそのうち眠れるだろうと、
過去問でわからなかった化学の問題を頭んなかで考えていたのです。そしたら、どうも解けそうな気がしてきてしばらく考えますが、解けないのです。そんなんが、かなり続き結局4時まで寝れませんでした。
こうして、試験初日は最悪の体調のまま受けました。(なんとかできたと思われたが)
さらにもう一つ。試験二日目は口頭試問でありました。
大体の質問には答えられましたが、面接官が「あなたの地域で最近大きな公共事業は何がありますか?」と聞いてきました。私は、「第二東名高速道路があります」と答えました。次に「その公共事業に対して、あなたはどう思いますか?」と質問されました。私は、その時何を思ったのか「無駄だと思います。」と即答してしまったのです。(後になって良く考えたら、この時いろんな理由を並べて、それだから無駄だと思いますと言っておけば良かったと思いました)
そして、しばらくの間沈黙が続き、面接官の口からでた言葉は、「君、もう少し考え直した方が良いよ!」でございました。私は、この時「終わったな」と思い、それ以降のことはさっぱり覚えておりません。
こーんなに、悪いことが続いたのに、私は受かっていました。世の中不思議なことがいっぱいです。