珍田君の下荘における場の理論の研究結果
まじでアホなんで、まじめによまないでください。
1999年の麻雀
結果発表
麻雀成績グラフ
初代横綱は池内君でした。
大関は僕。
以下は勝ち越していない者達です。
十両は窪田君。
序二段は田中君。
序の口は珍田君。
来場所は勝ち越しましょう。
というわけで7月から新しいグラフになります。
6月29日
池内君が復活しました。
この日は池内、珍田のいんちきペア、窪田、田中、僕でやりました。
珍田君と窪田君が不調でした。ぼくは好調でした。
僕は役満2回もテンパイしていたのに上がれませんでした。勝負よわし。
窪田君はハコリマクリマクリスティでした。
池内君は何とかプラスで終わりました。
6月1日
この日は全員化学科の人でした。池内君、佐藤君、枌原君、僕です。
この日は池内君が不調でした。いつものいんちきパワーが感じられませんでした。国士テンパイしてたのに上がれてなかったくらいだからね。(僕が枌原君に満貫振り込んだからなんだけど)
佐藤君も前半下手打ちの連続で苦戦していました。彼がリーチしても僕が安く上がりました。
というわけで前半は僕が勝っていました。
後半、僕が親メンチンで枌原君をヘコましたのですが、次の半荘で彼はなんと親四暗刻を上がり、48000点というわけの分からない点数をかっさらって行きました。これで瀕死になった池内君を僕が倍満でハコらせました。(焼き鳥付き)当然枌原君がトップでした。
最後に馬ワンツーで池内君の引退半荘が始まりました。(彼はヘコんで引退宣言を出していたのだ。)
池内君はハコりました。この半荘は佐藤君がトップでした。
結局池内君はマイナス120でした。僕と佐藤君が勝ちました。
枌原君はまたマイナスでしたが、役満を上がったので上機嫌で帰って行きました。
池内君の今後や如何に!?
5月27日
この日はパチンコで負けてむしゃくしゃしてたので強引に窪田君を誘って打ちました。
他のメンバーは池内君、田中君です。
僕はぜっふちょうでした。2回もハコりました。しかも1回は焼き鳥付きです。
1回もトップになれませんでした。
配パイが糞で、国士を大まじめに狙うことが何回もありました。でもだめでした。3000円が飛んで行きました。
ギャンブル自粛したいと思うのですが、明日も打つ予定が入っております。
5月14日
この日は同じ化学科の内藤君がゲストでした。その他のメンバーは、池内君、田中君、僕です。
なんか静かに淡々と進みました。内藤君は麻雀のときはいつもと感じが違います。あまりしゃべらないようです。
でも我らVOLKS麻雀部隊みんなでやっつけました。
5月11日
僕の家でやりました。今日は同じ化学科の佐藤君がゲストです。その他は、池内君、枌原君、僕で、みんな化学科です。
まず東1局。僕がいきなり倍満を出しました。リーチ一発ツモ、発、ドラ4でした。発の裏ドラがのったのですが、僕の山だっただけに疑惑が生まれました。オレは積んでないよ。
その局は何とか僕が逃げきり、トップになりました。
次の2半荘は池内君のバカヅキで、僕はハコりました。(残り1800点でがんばった。)
また彼の一人勝ちかと思われましたが、僕がメイクドラマです。
僕は最初から真ん中の牌を切っていきました。アレをねらったのです。途中で中と西を鳴かれるという事態に落ち入りましたが、運よくラス牌をツモってきました。
そしてなんとかテンパイにまでもってきました。南待ちです。河には2枚しか捨てられていません。めっちゃでそうです。どきどきしながら暗刻になっていた9ソウを捨てました。
その直後、枌原君がリーチをかけました。緊急事態発生です。しかも次に僕のツモッてきたのが6ピン。一発もありえます。でも捨てました。逃げるのはもったいないです。リーチかかってるから南も出やすいだろうし。
もう一巡して、池内君のツモです。彼は中を鳴いていました。「カーン」とか言って中にもう一枚くっつけました。そんなはずはありません。最後のなかは僕が持っているのに。池内君は「うそカンじゃ」と言いました。(彼はよくうそカンをします。)僕は何かの字牌をひいたなと思いました。そして出てきたのが南でした。
「ろーん!!!」僕は叫んで牌を倒しました。池内君は不思議そうに僕の手牌を見ました。「えっ国士!?」そうです。国士無双です。役満です。
池内君は見事にハコりました。
最後に1半荘して終わりました。結局僕と池内君がちょっとずつ勝ちました。池内君はヌレヌレの称号を得ました。(ヌレヌレについての詳細は語りません。想像して下さい。)枌原君はまた負けました。佐藤君は収支なしでした。
役満って気持ちいいね。
5月6日
池内君の家でやりました。メンバーは池内、窪田、田中、僕です。
満貫以上の振り込みははお酒イッキルールです。
この日は池内君がバカヅキでした。田中、窪田がいいちこをたくさん飲みました。
僕も一杯飲みました。
結果は僕と池内君が勝ち、残り二人が負けました。
最近窪田君は絶不調です。以前の勢いはどうしたんでしょう。
新カモか?
5月4日
この日は僕、窪田、田中、珍田の4人でやりました。
前半は僕と田中が勝っていたのですが、残りふたりが逆転する気まんまんだったので、
朝までだらだらとやってしまいました。
本当に僕は逆転されて負けてしまうのだから渡部雀荘はよくできています。
これからは何のためらいもなく、「もう終わり。帰れ!」と言い放ち、勝ち逃げする
勇気(傲慢さ)を持ちたいと思います。I君のように
4月23日
枌原君のリベンジなるか
4月19日に負けた枌原君のりべんじマッチが行われました。
メンバーは前と同じ4人です。
この日は僕が絶不調で、ハコりまくりました。これを僕たちの間ではハコリマクリマクリスティと言います。(語源は分かると思います。)
誰かがハコると、その半荘は終わることにしてるんですが、その際、枌原君の焼き鳥が残っていることが多く、大変迷惑をかけました。スマン。
いつもはカモられている田中君が、この日は好調でした。すごく新鮮です。
池内君も地味に勝ちました。
夜も更けてきたころ、珍田君から電話がありました。
麻雀をしていることを伝えると、今から行くと言いだしました。
1分ぐらいで珍田君は来ました。いったいどこから電話していたのでしょう。
早すぎます。しかも非常に酒くさい。
問い詰めると、Hちゃんと飲んでいたことを白状しました。
彼は池内君と交代して、酒くさいまま打ち始めました。
酒が入っていると振り込みマッスィーンと化すはずなのですが、いんちき酔拳で勝ってしまいました。そしてなぜか枌原君と仲良くなり、「チン」「ソギ」と呼ぶ仲になりました。
枌原君はまた負けたのでさらなるリベンジをたくらんでいるようです。
4月19日
今日はゲストの登場です。同じ化学科の枌原君です。
彼と打つのは2回目です。
ちなみに他のメンバーは僕、池内君、田中君です。
これはこのホームページ上では公式戦ではないのでグラフには影響しません。
枌原君は最初の2半荘は全く上がれず、へこみました。
ラストの2半荘はちょこちょこと上がっていたようですが。
この日は池内君がいんちきパワー全開でした。とにかくリーチ一発が多いのです。
ラス牌のペンチャンなんかもリーチ一発でツモってました。
彼は4半荘して3回トップを取って行きました。
化学実験用の白衣が買えると言って喜んでいました。
田中は1回もプラスなし。まさに絶好のカモになっています。
追っかけリーチされて、一発でたくさん振り込んでいました。
僕はまあ堅実に2位を取りました。倍満も上がったしね。
枌原君はリベンジすると言って帰っていきました。
4月17日
さあ、僕の家に麻雀卓が入りました。渡部雀荘の開店です。
経営者としては負けられません。
メンバーは僕、窪田君、田中君、珍田君の4人です。池内君もいましたが、F.F〓の説明書を読んでいるだけで参加しませんでした。彼はときおり珍田君にアドバイスなんぞをして、2人でいんちき麻雀を繰り広げました。
この日は珍田君がいんちき好調で、よく上がっていました。
でも満貫以上はあまり出なくて、ウォッカはほとんど減りません。
窪田君が飲んだだけです。
そこで僕が珍田君から、ホンイツ、トイトイ、東、白、ドラ2で倍満をガボオッと取り、
飲ませてやりました。それでもトップを取って行くのだからいんちきパワーはすごいです。
結局田中、窪田2人が負けました。(田中単独ビリに転落)
4月10日
かなり久し振りにやりました。
メンバーは24時間耐久の時と同じです。
満貫以上を振り込んだらウォッカというルールでした。ちなみに僕と窪田君が2杯ずつ飲みました。
最初の2半荘はあまり記憶にありません。ちょっと酔っ払っていたからね。チョンボまでやらかしました。フリテンだったのに「ロン」とか言ってしまいました。たしかチートイツだったな。とりあえず僕はトップとビリになりました。
3半荘目は僕の親からで、絶好調でした。東1局で6本場まで行きました。親満を2回上がりました。窪田君は見事東1局でハコりました。
この日は窪田君の一人負け。(ー90)
2月22日
24時間耐久麻雀
2月22日午後7時から、池内君、窪田君、珍田君、僕とで、24時間耐久麻雀に挑戦しました。この日は朝から3時までテニスをしていたのでかなりつらかったです。
~やって見て分かったこと~
24時間の内、3、4回位眠気のピークが来ること
無意識の内に打牌をしていることがあること
満貫以上を上がったり、振り込んだりすると眠気がふっとぶこと
後半になると皮膚の血色が悪くなり手が震えること
結局、僕の一人負けに近い結果になってしまいました。
確定大三元をテンパイしておきながら、あがれなかったのが痛かったですな。
あと、焼き鳥を取るのを忘れたのも痛かったなあ。
一番ショックだったのが、珍田君がカンして、それがみごとカンドラになったときのことです。みんなはオリましたが、僕は果敢にリーチをかけました。
僕の上がり牌は珍田君の現物アンパイで、筋ひっかけまでしていました。(6ソウを捨てて3ゾウ待ち)
珍田君はその後も鳴き続け、一枚だけ残って、アホアホな単騎待ちになっていました。(トイトイしか上がり役が無かったらしい。)
ここで僕の不運が爆発です。
なんとハイテイでそのアホ単騎に振り込んでしまったのです。
ドラ爆の倍満でした。ハコったうえに焼き鳥で、ー42でした。
こういうあほなことをみんなもやってみて下さい。
2月14日
うーん、バレンタインなのに僕たちは何をやってるんでしょうか。
この日はマネマンが2回も出ました。僕もやられました。あ~あ。
しかし、なんといっても一番すごかったのは田中君の「国士無双」です。
最後の南で珍田君からロンしました。
珍田君は満貫を出して喜んでいたのですが、これで残り1000点になってしまいました。
でも珍田君は何とか復活して、ハコりませんでした。
田中君は振り込みまくっていました。
次の日の朝、僕らが池内君の家でザコ寝していると、窪田君から電話がありました。
窪田「テニス行こう。」
昨日窪田君がテニスに来なかったので少々おかんむりだった僕は、
「眠いからやだ。」
2月12日
またまた2夜連続です。この日は「最も危ない刑事」をテレビでやっていて、それがBGM代わりになりました。誰も見ていなかったけど。
最近僕は東場でどかーんとハネ満をかますものの、あとは少しづつ削られて、+5ぐらいで終わることが多くなりました。これってどうなんだろ?
朝の4時ぐらいまでやって、眠くなってきた窪田君が
「今やめれば俺は明日テニスに行ける。だからやめよう」と言いだしました。
その後、
「いいや、おまえは絶対来ない。」
「いやいや、ちゃんと来る。」
などというやりとりがありまして、まだやりたそうな二人(池内君と珍田君)を説得して終わることにしました。
次の日のテニス、窪田君の姿はありませんでした。
2/11
やりました!!!
何をやったのかは下の文を読んでみて下さい。
この日は夜10時ごろから初めて、次の日の朝10時ぐらいに終わりました。かなりハードでした。
最後の半荘、僕と珍田君がトップ争いをしていました。
珍田君が親だったとき、僕は配牌がイマイチだったので、いつものように珍田君の捨て牌をまねて、マネマンを試みました。
いつもは3個ぐらいで終わるのに、このときは4つ目までまねて、マネマンにリーチがかかった状態になりました。僕は期待で心拍数が上がりました。
珍田君は苦悶の表情を浮かべて悩み、五ピンを切りました。僕の手配には、なんと赤五ピンが一枚ありました。僕は迷わずこれを捨て、満貫確定です。
次まねられるとハネ満になる珍田君はヘコみながら南を切りました。残念ながらこれは持っておらず、そこでマネマン終了となりました。
これで、珍田君とはトップ争いをするうえで16000点の差になりました。
すぐに珍田君は親満で田中君を瞬時に屠り、(このへんに田中君の勝負弱さが出ている。)12000点をプラスしましたが、時すでにおそし。僕が3000点差で逃げきりました。
僕らのグループではこれまでマネマンは出ていませんでした。
珍田君はされるととても恥ずかしいマネマンをされたことにより、トップをのがしたのです。
この日は田中君の一人負け。グラフを見てもらえばよく分かります。
1月28日
またやってしまった。次の日テストだというのに。病んでおります。
最初の半荘は僕がトップでした。リーチ一発 ツモ ピンフ ドラ2
で親ッパネが効いたようです。+56だったかな。
次の半荘はまたもや池内君と珍田君の要望で割れ目戦になりました。
まず東1局。珍田君が親割れ満貫で8000点オールを出しました。
次いで東2局。池内君の割れ目跳満に僕が振り込みました。
ー24000点。東2局で僕は瞬殺されました。 ー38。
次の半荘は珍田君と僕のトップ争いでした。しかしオーラスで彼が僕にホンイツを振り込んで破れ去りました。 +37。
珍田君は最近負けが込んでいます。この日も「俺は今日大負けしたら引退する。」
何てことを言っていましたが、中途半端に負けたのでまたのこのことやって来るでしょう。
2月5~6日
久しぶりにやりました。とはいっても1週間ぐらいしかたっていませんが。
この日は窪田君が鬼のようなツキで親満を連発しました。僕と池内君はプラスになることが1度も無く、最悪でした。
3半荘を終えて、池内君が一番負けており、池内君ははっきり言ってキレていました。
窪田君に深夜なのに大声で「死ね!! へらへら笑うな!! ほんま殺すぞ!!」などという暴言を吐きまくっていました。なんとかなだめると、
「取り乱してすいませんでした。」と、○チョウ倶楽部の○島竜兵みたいなことを言ってその場はおさまりました。
その次の半荘、僕は珍田君の下家でした。嫌だなあと思ってやっていたら、案の定、珍田君に親ッパネを振り込んでハコりました。リーチ一発、ドラ5でした。(なんというあほな役なんだ。)
これで池内君と同じくらい負けになりました。結局僕と池内君が負けて、窪田と珍田(書いている内に腹が立ってきたので敬称略。)が勝ってしまいました。
1月25日
月曜日にもかかわらずやってしまいましたよ、僕たちは。
赤い五マンや、五ピン、五ソウが入っていて、ドラ爆状態でした。
この日は、まず僕が親満で珍田君をハコらせました。
三色同順、タンヤオ、ドラ数個だったと思います。この1半荘で+60を越えました。
ちなみに池内君は焼き鳥でした。
あっ、よく考えたら彼は珍田君の下荘だったなぁ。
次は池内君と珍田君の要望で焼き鳥をやめて割れ目を採用しました。
その結果、珍田君は割れ目の窪田君にチンイツを振り込み、ー16000点、
更に割れ目になった池内君にハネ満を振り込み、ー24000点。見事にハコりました。
珍田君がヘコんで逆ギレし、さっさと帰ってしまったのでそれで終了でした。
その後、窪田君の持ってきたビートマニアを3人で深夜の2時ぐらいまでやりました。
3人でテレビを見つめ、ガチャガチャと叩いたりこすったりしている様子は
はたから見ればさぞかし異様だったことでしょう。
1月8日~9日
やった!!!
珍田君をハコらせる
ああ、忘れもしない、東2局。僕は親でした。チートイツをテンパイした僕は、迷わずリーチしました。絶対の自信がありました。北の単騎でした。場には一枚出ていたような気がします。
僕の後ろで見ていた池内君共々、どきどきして見守っていたところ、僕の下荘の田中君は一発を避けるために安全パイを出しました。対面の珍田君は、北を捨てました。リーチ一発、チートイツ、ドラ2 で、親ッパネでした。珍田君はそれでヘコんで、その後ハコりました。かなり気分良かったです。
一番の勝因は、珍田君の下荘じゃなかったからでしょう。その後、珍田君の下荘に座った池内君は、焼き鳥を食らっていました。
1月13~14~15日
この日もあほみたいに徹夜やっちゃいました。
窪田君がドラ12その他で数え役満出しました。そのとき僕は親だったのでかなりいたかったです。ただし、カンドラがすべて窪田君の山にあったので大きな疑惑が生まれました。もっとばらばらにして積みなさい。
あと、田中君が大負けしました。点がプラスになったのはたった一回(しかも+5)で、あと全部マイナスでした。ご愁傷さま。
いやあ、1月7日~8日にかけては派手に負けてしまいました。
3半荘して一回も上がれなかったので、焼き鳥を食らいまくりました。
なぜ負けたのかを考えると、物理学科 56番の珍田武志くんが常に上荘に座っていたからだと思います。
彼とは麻雀においては相性が凶悪なくらい悪く、彼が僕の上荘にいる時はたいてい負けます。更に下荘に池内君がいる時はもう最低最悪です。この二人にはさまれた時、僕のツキはなくなり、振り込みマッスィーンと化すのです。ほかの3人に愛の牌をもたらす天使となるのです。