市大院試日記二日目
 

  おはようございます、と8時過ぎに起床。親は8時まで寝ていた僕を見て、「試験時間大丈夫か?」と聞いてきたが、「口述試験は14時なので大丈夫。」と答える。しかし、嫌な日だ。昨日の疲れが癒されぬままに発表があるとは、これは非常に精神状態&心臓に悪いですな。朝から何も手につかず、ボーっと過ごす。

 11時30分。そろそろ支度をするためにスーツに着替える。昼食を取るまでの時間的余裕はなかったので、昼食を諦めていざ市大へ。自宅から最寄の駅、そして杉本町までは緊張もせず普通の精神状態であったが、やはり杉本町駅に降りると徐々に緊張してくる。口述試験指定者発表がある商学部事務室までは、駅から歩いて6〜7分程度で着くが、この道のりの時間が非常に長く感じられた。そして緊張状態からか足取りが非常に重たい。歩くのもやっと、と言う感じだ。校門前に到着。スーツを着た若者が引き返していく。これは嫌な予感・・・。去年の悪夢がよみがえる。校門から事務室までは3分とかからない。しかしこの道のりもまた長い。心臓の音が聞こえるぐらいの緊張状態、そして緊張と暑さによって噴出す汗。そして商学部事務室前に到着。

 発表された番号の中に、自分の番号はあった。急激な緊張感の開放から、かばんを落とし、ひざをつき、倒れこむ。しかしどういうことだろう。まったく手ごたえがなかっただけに以外であった。またもっと意外だった事は、合格者が25名も居たこと。一般選抜者だけを取ってみれば受験者の3人程度(←うる覚え)しか落ちていない。こんなに通るものなのか・・・。去年の発表の時の番号はとても少なかったぞ。あまりの意外さに少し放心状態であったが、問題が出てきた。そう、僕は昨日の試験の手ごたえから今日の口述試験はないと思って、口述試験対策をまったくやってこなかった。現在、13時20分。口述試験開始まであと40分しかない。「これは大変なことになったぞ」と思いながら、口述試験控室へと入る。

 試験会場では口述試験対策として、筆答問題を見直しを行う。これは大学院の募集要項に、口述試験は筆答試験の中から出題されると言う旨の記述がしてあるからである。しかし大学院の口述試験(いわゆる面接)は、和大の指導教員K氏(いつもお世話になっております。皆さんご存知の教員です。もうご存知ですよね!でも恒例のヒントを。@Mrパラサイター、A財布の中に日本銀行券・・・・・以下個人のプライバシーのために自粛)いわく「人間性を見るものであって、そんなに重視はされないから気楽に考えなさい。」とアドバイスをもらっていた。そして履修生の選考の時も面接があったが、聞かれたことは「なぜ履修生に希望したのか」とか「履修生以後の人生(将来)はどの方向に進むのか」とかなど、人間の中身を問う質問が多かったように記憶している。しかし口述試験が迫っている身にとってはやはり緊張は避けられない。ましてや今年からシステムが変わっているので、筆答試験で多めに取って口述試験で振り落とすことだって考えられるのだ。これはボーっとしているわけにはいかない。

 しばらく勉強していると後輩のO君が入ってきた。すかさず近くに行き、筆答試験突破の祝いを述べる。彼も受かっていた事に非常にびっくりしていた。とりあえず履修生時代の面接内容を伝え、多分そのあたりから出るのでは、という推測を伝えた。そして先に述べた和大の指導教員K先生からの情報も伝えておいた。

 口述試験は先にも述べたように25人受ける人が居る。募集要項から見ると、試験時間は一人あたり約15分。あまりにも多いということで、3班に分かれて試験を行う事になった。僕は前から7番か8番目、後輩のO君は2番目であった。最初の人が面接室に呼び出されてからはあまり勉強する気にならず、平常心を保つために、今日の日経新聞をすみからすみまで(このあと角純一を思い浮かべた方は結構な歳かも・・・)読んでいた。

 そして約30分が経過してO君が帰ってきた。そしてそのあと僕の近くまで寄ってきてくれ、試験の内容について説明してくれた。O君いわく、僕が予想したとおり人間性に関する質問が多かったこと。あと、O君は「一笑い」取ったと言っていた。やはり面接などでは堅苦しくなるよりも、一笑いとる勢いぐらいあるほうが良い。さすがO君。そのあたりは抜け目がないなと思いながら、話を聞く。O君は「阪神ファン」ネタで盛り上がったらしい。和大のO学長(学長と言えば一人しかいませんので、ヒントはなしで。)が市大にいれば、一発合格なのにと冗談を言う。
 大方の予想はついた。内容的には履修生時代の質問をさらに深めた質問が飛んでくると判断。とりあえず、「喋り」については僕の得意分野に引き込めればなんとか乗り越えられると思ったので、頭の中でイメージトレーニングを行う。

 面接開始後約1時間15分後、ついに僕が呼び出され、面接室の前の椅子に座った。中からは「和歌山大学経済学部を卒業して・・・・・。」や「現在が本学の商学部科目履修生を・・・・・。」というような話し声が聞こえてくる。決して盗み聞きしたわけではないのですよ。面接官の声が大きかったので壁を突き抜け聞こえてくるのです。自分のことを言われているのかなと思ったので、静かになった一瞬の時を見計らってノックして戸を開けた。そうしたら中の監督官が「ああ、まだですから。」と言った。僕はとっさに謝ってドアを閉めた。「しまった!早まった!」と思い、もう一度面接室の前の椅子に座る。

 2〜3分してから中から監督官の方が出てきて、「どうぞお入りください」と声をかけてくれた。いささか緊張した面持ちで椅子に座る。面接官は合計3人。もちろん市大経営学研究科&商学部の教員スタッフだと思われるが、僕の知っている先生はまったくいなかったのでどのような質問が飛んでくるか傾向が解らなかった。まず聞かれたのはもちろんのことながら「本研究科を受けた理由は?」であった。この質問に対しては、@自分の研究したい分野の教員スタッフが揃っていること、A少数精鋭型の研究スタイル、B研究環境のよさ(学術情報センターなど)の3つを挙げる。次に、和大時代の勉強内容。まず和大時代の指導教員を聞かれた後に、「卒論はどのようなことを書かれましたか?」と聞かれた。この質問は履修生試験の時も聞かれた内容であった。僕は卒論は「交通関係」(路面電車か紀南過疎交通の今後)について書くつもりであったがK先生から「西川の卒論は院試(昨年現役時代の試験)が終わるまで預かっておく。」と言われた。そして院試が見事に全滅した後に「西川が院試落ちたのは英語があかんかったからや。ということで卒論は洋書を和訳しろ。」と言われ、卒論はひたすら英語を和訳するというスタイルになったのだ。そのことを監督官に答えると、「なるほど」といった顔をしながら笑っておられた。

 そして質問は筆答試験の中身に関する質問へ。まず聞かれたのは記述問題から「日本のコーポレート・ガバナンス」に関して。「今、企業の不祥事が世間で言われていますが、この企業不祥事について、コーポレートガバナンス上の問題なのか、企業の構造上の問題なのか。西川君の評価は?」という意味の質問を受けた。この質問に対しては、「企業を続けていく上で不祥事というものは、防ぐことが出来ても100%無くす事は不可能。どんなにコーポレート・ガバナンスを刷新しても発生するものは発生する。消費者も最近敏感だ。ということは企業にとって発生した後の危機管理体制を強化するシステムを構築すればいいのでは。」と答えた。次に地域とコーポレートガバナンスについて。「地域産業の空洞化の要因や若者が地域に根付かない要因は、地域産業という視点から見ればどのように考えられるのか?」という感じの質問。(すいません。質問は一言一句覚えているわけが無いので、こんな趣旨の質問だったなー、という感じで書いています。以下の質問と解答のやりとりも同じ。本当はこんなにスマートに質問に答えたわけではないのですよ・・・。)これに対しては、「地域には若者に魅力的な普通の就職先(サラリーマン)などが少ないのでは。」と解答。そして関連質問として「地域には工場などの製造業は残らなくていいのか?」との質問には、「コスト競争力では中国などにはもう勝てない。幸い僕の研究エリアでは観光資源が多く世界遺産登録(熊野地方は現在暫定登録。まもなく正式登録へ。)がほぼ確定しているので、その世界的観光地を生かした産業を興せばいい。例えば、世界中の人が熊野地方にくれば通訳の需要が増える。その通訳をNPO方式で取りまとめて、そのNPOを就職先として提供すればどうか。白浜はIT産業誘致に全力投球しているが、あまり誘致には成功していない。既存の税制優遇等による産業立地ではもう難しいのでは。」と答える。

 質問は筆答試験の内容から飛んで、院試システムの話に。面接官から「記述は1500字程度と書いてあるが、西川君は2題とも1300字程度で終わっている。これは時間が足らなかったのか、まとめ切れなかったのか、どちらですか?」という質問。僕は「時間に焦ってしまったので、まとめきることができず短くなってしまった。」と答える。また今年の院試システムの評価についても聞かれた。僕は「昨年も受験したので、昨年と今年のシステムのギャップには正直戸惑った。しかし今年のシステムでは商学のエリア全般を問うシステムだったので自分としては勉強範囲が増えたが、仮に今年のような試験システムがなかったら商学を広く勉強していなかっただろう。自分の専門分野(交通・地域)を深く掘り下げて終わりだったかもしれない。そのように考えると、自分の視野を広げるためにいいきっかけを作ってくれた。」と評価しておいた。内心は「少し量が多かったじゃないの。」と言いたかったが、ここも穏便に事を進めることに。

 いよいよ口述試験も終盤。次の質問は「流通(市大ビジネスエッセンシャルズ・今回院試のテキスト)の本は読みやすかったですか?」。僕は「早朝ジャスコで働いているので商業・流通の最前線で現場を見ている。その現場を見た上でこの本を読むと「現場」と「理論」が融合するので、僕自身としては非常に読みやすかった。」と答えた。これはお世辞でもなく、事実の話。この本は今回の院試テキスト9冊の中でも、おもしろい本だと思う。この僕の解答に面接官は「どんな仕事しているの?」などと噛み付いてきてくれた。やはり口述試験では噛み付いて来てくれたり、多少の「笑い」や「ウケ」がないとおもしろくない。そして最後に「西川君は研究をしたい先生をほぼ決めているようですが、挨拶などにいかれましたか?」との質問。面接官は「試験に影響があるとかうんぬんではなく、普通の挨拶です。」と強調していた。僕は実際に市大で行きたいN先生のもとへ6月に挨拶に行った。そこでこれまで書いた論文などを手渡し、約20分ほど研究に関するアドバイスを頂いた。この挨拶は、N先生の講義は後期に登録しており院試が終了してから講義が始まるので、事前にどのような先生なのかを見ておきたかったから行ったものである。そのいきさつを詳細に話しておいた。
 ちなみにその他の質問に、「今回の試験は難しかったですか?」や「履修生ではどの科目を選択されてますか?」というものもあった。

 15分以上は経っただろうか、口述試験が終了。挨拶と一礼ををして部屋を出る。
 この口述試験に関する僕の感想。非常に包括的な質問と、あとまったく専門分野ではなかったので質問に答えきれていないものが2、3あったように思える。しどろもどろしながら答えたが「質問と解答のキャッチボール」がうまくいったかは不明。自分の得意分野やよく知っている分野に関しては、質問に解答できていたと思う。全体的には筆答試験よりかは手ごたえがあったものの、なんとも言えない感じがする。これではちょっと厳しいかな・・・。しかし、最初に書いたO君との面接内容とは非常にかけ離れた学術的質問が非常に多かったように思える。O君が受けた面接官と僕が受けた面接官は班が異なっていたために違う先生だったが、O君から聞いた内容とここまで違うとは・・・。このあたりに不思議さを感じながら、控室を出る。

 学情センターで待ってもらっていたO君とともに、杉本町駅真下にあるマクドへ。(毎度ながら市大周辺の食事屋情報がないことがバレてしまうが・・・)30分程度雑談をして早々に引き上げる。今日はアメリカ同時多発テロから1年。思えば去年、市大の筆答試験から帰ってきて自宅でのんびりニュースを見ているときに、あの事件は発生した。あれからもう1年が経つのか、と時の流れの早さをひしひしと感じながら帰宅。

 9月20日、運命の日。その結果がすべて判明する。


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