日本における個性?
このページは個人的なツブヤキページなので、気に入らない場合は「戻る」を押して戻ってね。
最近、個性の時代とよく耳にする。そしてたくさんの人が他人と違う個性を発揮したいと言っている。そもそも、個性とは何なのか?そして、他人と違う自分だけの個性とは??
ここでズバリ個性とは何かを言おう。個性とは考え方しだいでどうにでもなるものなのだ。例えば、私は親指が長い。これも考え方しだいでは十分個性なのだ。これのどこが個性かって??他の人と違うのだから、視点を変えて見れば充分個性でしょ。つまり、考え方を柔軟に保てば自分だけの個性はそこらへんに転がっている。もちろん柔軟な考えが出来るのも個性なのだが。
では、題にある日本における個性とは何かと言うと、それは平均的個性だ。平均的と個性はいわば対極にある。だが、日本の国民は面白いもので、その対極にある二つの物を融合させている。例えば、個性だといって髪の毛を染める。しかし、実際は誰かが染めていて「かっこよかった」「可愛かった」からのような理由で染めているのがほとんどである。その結果、髪の毛を染めている人が多くなりすぎて平均的な個性になり下がっている。
もちろん上にも書いた通り、考え方しだいではこれも個性なのだが、これは本来の個性とは違う。なぜならこの場合、単に他人の真似をしただけだからだ。日本における個性とは何度も言うが、ほとんどの人が平均的個性でしかないのだ。結局、個性を出していると言っても周りにする人がいるからするというのが、し始めた理由の上位を占める。個性とは周りの力によって変えないのが本当の個性だからだ。変える時は自分の意思のみである。自分は違うと反論をする人がたくさんいるだろう。しかし残念な事に、ほとんどが平均的個性なのだ。例えば、茶髪が個性という人が就職する時に、髪の毛の色を黒色にして面接している。これは企業という力に従ってしまった事を意味している。何かによって消されるようなものが個性なのか?これが本当の個性なら茶髪という個性を捨ててしまったこの人は、個性がない(なくなった)人になったということになる。
真実の個性とは、自分の信念を主張し続けることができる力である。ここには平均的という言葉は存在しない。だが、これをし続けるには大変な労力が必要になってくる。時には流されるのもいいが、最終的には信念を主張し続けれるような本当の個性を持った魅力的な人になることを願う。私もね(笑)