草創期
思い起こせば大学3年の夏にゼミ選択に頭を悩ませたことも8年も前のこととなってしまいまして、記憶の彼方となりつつありますが、可能な限り当時のことを思い起こしてチェゼミが出来た頃の様子を紹介します。
1992年当時は、法学部法律学科に加え新たに国際法律学科が新設され、大学としても当時盛んに言われ始めていた「アジアの玄関口」として望む福岡市のいわゆる「国際化」を意識し始めていたという、時代背景があったように思います。そのようななか、法律学科内にあっても国際(法)関係の授業が拡充され、そこでチェ先生の受け持つ「韓国法」を受講してみる機会が出来た訳です。
当時のその授業(韓国法)は週1回、前期の2単位のみでしたし、友人の内木君と相談して、「興味あるし受けてみようか!」と軽い気持ちだったというのが正直なきっかけでした。授業の受講者数は大体20名前後が出席していたかと記憶しており、西南大では初年度の先生並び授業ということもあって決して多い人数ではありませんでしたが、先生の暖かい人柄と懇切丁寧な授業の進め方で、例えれば"アットホーム"な、とても良い雰囲気でした。
そして、3年生なかばのゼミ選択の時期となるのですが、学生間では各教授のゼミの内容、授業の厳しさ、就職(企業)への影響力、ゼミ旅行の行先など、様々な情報や不確実な噂が大量に流布し、特定の教授に人気が集中する現象さえ起きていました。(今もこのような傾向にあるのか気になります。)私自身も飛び交う様々な情報のなか、その選択にはかなり頭を悩ませましたが、いくら友人知人の情報を収集しても全く結論が出ないため、「他人の情報を当てにせずに、自分が良いと思った教授のゼミを選択しよう」と覚悟を決め、それで韓国法の授業を通じて知ることが出来たチェ先生の、威厳がありつつも温かい人柄と、丁寧な授業の進め方に数ある教授のなかでも最も私は感銘を受けていましたので、前期テストの日の答案を提出した後のことだったことかと記憶していますが、その際に、「先生のゼミを受講したいのですが」とチェ先生に直接意思表示を行ったのでした。
そして私(金光)と内木、永田のいずれも男の、3人でゼミはスタートしたのでした。
94期 金光 伸介
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