私の日記!!!
2001年1月
Hさんの実験と、修論の締切と、大雪(2001年1月27〜31日)
この期間は題名の通り、3つの要因が重なって、なんか勢いで過ぎてった。
特に雪はこの辺に住むようになって、過去最高の雪だったと思う。
やはり、惰性と繰り返しと空白の日常以外に、なにかしらあるというのは、幸せなことだ、多分。
今日も(2001年1月26日)
今日も昨日とたいして変わらん1日だった。
今週末は3日続けて雪らしいが・・・。
一体どうなることか。
洗い物(2001年1月25日)
今日はひたすら電気泳動と、洗い物をしていた気がする。
この洗い物っていうのは、かなりめんどい。
これがなかったら、実験も大分楽になるのにといつも思う。
いずれしなくてはいけないことだけど、さしあたってはしなくてもいいかも、と思わせるところもまた憎い。
こういう感じって、一般の環境問題に通じる考え方かもねえ。
風呂(2001年1月24日)
今日は午後イチからゼミなので、午前中に洗濯をし、さらに風呂に入ってやろうと考えた。
最近、やたら寒いので、うちのアパートの共同の風呂が凍って入れないんだよね。
夜になるとなぜか外湯に入る気が起きないし。
まあとりあえず洗濯、洗濯。
結構、溜まっている。
これをアパートの洗濯機で洗って、コインランドリ-の乾燥機で乾かす。
乾燥機で洗濯物を乾かしている間に、羽広荘へGo!
おおっ、みんなみはらしの湯の方へ行っているらしく、殆ど人がいない。
これは極楽極楽。
・・・
さて風呂も上がって時間を見てみると・・・
!!!
やばい、ゼミぎりぎりかも!
まあでも結局、なんとかゼミには間に合った。
いやー、本当に良かった。
Sラーメン(2001年1月23日)
今日は皆でSラーメンに行った。
Sラーメンは伝説級のまずさを誇ると言われているラーメン屋だ。
そして特に味噌ラーメンは特筆するものがあるということらしい。
まあ、でもしかし、こういう噂には往々にして尾ひれがつき、過大に解釈されがちだ。
いざ、Sラーメンへ!
そして当然、味噌ラーメンを注文!
しばらくして、来ました、来ました。
早速スープを・・・
・・・!!!!!!!
びびりました。
脱帽です。
申し訳ありませんが、全力で味を変えさせていただきました。
で、その後、店を出て何を口にしても、うまいこと、うまいこと!
本当に感動させていただきました。
いや、こういう形で食べ物の美味しさに感謝するってこともあるんだなあ。
貴重な体験をさせていただきました。
Hさんと一緒(2001年1月22日)
今日は留学生のHさんに実験を教える日だ。
さあ、がんばりますよー。
・・・
一人のときの倍時間がかかり、さらにその倍疲れた。
なにやら生気を吸い取られているような気がするのは、気のせいだろうか。
本当はここでやりがいを感じんといかんとこなのかなあ?
せめてもうちょっと日本語で意思疎通が図れたらなあ・・・。
これって、贅沢なのか?
なにはともあれ、とりあえずは満足してもらえたようで、良かった。
雪(2001年1月21日)
今日は先輩のIさん、Tさんと共にスキーに行く予定だったのに、雪のため中止となった。
とても残念だ。
仕方が無いので、朝から仮面ライダークーガの最終回を見た。
初めてだったので、内容がさっぱりわからんかった。
なんか雪のせいか、落ち着かなかったので、勢いで松本に行ってみることにした。
山田電機に行ったら、伊那より自分の欲しい携帯が2000円近く安くて衝撃だった。
買おうと思ったら、印鑑が無いために買えず、悲しかった。
仕方が無いのでダイソーという100円ショップをうろついて心を慰めた。
やっぱり、100円ショップは良いねえ。
その後、近くの中華屋で炒飯を食った。
やっぱ炒飯はうまいのお。
最近、一人で外食するのも結構楽しいかも、と思うようになってきた。
その中華屋に池上遼一の「HEAT」というなにやらアツイ漫画が置いてあった。
それに触発され、ブックオフで同著者の「クライングフリーマン」というこれまたアツめの漫画を購入してしまった。
帰り春日街道がやたら凍結してて危険だった。
Hさん(2001年1月20日)
今日は激しく雪が降ってびびった。
あと、留学生のHさんと実験のことでもめた。
どうもお互い話の内容がかなりかみ合ってないらしい。
Nちゃんに助け舟を出してもらってめちゃ助かった。
でも、その後も1時間以上話し合いをすることになった。
あー、めんどくせ。
Hさんもこの研究室ではなにかとフラストレーションが溜まってるらしい。
まあなんでもはっきり言ってくれる人なので、そういう点では良かったよな。
でも、強引過ぎ。
結局、話し合いで予定が大幅に遅れて、帰るのがめちゃ遅くなった。
あーーーすげー雪降ってるのにーーー。
生協にて(2001年1月19日)
今日、生協で昼飯に味噌ラーメンを食っていたら、鼻血が出てきた。
不運なことに、実験の都合上、みんなと一緒に行けず一人だった。
あー、くそー、誰かティッシュくれー、などとおもいつつ、トイレにダッシュした。
思いのほか大量に血が出たのが、またショックだった。
とりあえず、血がラーメンに入らなかっただけ良かった。
凍結2(2001年1月18日)
今日も朝起きたら水道と給湯器が凍ってた。
くそー、凍結防止帯ついてんだろが!!!
まあ昨日と同じ事をしました。
給湯器も壊れなかったし、昨日と同じく溶けたし、良かった。
凍結(2001年1月17日)
今日は朝起きたら水道と給湯器が凍っててショックだった。
そしてさらに、ショックを受けつつトイレに行ったときに、排水口が凍ってて溢れそうになって危なかった。
結局、朝からやかんでお湯を沸かして、地道に溶かす羽目になった。
時間はかかったが、それで溶けたんだから、幸運だった。
良かった、良かった。
PCRのレンタル(2001年1月16日)
今日になって明日にお試しのレンタルPCR(DNAの増幅装置)が来ることを教えてもらった。
ちょっとショック!
液体窒素、頼んだ後なのに・・・。
あー、準備かしないと!
まあいいや。
夢(2001年1月15日)
今日は夢を見た。
熊が出てきたし、ばーちゃんが出てきた。
なんか、全体的に薄暗くて、物悲しくて、古めかしい夢ばかりだった。
あんまり好きではない感じだ。
新年会(2001年1月14日)
今日はM先生宅で新年会だった。
おいしいものがたくさんあって、すげー食った。
やっぱり3年生がすごかった。
留学生のHさんの息子が暴れて大変だった。
やっぱ、親がちゃんと躾てくれんとなあ。
人様の子供に下手なことするわけにいかんし。
子供は苦手だ。
松本へ(2001年1月13日)
今日は朝起きて、I上さんの洗濯物を乾燥機にかけた後、I上さんを松本に送り届けた。
駅で奢ってもらったコーヒーが美味かった。
I上さんとの別れを惜しんだ後、久々に松本にある店をうろついた。
伊那に帰ってきてTUTAYAで立ち読みしてたら、たまたま後輩のGに遭遇した。
I上さん(2001年1月12日)
今日、学校にI上さんが来た!
I上さんは2年半、青年海外協力隊でニジェールに行ってらっしゃって、今月、日本に帰って来たのだ。
いや突然だったので、びっくり!!!
そんでもって、I上さんとM先生と自分の3人で「とよばら」というローカルな飲み屋に行くことになった。
ひとしきり飲んで、食べ、学校に戻ると、さらにN先生が加わって話が弾むことに。
その後、I上さんに家に泊まってもらうということで、帰宅することになった。
その途中、コンビニに寄ったのだが、I上さんはコンビニで買い物をするのが楽しいらしく、夢中で買い物をなさっていた。
そして「コンビニ、最高!」としきりに洩らしていらっしゃった。
うーん、やっぱコンビニって便利だよな。
お金さえあれば、いつでも大概の物が手に入るんだから。
しかし、その便利さの裏にはいろんな弊害もある。
今日、M先生が飲んでいる時に「コンビニがあるおかげで今の日本人は狂ってしまった。いつでも自分の好きなときに物を手に入れ、好きなときに自由に捨てることができると思うようになってしまった。」というようなことを仰ってた。
食べ物をわざわざお金をかけて包装をし、保存料や着色料を加え、さらに賞味期限が来たら捨ててしまう。
手間隙かけて食べ物を装飾し、そのうち少なくないものを捨ててしまうという。
便利さの裏になんという無駄があることか。
結局、コンビニが売っているのは「便利さ」なのだ。
我々は「便利さ」の代償としてお金や、ゴミ問題や、健康や、食料の無駄といったものを支払わなくてはならない。
そしていつしかその「便利さ」は当たり前の生活の一部として、我々の間に浸透することになった。
おそらくこれからも、そのシステムの破綻が到来するまでコンビニは存在し続け、我々も利用し続けるのだろう。
なぜならコンビニというシステムが孕む無駄というものが生み出す痛みは、我々が感覚として直接的に感じることができるものではないから。
むしろ我々が感じることができるのは、コンビニという「便利さ」を失った痛みである。
それを上回る痛みが無ければ、全てが崩壊するまで人は変わることができないだろう。
現に、こう書いている私にとって全ては、あやふやで実感を伴わない空論なのだから。
そして空論を転がすという行為は、すぐにその反対側にある空論によって拮抗状態に陥るのだ。
例えば、地球上に現存する生命というものは、恐ろしく無駄でゆとりのあるシステムを持っている。
DNAの配列、免疫機構、形態の分化におけるアトポーシス、そして生物の持つ多様性・・・とりあえず思いつくものをいくつか挙げてみたが、全て一見無駄と思えるような代償を支払って生命が維持している、重要なシステムだ。
これらの例を省みると分かるように、一見無駄で有害に見えるようなものでも、視点や立場を変えればその価値は変化してくるのだ。
・・・とまあ、そんな具合になる。
そしてさらに話を進めていくと・・・。
そう考えてくると、最終的に辿り着く結論は、実際それが残るものであるか、残らないものであるかという問題になる。
現在、生命が所持しているシステムは、長い時をかけ淘汰によって磨かれ、洗練されたものだ。
それらと比べれば、今現在、人類が所持しているシステムがさらされた淘汰の時間など、たかが知れている。
当然、それらのシステムが孕む問題のほとんどは、淘汰によって除去されるまでには至っていないだろう。
そしてこの先、存在し続ける上で問題のあるものは、間違いなく消えてゆくのだ。
善悪も、美醜も、人間の一面的な価値観など関係なく、消えゆくものは消え、残りゆくものは残る。
人類自体がわずかな間に消えていっても、何ら不思議はない。
・・・とまあ、そんな感じになる。
こういったことを考えるのは、自分の中に何らかの衝動があるためである。
しかし、その思考の結果は、自分を行動に至らせるまでの衝動にならないことが殆どである。
だから「空論」というのだろう。
・・・どうも、大きく話がそれた。
話を戻そう。
コンビニでの買い物の後、I上さんと私はわが家に辿り着いた。
そして入浴やしばしの雑談の後、就寝となった。
風邪?(2001年1月11日)
今日もやっぱだるい。
早めに帰った。
勿体ない気がしたので、更新した免許を取りに行ったらまだだった。
風邪?(2001年1月10日)
今日は朝起きたら喉痛かった。
ついでに頭も痛い。
でも、今日ゼミなんだよなあ・・・。
よって、ベンザブロックを飲んでゼミに臨む。
そしたら、なんか調子良さげな気がしてきた。
もしかして、気のせいだったのか?
でも夕方頃、だるくなってきた。
なんか、ありがちなパターンだ。
実験初め(2001年1月9日)
今日は今年、いや、今世紀初の実験である!
日記を書き始めて気がついた。
ああ、気がついてたら思い出になったかもしれないのに。
いや、やっぱりそんなことは無いな。
で結果の方はというと・・・ぼち、ぼち・・・ぐらいはいったかなあ。
あ、トウガラシの種取をしたのが、記念すべき感じだ。
咳とくしゃみがえらい出て困ったけど。
あと、洗濯物をコインランドリーで乾燥させてたら、取りに行くのを忘れて、閉まってて、かなりショックだった。
果たして明日行ったら、ちゃんとあるかなあ・・・。
不安ダースの犬(→フランダースの犬 by ヌーさん)。
寝正月(2001年1月8日)
今日は寝た。
雪(2001年1月7日)
今日はついに伊那に向けて出発!
いや、思いの他長い里帰りになったなあ。
まあとにかく、国道50号に出て直進するのみ。
前橋、高崎を抜けて、松井田妙義から佐久まで高速を使い、次は諏訪を目指し、大門峠を越えにかかった。
まあここまでは良かったのだが・・・なんか峠に入った辺りで雪がちらついてきた。
やな感じ。
さらに悪いことに、今日は日曜日。
白樺湖付近でスキー客の長蛇の列。
すっかり忘れてた・・・。
途中で渋滞が我慢できなくなり、引き返して松本経由で伊那に帰ろうと決心した。
そして松本に向かう間にも雪は激しくなり・・・そういうことなら、松本の友人に餅でもお裾分けしつつ、そこで雪の難を逃れるのも良かろう、などと思い至り、寄り道することにした。
しかしそれが間違いの元。
なぜか長野にいるはずの友人2人もさらに加わり、だらだら過ごすことになり・・・
雪は衰えることを知らず、いつしか積雪は30cmを越そうかという勢い!
でも実はこういう展開は好きだったりする。
友人のある重大発表のお祝の日だし。
友人の家を出るのは午前5時も過ぎる頃となった。
せっせと車の雪を降ろし、再び伊那に向けて出発。
真夜中に、静かに雪が降りつづける松本の街の中を抜けていくのは、なんとも叙情な感じがした。
そういえば、以前もそんなことがあったなあ・・・その時は伊那に着くまでに4時間近くの時間がかかったっけ。
そう、なつかしい・・・そんな時代もあった。
大雪という比較的稀な現象は、時々、私のもとに過ぎ去った過去の思い出を運んでくる。
今年の雪も、今日のように思い出となって、将来、私のもとに雪と共に訪れるのだろうか?
そしてその頃、今年の冬の思い出は、積もる時間の向こうで、雪景色のように白く霞み、美しく飾られてしまうのだろうか。
はたして、どうなってゆくのだろう。
結局、私が家に着いたのは、午前7時も過ぎようという頃。
家に着いてこまごまとしたことをしているうちにさらに9時も過ぎ、その頃には猛烈な眠気が襲ってきた。
そして、そのまま就寝することになり、今年に入ってから初めて、満足できる睡眠が取れることになった。
筑波三日目(2001年1月6日)
今日は筑波三日目。
実験はあるけど、自分がするようなことはもうほとんどなく、あとは見学するのみ!
しっかりジーンバンクの方の見学をさせていただきました。
いやあ、すごかった。
種子がバーコードで管理されてて、機械に数字やバーコードを入力すると自分のところに出て来るんだもん!
そんなふうに10万点以上の種子が保存されていた。
しかも、その施設の種子の収容能力は40万点を超えるという。
さすが、バブルの時代の賜物。
さらにいろいろと話も聞けたし、ここに来て目標達成って感じでしょうか?
それにしても、茨城って珍来(チェーン店のラーメン屋)が多いよな。
筑波二日目(2001年1月5日)
今日は筑波二日目。
家の実家から筑波までは1時間近い時間がかかる。
さらに資源研は筑波のはずれにあるので、さらにプラス。
集合が9時なので結局、7時起きすることになった。
実家でこんなに早起きすることになろうとは・・・少し高校時代を思い出す。
で、余裕をもって家を出たので、8時45分に到着することができた。
おかげで、オペレーターの方に洗い物を頼まれる羽目になったが。
その後、そのオペレーターの方もなにやら打ち合わせとかで消え、一人で皆を待つことになった。
皆を待つことしばし、結局、皆が到着したのは9時20分過ぎだった。
なんか微妙に不安な時間を過ごしてしまった・・・まあとにかく来てくれて良かった。
そして、それからは昨日と同じ。
休みを交えつつ、ひたすら電子天秤に向かい、結局、7時過ぎぐらいまでその仕事と付き合うことになった。
まあ、その後は全自動の機械に任せるばかりで、人間の仕事はあまり無くなってくる。
夕食を取って、こまごまとしたことをしているうちに10時過ぎ。
あまり人手もいらなくなったということで、自分は先に帰らせてもらうことになった。
皆はそれからさらに2時間ぐらい待たなくてはいけないという・・・お疲れさま。
でもって、せっかく先に帰らせてもらったのに、帰りまたまがるところを間違えて、また昨日と別ルートで峠越えをする羽目になった。
まあ、時間的にはそんなに違いは出ないんだけどね。
それにしても、あまり慣れてない道は暗いと良く分からんわ。
で、こっちの峠なんだけど、怖い雰囲気で、やな感じだった。
徒歩だったときのことを考えて、ぞっとした。
筑波一日目(2001年1月4日)
今日は筑波に行って生物資源研究所を見てくる予定だった。
N先生がそこで3年生を3名引き連れて、実験をしに来るからだ。
まあ、おそらく機械は全自動だから、そんなに手伝ったりすることも無かろうと考えていた。
が、やっぱり予定外の事態というのはおきるもので、結構人手が求められるような感じだったので、手伝うことになった。
自分がすることになった作業の内容は、微量のアマランサスの粉末を電子天秤で計り取るという作業だ。
地味な単純作業である。
はっきりいってだるい。
始めの頃こそ研究所にびびっていたが、当然、後半に入るとそんなことを感じることも無くなった。
結局この作業は、朝11時頃から5時過ぎまで続いた。
そしてこの作業は今日だけでは終わらないことが分かったので、明日に繰越となった。
そう、明日も作業、しかも今日より早い9時集合だ。
全くもって、この展開は予想外であった。
しかも帰り道、道を間違えて筑波山麓の峠を超える羽目になった。
あと夜なのに、なぜか妹と一緒に犬の散歩をすることになった。
新築計画(2001年1月3日)
今日は親から新築計画の話を聞いた。
なんか妙に両親ともノリノリだった気がする。
やっぱり、一生に一度のことだからねえ。
最近近所が新築ラッシュだし。
で、そこから仕送りとか、将来の話とかに発展してったのはヤブヘビだったような・・・
まあ考えんとならん問題なんだけどね。
M浦さん(2001年1月2日)
今日(昨日?)はM浦さん宅にお泊りしてきました。
いろいろ話が聞けて面白かった。
しかもご飯も奢ってもらってしまったし。
うーん、『羆嵐』読んだ時とはうってかわって、新年幸先良いかも。
新世紀(2001年1月1日)
今日から新世紀。
良い世紀になるといいなあ、とおもいつつ、いきなり初日の出の前に『羆嵐』などというやばい本(自分にとっては)を読んで、徹夜してしまった・・・。
この本は、大正4年12月に起こった日本獣害史上最大の惨事である、北海道天塩山麓の開拓村を襲った羆の話。
鮮血に染まる雪、羆を潜める闇、人骨を齧る無気味な音・・・。
そんな感じの話だ。
あー、もー、羆、最悪だ。
食うなよ、人を。
ああ、こえーよー。
近くにおいてあったのにちょっと手を出したのが間違いだった。
怖いから途中で全然、終われなくなった。
きっと自分にとって最悪の人生の終わり方って、羆に生きたまま食われることかも。
そう、思えば自分にとって小学から中学にかけての、ある意味の最大の敵は熊かもなあ・・・。
毎日寝る前、熊にビビリながら寝てたような記憶がある。
あと、実家のトイレは外にあるので、夜中に行く時とか最悪だったなあ・・・。
全部、小学校の時、学校で見させられた『マタギ』っていう映画のせいだ!
あんなもん小学生に見せんな!
まあ過ぎたことは仕方ないんだけど。
そんな感じに思い返してみると、自分にとって小中時代のキーワードは「宮崎駿」と「熊」といえるかも。
まあ、そういう意味では、新世紀の幕開けにふさわしいものといえる・・・のかなあ?
でも、ある意味これで、より熊に強くなった(精神的には)気がする。
もう、ツキノワグマは平気かも。
やつならかわいいもんだよ、羆に比べたら。
人間を引きずってって食わねえもん。
やっぱ羆はでか過ぎなんだって。
頭の頂きから足先まで2.7メートル、体重383キログラムだよ?
もー、羆とか、グリズリーとかがいる北の方にはあんまり行きたくないな。
まあでも微妙にイメージトレーニングしたから、北の地でも、一人で夜、外に放り出されなければ大丈夫か?
くそう、熊の野郎!生きたまま食われることになったら、目玉の1つぐらい道連れにしてやる!
・・・無理か、っていうかそんな事態にはならんはず!
あー、今トイレに行ってきたら、微妙にこえー。
ダッシュするほどじゃなかったけど。
明かりがほとんどないのがまずいよな。
あと、冬の夜は風が揺らす木々の音がやな感じなんだよね。
そう、あと今は畑になってるところが、昔は桑畑で見通しが悪かったから、余計怖かった。
今は見通しが良くなって、本当によかった。
あと犬!犬もなかなかいいよ。
アホ犬でも、きっと熊がいたら察知してくれるに違いない!
とか考えるところが既に弱いよな。
まあいいや、とにかく、でかい熊、特に人間を餌だと思ってる熊は敵だ。
襲ってくんなよ、マジで。
あーあ、果たして本当に新世紀のはじめにふさわしかったのかな、この日記。
まあでも、ある意味気合の入った日記です。
それにしても、羆の潜む夜の闇におびえずに暮らせる現代って、本当に幸せだよなあ。