私の日記!!!
2001年5月分


流行り(2001年5月29日)

 まあ地道にゼミの準備。
予想通りやばい。
研究室では、今日からベーゴマもどきが流行りはじめ?
あとそれ以前に、おたまじゃくしが流行中。
一人一皿の勢いで飼育されてます。
N本さんも飼育中。
まあ、やっぱり研究室のカラーも年によって特色がありますなあ。


文献ゼミ(2001年5月28日)

 今日はゼミ。
でもって、再来週からこのゼミが英語の文献の内容を発表する文献ゼミになるのだが・・・。
なぜかそのしょっぱなが自分になってしまった。
まあ、自分的にそうせざるを得ないという感じの状況だったので仕方がないが・・・。
でも、ほとんど構想を練ってなかったので、やば。
どんより。


TOIEC(2001年5月27日)

 今日はTOIECの試験。
時間は2時間。
2時間なら行けるだろ、と思いきや、全く集中力が持たん!
まあ、集中力があろうと無かろうと、実力的には大差ないが。
それにしても、途中であんなに駄目な感じになろうとは思わなんだ。
うーん、訓練が必要なんだろうか・・・。
いつものごとく歳なのかなあ、とか思うけど。
それにしても、結果が怖い。


土曜(2001年5月26日)

 今日は土曜日。
昨日の分を取り返そうと、張りきって学校に行った。
学校で後輩と話をしたら、明日TOIECの試験があることが判明!
ショックだ。
当然、なにもしてない・・・。
うおー!賭けとかしてたよ!
そして、明日は布団のシーツとか洗う予定だったのにー!
ま、しゃあないな。


失速。(2001年5月25日)

 今日は失速してしまった。
頑張るとやっぱ続かん。
スーツとかクリーニング出して、一日終了って感じ。


今日は(2001年5月24日)

 なんというか、今日も頑張った。


単純作業(2001年5月23日)

 今更だが、単純作業をしてるとしばらくしていらいらしてきて、そこを通りすぎると、頭がしびれてずーっと作業ができるようになる。
が、失敗が多くなる。
最近、この頭のしびれるような状態が脳に悪影響を与えてるのではないかと心配である。
記憶力や好奇心が低下してきてるからなあ。
長生きしたいとも思わないが、脳が老化するのは、かなり頂けない。
あと体も。
生きるということに付随して、老化ということにも思いを馳せる今日此の頃。
やっぱ、早目に良いタイミングでいっときたいもんですな。


スクリーニング終了間近(2001年5月22日)

 96穴のPCRの威力はすごい!(これまで24穴)
もう少しでスクリーニングが終了しそうだ。
機械を換えた影響で、40種はスクリーニングし直しだったにもかかわらず、結構早かった。

技術の進歩と金の力!
これぞ資本主義の力!か?
でも無駄な時間が減ってる分、人的には仕事が増えてだるい。


月曜日(2001年5月21日)

 諸事情からゼミが月曜日の午前中になった。
ちょっと厄介と言えなくもないが、午後が空くのが利点といえるかもしれない。
ゼミの日なのに、思ったよりいろんなことができた。


後日(2001年5月20日)

 今日はホテルに泊まり、まだ首都圏にいたので、皆で集まって、昼飯とか食った。
その後、Y田さんのお店でだらだらと過ごした。
なかなか良い時間が送れた。
毎日こんな感じだったらいいのにと思う。
その後、帰りがけにH山さんに出会ってびびった。
同人誌が売ってるお店に連れてってもらって、おもろかった。

世の中、狭いもんですなあ。


当日(2001年5月19日)

 今日は友人の結婚式当日。
石岡駅から常磐線に乗り、柏駅で野田線に乗り換え。
野田線は久々だ。
割とローカル路線なので、揺られながら季節を感じるのもなかなか良い。

誤って会場の1個手前の駅に降りる、まぬけ。
式は洋式、ウエディングドレスだ。
やっぱなんかすごいな。
新郎の誓いの言葉が選手宣誓みたいで良かった。
でもって、賛美歌歌っちゃいました。
披露宴で加山雄三の「君といつまでも」を4人で歌うことになっている。
しかし、まだ4人で合わせたことは無い。
仕方なしに、ホテル脇の駐輪場で練習。
ちょっと恥ずかしい。
おかげで、盛りあがりポイントの、Mさんの台詞(幸せだなあ・・・ってやつ)も決まり成功。
短い、無難な歌っていうのもポイントだったな。
新郎の父が新郎の会社の重役の前で、会社名をライバル社と読み違えていたのがすごかった。
新郎の友人(営業系)がフォローしていて、さすが、と思った。
まあ、何かと感慨深いところが多かった。
2人の未来に祝福を。


前日(2001年5月18日)

 今日は友人の結婚式の前日。
結婚式は千葉県で行われるため、実家の茨城に一時帰省する。
夕方に高速バスに乗ったが、結局家に着いたのは12時過ぎ。
思ったより遠いものだと思った。


マルチ張り(2001年5月17日)

 今日はトウガラシのマルチ張りをした。
Hセインさんの分が、例年と違う農場に植えられることになっていたので、倍疲れた。
その後、土曜の同期の友人の結婚式で歌う歌の練習をするために、小淵沢に行った。
結構だるかったが、友人のTさんが面白い動きをしてくれたので、元を取った気がする。
でもやっぱ疲れた。


普通の日々(2001年5月15〜16日)

 特に印象に残ることも無かった。
感動する力が失せてきてるのか?などと思う。
記憶力が落ちてきている。

実験して終わり。


前日の日記からの思いつき(2001年5月14日)

 現状から導かれる未来はある程度限定されている(はず)。
しかし、自分はそれを実感することができないまま日常を送る。
それは自分にとって不幸なことなのだろうか?
それとも、幸福なことなのだろうか?
人は未来が不確かであると実感しているが故に、自らの生活を投げ出さないでいられる。
目の前のことに力を注ぐことができるのだ。

そして私が自らの理性をもとに考えるかぎり、人生は無意味であると断言できる。
これまで私なりに情報を収集し、私なりに世界というものを組み立てた結果である。
これは以後、変わることはあるまい。
しかし、私の体と心は喜び、また苦しむ。
つまり、生きることを肯定している。
どうしてこのような矛盾が生じるのだろうか?
それはおそらく、私が複数のシステムの集合体であり、さらに、複数の上位のシステムに隷属しているためであろう。
「私の理性」というシステムは、あらゆる事象に対して中立であろうとするものであり、このシステムを用いる限りは当然の帰結をしているだと思う(断定は不可能)。
・・・なんか妙なことを書いてしまったかもしれない。
今日は気分が乗ってきたので、私の人生で得られた成果の1つについてまとめてみたいと思う。

私の遺伝子は生命が誕生してから、ずーっと存在すること、増えることを肯定してきたシステムだ。
この遺伝子は相互作用により、多細胞生物や生態系というより大きなシステムを構成するようになった。
(多細胞生物は同一配列遺伝子の相互作用の結果、生態系は異なった配列の遺伝子の相互作用の結果)
そしてこのより大きなシステムを構成した結果、遺伝子はより安定に、広範囲に存在することが可能になった。
現存する生態系や生物は、経時的な環境の変化に耐え、残ってきたシステムである。
遺伝子を環境というハードウェアの中で作動させた結果、生じた生物というものが、相互作用によりシステムを形成し、あるものは消え、あるものは残った。
そういうことである。


上で見てきたような観点から見ると、人間とはいかなるものなのだろうか。

現状から簡単に特筆すべき人間の特徴を述べると、他を圧倒する増殖力とあらゆる環境への適応性が挙げられる。
ここで、人間についての考察を深めるために、人間以外でこの二つの特徴を共通して持つ、1つの例を挙げてみる。
それは、ガン細胞である。

さらに、この両者のもう1つの類似点を挙げてみると、既存の生物のシステムを破壊するという特徴がある。
人間が生態系を破壊するのに対して、ガン細胞は多細胞生物というシステムを破壊する。

しかしこの場合、両者の間には大きな相違点がある。
ガン細胞は多細胞生物というシステムを変更して、新しいシステムを構築することが不可能であるが、人間には既存の生態系を修飾して、人間という存在を考慮に入れた、新しい生態系を構築することが可能なのである。
よって人間は、既存の生態系を破壊してしまっても、この新しい生態系を構築する能力によって生き残る可能性がある。
理性と偶然によって既存のシステムをうまく利用し、新しいシステムを構築する。
このシステムが残っていけるかどうかは、時間の経過と共に明らかになっていくだろう。
おそらく、多くの失敗と共に、長い時をかけて形成された生態系というシステムの偉大さを知ることは、間違いないだろう。

ここからはなぜ人間が新しいシステムを構築していくことができるのかを考えてみたい。

この事を考えていく上で、まず、私が思い至った1つのポイントを挙げてみる。

   「人間が新しいシステムを構築できるのは、人間の肉体が言語<記号<象徴によって操作されるためである」

このことは他の多くの生物と人間とを分ける、重要なポイントでもある。
人間以外の生物は通常、環境からの刺激にのみ反応して行動する。
それに対して人間は、象徴から受けた刺激を、通常は環境から受けている刺激に置換することができる
このことは、一般に「学習」と呼ばれる行動に当たる。

しかし、学習能力のみであるならば、人間以外にも持つものがいる。
それでは人間は、学習能力を持つ人間以外の生物と、どこが違っているのだろうか?

私はこのことに関して、人間以外の生物は、単一の象徴から導き出す刺激がただ1つというように、非常に単純な反応経路しか持っていないのではないかと推測している。
それに対して人間は、1つの刺激に複数の象徴を関連付けることが可能である。
このことによって人間は、象徴同士を関連付けることができるようになり、さらに、この象徴同士の関連という刺激の象徴化、すなわち、抽象概念の操作まで可能になったものと考えられる。
ここで、なぜ人間が1つの刺激に複数の象徴を関連付けることができるようになったのかを考えてみると、人間の扱う象徴の増加に伴って、象徴に対応する刺激の重複が見られるようになったためではないかと推察できる。
さらに付け加えると、この重複部分を経由して、1つの象徴に複数の刺激を関連付けること(連想)も可能になっていったのではないだろうか。

このようにして、人間は象徴同士を関連付けることによって、脳内において象徴操作を行うようになったものと思われる。

そして、この脳内での象徴操作をもとにして刺激を作りだし、肉体の操作を可能にしていったのだ。

・・・うぅっうぅぅーーー、あぁぁぁーーー、もー、パワーが足らん!!!!!
ここからさらに、壮大に、遺伝暗号から構成されるDNAの進化になぞらえて、象徴から構成されるミーム(模倣子)の進化を絡めた話に入っていくはずだったのにーーー!!!!!
脳内のメモリを奪い合う生存競争!時に快楽と恐怖を利用し、時にハード(肉体)を生かすことにより、象徴たちの存在が左右される・・・。
そんな素敵なストーリーが展開していく予定なのに、もーだめ、疲れた、歳だ・・・。
でもって、ミームを鋳型として進化が起こり、人格というシステムが生まれて、それから、それから・・・。
なんというか、人間の使っている象徴から様々なシステムが生まれ、それらが生き残りをかけて生存競争をしてると、そんなようなことも描きたかったのよーーー。
DNAを鋳型とした生物の進化のように、象徴を鋳型として、人間の脳内で発現するシステム(人格など)の進化。
この脳内で発現したシステムのうちの1つ、人格の相互作用によって生まれた、社会という生態系。
象徴から生まれた、人格を中心として構成される生態系が、DNAから生まれた、生物を中心として構成される生態系と相互に作用し、新しい生態系(システム)を形成してゆく・・・
と、そんな突拍子もないシナリオだったのだがね。
でも実際問題、DNAと人間の扱う象徴の間には結構大きなアナロジーはあるけど、やっぱ大分違うんだよね。
うーん、その辺も考慮して考えてかんといかんのだろうなあ・・・
まあ、アイディアはあるんだし、そのうちまとめよ。
できればね。


母の日(2001年5月13日)

 今日は母の日。
母の日メールを送ったら、なにやら喜んでもらえた。
送ってみるもんですな。
後輩のGと一緒に学校用の食料の買出しに行った。
実験が終わってからだらだらしてたら、久々に学校で0時が過ぎた。
休日は家で寝てしまうよりは、学校に来て実験する方が充実した気分になる。
これも1つの贅沢なのかもしれないと思った。
今はまだあんま切羽詰ってはない(気分の上では)ので。


比較的充実ぎみの土曜(2001年5月12日)

 今日は昨日の後輩のPCRの結果を電気泳動。
結果、DNAの増幅見られず。
残念賞。
まあそういうときもあるな、というか、むしろ大体の場合、そんな感じでしょ。
昼は皆でケンタッキーに行った。
生まれてはじめて、ケンタ丼を食べた。
いきつけのCD屋で林檎姫と鬼束ちひろとm-floのポスターを貰った。
今日は勢いで自分の実験も進んで、いい感じだ。
多分、早起きは三文の特ってことだろう。


復帰(2001年5月11日)

 今日は多少早起きしすぎたが、調子は上々だ。
後輩にPCRを教える。
自分の実験もやらんといかんし、作成すべきファイルもあるし・・・
割とすることが一杯だ。
まあしゃあないな。


大事を取る(2001年5月10日)

 まあ調子は回復してきたが、大事を取って休む。
どっちかっちゅうと、気持ち的に奮い立たないというのが正解か?
勤めてるわけでもないし、だらだら動いて、長引かせるほどアホなこともないしな。
寝ながらいろいろ考え事をした。


歳か?(2001年5月9日)

 調子回復せず。
でも、学生実験があるため、学校には行った。
まあ何かとすることが・・・。

以前なら気合で動けたはずなのだが、今回はどうもうまくない。
学生実験が終わった途端、速攻で帰った。
寝て、明け方起きて、トイレに行ったら、びっくりするぐらい大量のう○こがでた。
したら、大分、調子が良くなった。


ホセ風邪?(2001年5月8日)

 気持ち悪だるい。
夜中起きたら、鼻血がでて、さらにどんより。
風邪でもひいたか?


GW終了(2001年5月7日)

 なんというか、GW終了。
世の中にはGWという言葉とは無縁の方もいたようで・・・。
お疲れさんですな。
贅沢だけど、GW中に家の掃除をしたかった。


帰還(2001年5月6日)

 朝6時に起きて電車・高速バスに乗り次ぎ、伊那に帰還。
なんか、バスを降りたあとの家路で初夏の空気を感じた。
いいねえ。
でもって、夜、松本で貧しいS夫妻、友人Aとともにかっぱ寿司を食べた。


実家(2001年5月5日)

 今日は実家に帰ってきた。
が、ばあちゃんの話し相手をしばらくした以外、1日のほとんどを睡眠に使ってしまった。
まあ、一応目的を達成したといえるが・・・何しに帰ってきたんだろ?
って感じだ。
なぜか家の母親が時々買っている『プレジデント』という雑誌を読んだ。
なに考えてんだろ、家の母親。


お見舞い(2001年5月4日)

 今日は弟と妹と協議の末、自分もばあちゃんの見舞いのために帰省することにした。
予定を済まし、午後7時ぐらいに出発!
弟の車で中央道を走り抜ける・・・が、双葉を過ぎた辺りで渋滞に巻き込まれる。
我慢しきれず、八王子にも達することなく高速を降りる。
で、それ以降はずーっと下道を使って、実家、茨城へ。
結局、実家に到着したのが朝4時過ぎ。
間抜け面した犬と猫2匹が迎えてくれた。

・・・最初から下道だけ使ったほうが、早かったかも。


来訪者(2001年5月3日)

 実は昨日から就職活動のためにoojaさんがいらっしゃってた。
まあ、お約束というか、アークエネミーを聞かせてもらった。
ボーカルの方の写真を見せてもらったのだが、すごい美人でびっくりした。
この人があんな声出すんだ・・・かっこいい。
あとはピンクフロイドのライブ盤を。
いろいろ楽しいお話を聞かせてもらえてすごく良かった。
ま、いろいろと・・・ね。

・・・というのは昨日の晩のことだ。

今日はoojaさんはこの辺の寒天の会社を受けに行ったのだが、やたら足し算を解かされて疲れたという。
その後、友人Yを加えて温泉に行き、さらにちょろっと飲んだ。
Yは制限要因があったので、早々に退散。
あれって、幸せの牢獄ってやつなんだろうか・・・?
その後、oojaさんと宮川へ。
oojaさんはから揚げ定食、私はローメン大盛りを食った。
その後、惜しみながらもoojaさんをお別れした。

でもってさらに、今日は弟と妹が来た。
珍しい。

弟はなにを思ったか、妙に高げなウイスキーを2本も買ってきた。
兄弟3人とも飲めないので、びっくりするほど減らずに満足できた。


実験を教える(2001年5月2日)

 今日は後輩に実験を教えた。
ついでに留学生のHセインさんにも。
最近、自分の中に、人にものを教えるとか、指示するとかいうときに、自分を責める存在があって鬱陶しい、というかへこむ。
重いので、当然、逃避したくなる。
うまく折り合いがつくといいのだが・・・。
まあ、多分、自分の中の一面の表れだろうから、自分なりに消化していくほかないだろうな・・・。


学生実験(2001年5月1日)

 今日は学生実験の日。
自分は地道に自分の仕事に励んでしまったが、研究室の何人かが手伝いに行った。
培養の実験だったのだが、ある班があまり説明を良く聞いておらず、やり直しになったため、結構えらかったらしい。
おつかれさん。


戻る