私の日記!!!
2001年7・8月
2001年8月・・・7月分が4日で終わってた・・・短いからいっしょにします。
2001年8月24日
アマシンポ終了。
まあ普通に。
トウガラシの調査をしてたら、懇親会に出るタイミングを失った。
もう雰囲気的に席につける感じではなかった。
そんなに出たくなかったからいいんだけど、会場に行ってしまった分だけ失敗か。
2001年8月23日
アマシンポ(アマランサスシンポジウム)の準備。
けっこう時間がかかった。
無事終了することを願う。
2001年8月22日
ぶっくおふにいった。
「らぶひな」とやらを立ち読みしてしまって、駄目な感じ。
少女漫画とこれを立ち読みするのは、どっちが恥ずかしいのだろうか。
文庫本三冊購入。
2001年8月21日
台風は思ったよりたいしたことなかった。
よかった。
一年ぶりぐらいに、ビリヤードをしにいった。
おもろかった。
2001年8月20日
台風が来る。
ので、面倒だけど、トウガラシが倒れないように準備。
農家さんも大変だろうなあ。
直撃しないといいけど・・・。
2001年8月19日
久々に、考え事を言葉にしてみる。
理論というものを展開するとき、まず定義というものが絶対に必要となる。
定義がなければ、いかなる理論も展開することができない。
強引な考え方、ちょっとずれたアナロジーになるが、人間も似たようなところがある。
人間にとっては本人を支える背景、またそこから形成された信念の類が重要なものとなる。
それがなければ、すべては薄っぺらく、崩れてしまう。
神経回路に刻まれた狂気こそが人間を支えるのだ。
残念ながら、今の自分にはそれがひどく手の届かないもののように感じる。
状況がそうさせているということなのだろうか?
それならば、自分とは一体何なのだろう?
他人を自分の中に投影した、あらゆる薄っぺらな考えが頭の中で明滅する。
あらゆるものが自分の中に描かれるが、それはすぐに消えてゆく。
自分の表面的な意識の中でもっとも明確なのは、あらゆる他人の目、薄っぺらな自尊心、そんな感じのものだ。
それらは寂しさを埋めるということや、認められる快楽につながっているのだろう。
そしてその反対の軸にあるのは、そういった煩わしい人間関係からの逃避という感覚だ。
自分の中ではその両者が均衡を保っている。
・・・
突然だが、自分の中にある、自分なりの真実の探求という衝動は、この均衡と生物的な探求の本能が混ざり合って生まれたものなのかもしれない。
(ああ、そうなのか) という快楽。
瞬く間に過ぎ去りし過去となる快楽。
そんな漠然とした、個人的な快楽を追い求めることが、自分が生きているということなのかもしれない。
・・・
しかし、やはり残念ながら、自分にとってこれは全てではない。
そうであったら、多分、だいぶ楽なのではないだろうか。
自分はの生はもっと混沌として、曖昧で、半端だ。
迷ううちに時が過ぎ、悔いを残し、年老いて、ただ消えていくものなのかもしれない。
これは相対的に見て、人間の生の中ではありがちなことなのだろうか・・・とも思う。
(これは自分の中の他人の目を気にしているということだろうか)
この感覚も結局、過渡的なもので・・・んで、結局何なんだろう?
2001年8月4日
ちょっと正気の定義について考える。
まあ、妥当なとこで、千や万の狂気の平均が正気なんだろうと考えた。
よって、表面的に正気に近い狂気が正気なのか?
大体の正気と呼ばれる人間は心の中に自分なりの正気を抱いている。
当然、それはそれぞれの触れることのできる情報の大きさ、構築能力に依存する。
そしてそれは経時的に変化する。
現代は以前と比較して接触できる情報があまりに多いので、混沌として無秩序に近い感じなんだと思う。
逆に触れられる情報が少なくなれば、より硬く、変化することもなく、秩序に満ちるのだろう。
情報を制限することによって、民衆は操作しやすくなる。
そういうかんじのことだ。
まあ、収集能力と構築能力がなくなれば暴走の可能性が大なんだけど。
人間は秩序によってもめくらになるし、無秩序によってもめくらになる。
極端な状況下では、収集能力も構築能力も麻痺してしまうのだ。
だから、秩序と無秩序の間を綱渡りしてかなきゃならない・・・ってこともないか。
・・・。
結局、人はめくらのまま彷徨う。
下らないことにこだわり、下らないことに命さえかけるものもいる。
はっきりいって馬鹿だ。
しかし、人間は馬鹿であることを放棄してしまえば、もう意味を失う。
だから私は馬鹿を貫いて華と変え、信念に昇華してしまうと過程には憧憬を覚える。
でも、同時にすごく下らなくも思える。
一体、何なんだろう。
なんかとりとめないし、最初の主題とも離れて、わけ分からんので終了。
2001年8月2日
最寄のTUTAYAにいく途中なんとなく考えた。
永遠について。
もしくは永遠を願う感覚について。
結局は瞬間の狂気、いや、瞬間という狂気こそが永遠というものなのではないかと思った。
まあ、これって定義ではなく、感覚だけど。
しかもそんときだけの。
理屈と感覚って、まったくもって一致しないもんですなあ。
2001年7月・・・いつのまにか7月。はやいもんです、本当。
2001年7月4日
同じ研究室にいる子の付き合ってる様子とか聞いたら、なんか驚いた。
なんか物語の中の世界、明るい日のあたる世界、という印象を持ってしまった。
普通そういうもんなんだろうか。
まあ、やたら暗い話なんかでできても困るしな・・・多分。
いいとこだけ繋げればそうなるということ?
2001年7月3日
今日、実家から電話があった。
どうも両親の体調が優れないということだった。
なんか胸を突かれた。
いろいろ昔のことを思い出した。
大切な想いをたくさん置き去りにしていることに気づく。
でも・・・やっぱり、よく分からない。
一度、いろいろと両親と話してみたい気がした。
大事なことは後になって気づくもので、大体がとりかえしがつかない。
しかし、果たして自分は動けるんだろうか。
自分は動くということを覚えないままに、動かないということだけ覚えてしまった気がする。
待っているのは、ジリ貧のゆるやかな破局ではないだろうか・・・。
と、そんなことを思い描いてしまう。
多分、他に方法というものはいくらでもあるのに。
妙な習性を身に付けてしまった・・・。
2001年7月2日
今日、ファミリードラッグに行ったら、時々買ってるお徳用アーモンドチョコがなくなってた!
絶対、昨日のあるある大事典のせいだ。
ビタミンEの特集で、アーモンドにたくさん含まれてるからって・・・くそー!!!
まあそれはいいや。
今日、以前聞いたカメムシの話を思い出した。
カメムシを狭い空間に閉じ込めると、自分のにおいで死んでしまうというやつだ。
行き場のない毒は、自分を蝕むものだ。
本来は自分を守るためにあるのに。
人間全体もそうなのかもしれない。
広かった地上はいつのまにか狭くなり、自らの毒で自らを蝕む。
ドーキンスが言うところの、人間の遺伝子の長い手が手に入れた最大の道具「模倣子」。
模倣子は進化し、人間の脳に巣食う寄生生物と呼べるほどのものになった。
人間の脳のメモリを奪い合う「模倣子」・・・確かに人間という一つの種を繁栄させるのには成功した。
しかし維持させるための、時の研磨はいまだ行われていない。
まあ、それはまだ遠い話だ。
今考えたいのは、模倣子の一つ、つまり私自身が自分の遺伝子の限界を克服するにはどうしたらいいかという話だ。
今、自分はいっぱいいっぱい、限界、超えられない壁の前をうろうろしている。
それは単純に自分自身の精神の弱さだと思っていた。
まあ実際そうなのだ。
しかし、それがわかったとてそこから這い上がれるわけではない。
それは簡単に言って、遺伝子と環境の相互作用が生み出した、神経生理的機構のパターンであるからだ。
少なくとも自分一人だけで簡単に変われるものではない。
かといって、他人に頼るのも難しい。
自分の最大の弱さは、対人能力やその周辺に存在しているからだ。
それならば、どうすればいいのか。
遺伝子は味覚に影響し、我々の体内への物質の補給を促す。
模倣子は味覚と関係なく、我々の体内への物質の補給を促す。
あるある大事典を見ることによって我々の内部に取り込まれた模倣子が、ビタミンEの補給を促したように。
それを一歩すすめればいい。
幸運なこと(?)に我々の周りには、あらゆる情報=模倣子が溢れてる。
選択し、一歩を踏み出す。
たとえそれが自分自身に向かう刃と化しても、それは間違いではない。
今、私たちがいる場所こそが、屍の積み上げられた山の頂なのだから。
・・・
本当の問題は、自分がその一歩を踏み出すことのできる存在であるかどうかだ。
まあ、せいぜい多くの情報を取り込んで、自分なりに最善の道を選択できるように仕向けるしかないだろう。