2005年2月14日にふと思ったこと(05.02.14)

ふと思う。
人は生まれ、老い、病に倒れ、死す。
それだけの生の過程のために、人はあるのか。
ありきたりな問いである。
そして同じくありきたりであるが、一つの答え。
子を生み、育てること。
そのために人には恋心や愛が与えられているのだろう。
残すことが至上命題であるが故の、飴と鞭。
それをいかに上手く味わい尽くすことができるか。
それも一つ人間らしい生き方かと思う。

私はどうなのだろうか?
私は迷いつづける。
中途半端、煮え切らない。
そういった言葉達を抱えたまま、ただ生き続けているような気がする。
時々、今まで見たことのない風景に触れて、ああ、そうか、と思う。

人は考える葦という。
考えるためには、知ること、感じることが必要だ。
知ることで考えるための材料が得られる。
感じることで、血が巡る。
感じることは、体全てで行うこと。
手足で物事を感じ、あらゆる衝動は内臓より出ずる。

古来、哲学者はよく散歩をした。
歩くことで足が大地を掴む。
変わりゆく風景や季節を感じる。
体全体で考えるのだ。

足は第二の心臓という。
足は心肺機能と直接繋がっている。
そして心肺機能こそが脳を動かす。

もし生きるのならば、人は歩くことをやめてはいけない。
あらゆる意味において、だ。
走るのも良かろう。
そのまま倒れて息を引き取れば本望だろう。
立ち止まるならば、それも良かろう。
ただ、そのままそこへ沈んでゆくことは、
人という生き物にとって、
一つの大きな苦しみである事を知るべきだろう。

とりあえず私は歩く。
新しい世界に触れ、ああそうかと思うこと。
とりあえずは、それだけを感じつづけるために。