雨が激しく降っていた。自転車は使えない。しかたなく駅まで徒歩で行く。そうやって歩いているときに、ふと自分の事を考えた。

(この4年半、俺は俺の理想に近づいたのだろうか・・・。)

 大学に入る前、中学生、高校生の時はもちろん、浪人の時も今の自分から考えると、恥ずかしくなるぐらい子供だ。もちろん大学1年、2年・・・・・・・、遡れば、きりがない。

 自分のこの一瞬より前は、必ず今より、幼い気がする。実際そういう事は多い。しかし、俺はこの大学生活で、俺はかなり大人になったと思っていた。

でもそうではなかったと思う時も多い。

 自分が大好きなバスケをしているとき。大好きだからこそ思わず熱が入ってしまう。
そして3〜5歳も年下の後輩に、罵声を浴びせてしまう。
審判をやっている後輩に文句を言ってしまう。そんなに言わなくてもいいのに・・・。

言ったその瞬間に後悔。でもまだかっとしてるから、そのときすぐには謝る事が出来ない。それで、試合や練習が終わった後に、一人一人に謝って回る。

謝っても自己嫌悪の気持ちが継続

そんなとき思う。

(あぁ、この4年間、俺はなんにも変わってないのか?)

努力してきたはずだった。

人から好かれようと、人に嫌われない様にと、

人に頼られる様にと、人から無視されない様にと、

人から文句を言われない様にと、人に尊敬されようと。

俺は変わってないのか?

 13、4年前、小学生低学年だった俺はいじめられっ子だった。。人の顔色をうかがって生きてた。とても辛かった日々だった。情けない話だが、親にかばってもらった事もあった。それでも耐えた。

 この時に苛められた経験が俺の根底にあるのかもしれない。
人に嫌われたくない、人に好かれたい。と言う願望を心の奥でいつも持っているのは。

そして、いじめっ子は卒業した。俺は学校に行くとき、初めて顔をあげて、元気に嬉しそうに歩いてたのかもしれない。地獄の苦しみから解放されたかのように・・・。

 俺が小学校に入学したのと同じように、近所の子達も俺の後に続いて入学してくる。いつしか俺は高学年になっていた。そして、その子達を何気なくからかったり、ちょっかいを出していた。

あるとき親が一言言った。

「うしうし、それは昔、
あなたがやられてたいじめを今やってるのと一緒だよ。

僕は雷が落ちたかのようにショックを受けた。本当にいやだった、あの低学年の日々。それを今度は僕が同じことを小さな子供、低学年の子にしている。なんてことだ!

 そのときにわかった。やられている方の傷みと、やっている方の無責任さ。苛めている方は、全くそんな意識がないのだ。被害者と加害者の立場に立った俺は、こう決心した。

人の痛みや苦労がわかる人間になりたい。

 あれから10年以上が経った。少なくとも中学、高校での成長があったと認めることはできる。考えかたががらっと変わったことが幾度かあったからだ。

 しかし、大学に入って5年目。今年度で24歳になる。そこまでがらっと考え方が変わったことなどなかった気がする。では、俺は成長してないのか。

 中学、高校と男子校だったうしうしは、元来の性格も手伝って、異性と話す機会などなかったに等しい。当然、恋愛などと言うものはなかった。

 そして、大学に入学し、上京し、何人かの女の子との交際をした。女の子の友達も増えた。

 そう言う恋愛面でも成長はあったのだろうか。この5年間の恋愛経験で、自分ではかなり成長したと思っていた。しかし、その自信は上記の様にもろくも崩れ去ろうとしている。

理想の自分・・・・・。

もう一度原点に戻ってみようと思った。自分はどんな人間になりたかったのか、どんな風に人から言われたかったのか。

結論はこうだ。

何十年後。おそらく俺はこの世界のどこかにいる女の人と結婚していて、子供も何人かいるという環境にいる。

そして、俺が死ぬとき、または妻が死ぬとき、その妻の口から

あなたといて幸せでした。

この一言を聞きたい。これに尽きるのかもしれない。

もちろん、欲を言えば、これが妻だけではなく、様々な人から言われたい。でも、これが原点であろう。

そのために俺は自分を磨いて行こうと思うのだ。

まだ見ぬ、俺と会う運命の人達のために・・・。

既に俺を支えてくれている人達のために・・・。

そして、なによりもこの俺のために。

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